れんぎょう家
第9投 ~ナメテルシンヤバスデスネッ!~
 盛岡駅到着。 「サイコロの旅、斬新で楽しいんだけど、流石に疲れたしそろそろ帰りたいかも……」  ついにポジティブガール友奈からも弱音が。  それほど、全員が疲弊していた。  ゲームマスターの園子もそれは例外ではない。 「もう、これで北海道行きを決めよう~」  やや鼻声になってしまった園子は上部に〔チャンスタイム〕と書かれたフリップを取り出し読み上げる。 「サイコロの目、そのイチ~……」  ――①盛岡から一気に【北海道】 「その二~……」 ――②花巻から一気に【北海道】 「そのサン~……」 ――③三沢から一気に【北海道】 「そのヨン~……」  ――④八戸から一気に【北海道】 「そのゴ~……」  ――⑤新幹線でふり出しに戻る【東京】 「そのロク~……」  ――⑥深夜バス『らくちん号』でふり出しに戻る【東京】 「こんなのあるの? 『らくちん号』って!」 「ナメテルシンヤバスデスネッ!」 「樹ちゃんの口が悪くなっちゃった!」  自律神経完全破壊。  夢世界とはいえ、全員の思考も身体も極限状態に悲鳴を上げている。  ここで東京行きを出そうものなら、自我を保っていられる自信など全員無かった。特に⑥の深夜バスなんかだったなら、小麦に召された方がましとさえ思ってしまうだろう。 早く現実に戻ってふかふかあったかな布団で休みたい。それが讃州中学勇者部6名の総意だった。 「順番的につぎ振るのはにぼっしーだね~」 ここで勇者候補生として昔から鍛え抜かれ、極限状態でも精神を保てる夏凜に回って来たのは、不幸中の幸いなのかもしれない。 夏凜がフリップを一度睨みつける。 すると、風が叫んだ。 「夏凜っ! 円陣、組みましょう」  夏凜は振り向き、1秒ほど風の目を見てから、頷いた。 「……ええ」  皆がふらふらなお互いの身体を支え合うように円陣を組む。  しかし、全員の組み合う手と手には力が篭っていた。 「樹。新部長が新副部長に気合、入れてやりなさい」 「え、私でいいの? お姉ちゃんじゃなくて?」  風は樹の目を見て頷く。友奈と美森。それに園子もうなずいた。 「樹、頼むわ」  夏凜も樹に頷く。 「……――」  樹は少し考え……そして、叫んだ。 「絶対に! 私たちの力で! 北海道に! 行きましょう! 勇者部ファイトオオオオオオッ!」 「「「「「オオオオオッ!」」」」」 「夏凜さん、お願いしますっ!」  樹が園子から受け取ったサイコロを夏凜に手渡す。 「任せなさい! 私で決めてやるわ!」  最後の力を振り絞り、気合を入れる夏凜。  そして、夏凜といえばの口上が盛岡駅前に響き渡った。 「さあさあ! ここからが大見せ場! 遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! これが讃州中学2年、勇者部部員、三好夏凜サイコロだああああああっ! さあ、出ろおおおおおおっ!」  高ーく投げ上げられたサイコロは地面に落ちるとあまり長く転がることもなく、止まった。 「いくつ? いくつ?」  全員がサイコロの周りに集まる。 サイコロの目を見て、園子の持つフリップを見て……。 「夏凜ちゃあああんっ!」 友奈が夏凜に抱き着いた。  美森も腰が抜けて地面に座り込み、犬吠埼姉妹も涙して抱き合う。 「おねえ、ちゃん……」 「本当に……本当に……帰れるんだ。……帰れるんだ、私たち!」 「うん……。うん!」 《――④八戸から一気に【北海道】》  ようやく終わった長い長いサイコロの旅。  訳も分からず拉致同然で『夢世界』に連れて来られた少女たち。  2夜連続の車中泊。ヘリで吐き、望まぬ目が出れば精神崩壊。  いくら勇者だったといえ、純粋無垢なごく普通の中学生だ。精神的にも肉体的にもギリギリの闘いだったのは言うまでもない。 それでも、『運』という最大の壁を打ち破れたのは彼女たちの結束があったからこそだろう。  それを最も実感している彼女たちは歓喜の輪を作って飛び跳ねている。  ただ1人を除いて――。 「えーっと。みんな~?」  園子が申し訳なさそうに歓喜の輪に近づく。 「その~。言いにくいんだけど~」 「どうしたの園ちゃん? ゴールできるんだよ! 一緒にほらほら!」 「なになにー? もしかして、ゴールしたから景品もらえるとか?」 「私、現代のヘリコプターもかっこいいと思ったわ。辛い思いもしたけど、あのプラモデルがあるなら欲しいわね!」 「あ、じゃあ私は新しいヘッドホンが欲しいです……」 「風はどうせうどんでしょ?」 「なによ! そういうあんたこそ、どうせ煮干しとか言うんでしょ?」 「なによ! 悪い?」 「い、いや、そうじゃなくてね~」  園子が時刻表のある1ページを浮かれるみんなの前で指し示す。  そこには北海道の真下から一本の細い線が太平洋へと伸びていた。 「帰りはフェリーで7時間なんよ~……」  身も心も弾んでいた彼女たちの表情が一瞬にして凍り付いた――。
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