俺は一般的な会社員。
昼休憩に食事のために会社の近所をぶらついていたら、献血車が目に入った。
「献血ねぇ、注射嫌いなんだよなぁ。」
「今どき献血も出来ないって、逆にダサくないッスか?」
一緒に飯を食おうと誘った金髪の後輩が言った。
くだけた口調とは異なり、意外な回答に俺は驚いた。
「後輩くんは献血行くの?」
「そりゃ行きますよ。俺、健康っすから。」
そういって後輩は笑った。
「こう言うのは余裕のあるときにやっとくと、困ってる人が助かるんスよ。こっちはしばらくじっとしてるだけで人の役に立つし、おまけは貰えるしで儲けものッス。」
「しっかりしてるねぇ。」
普通っすよ、普通、という後輩がなんだか大人に見えた。
「でも献血って針刺すじゃん?俺、痛いのめっちゃ苦手でさぁ。どうしても注射ダメなんだよね。インフルエンザの予防接種もいやなレベル。」
「予防接種はしときましょうよ。ダイレクトに健康に響くじゃないっすか。」
意外と健康に気をつけてるんだな、と後輩への認識を改めた。
「チャラい見た目してるのにしっかりしてるねぇ。」
「チャラいのは見た目の話じゃないっすか。健康はその土台っすよ。土台がしっかりしてないと、表面もショボくなるっす。ダサいのが嫌いなだけっすよ。」
彼なりの美学があるらしい。
それに、と彼は続けた。
「痛くない献血もあるんすよ。」
後輩の話を聞いて、献血に興味は出てきた。後は注射が難点だったのだが。
「痛くないなら俺もやってみようかなぁ。」
「俺がいつも行ってるところ、紹介するっす。」
ということで後輩に紹介された献血センターに行ってみた。外見は普通の雑居ビルの一室といった感じだ。
最初は半信半疑だったが、献血は本当にスムーズに進み、気がついた頃には既に献血は始まっていた。
俺は血が抜かれるチューブを見つめながらそこの職員に尋ねた。
「ところでこの血液はどこへ?寄付するんですか?」
「あれ、最初にご説明してませんでしたか?」
「いや、ちょっと忘れちゃいました。」
「もしかしたらご説明が不足していたかもしれませんね。弊センターでは最新の技術により血液提供者様のご負担の少ない献血を提供しております。痛みの少ない注射、充実したアメニティグッズ、そして将来のお客様の健康です。」
「確かにいつの間にか注射されてた感じでした。」
「ありがとうございます。そして将来のお客様の健康をお守りするために、血液は培養設備に回されて、半人工血液として各病院へと提供させていただいております。」
「半人工?そんなのがあるんですか?」
「今のところ、弊センターが独自に提供しているものとなります。」
「どうやって培養しているんですか?」
「通常、献血を受けた患者様は献血を受けることは出来ないのですが、その技術的課題を解決することにより、患者様の体内で血液を製造する能力を活用させていただいております。」
うん?きな臭い話になってきた。
「それって合法なんですか?」
「実験段階でございます。」
スタッフの冷たい表情がすべてを物語っているように見えた。
もしかして自分は違法な施設に身を任せてしまったのかと思うと血の気が引く感覚がした。
そう思うとすべてが怪しく思えた。雑居ビルに居を構えているのも、献血が痛くなかったのも、スタッフの丁寧な対応も。
「といった設定で献血をさせていただいております。」
「せ、設定?」
「はい、厨二病、と申しましょうか。裏がある感じがいい、という方も一定数いらっしゃいまして、その需要にお応えするためにイメージプレイを取り入れております。」
そういってスタッフは朗らかに笑った。
そろそろ献血終わりですね、といって、スタッフは俺から針を抜いた。
終わってみると、妙な爽快感があった。これは、ハマるかもしれない。
「献血、また行ってみるかな。」
俺はアニメのクリアファイルをカバンに入れて、家に帰った。