俺は会社員だ。ただ勤務先は普通の企業ではなかった。表向きは特殊清掃業だが、実態は殺し屋だった。借金苦のところを会社に拾われ、金銭的な問題から殺人の片棒を担ぎ続けていた。
社員はそれぞれが特別な能力を持っている。
例えば俺は指さした対象に生理痛を引き起こすことが出来る。
女性にしか効果は無いが、汎用性は高く仕事には便利だった。
これによってターゲットの動きを鈍らせて、依頼を実行するのがいつものパターンだ。
そのおかげでマダムキラーのコードネームを頂戴している。
しかし、俺はこの仕事が嫌だった。というのも能力の副作用として、俺自身も対象と同じ痛みを感じてしまうからだった。俺は痛いのが嫌いだ。痛みを想像してしまって、注射の針を見ることすらできない。だから仕事のたびに必ず痛みを伴うことに辟易としていた。
だが痛みと引き換えに悪くない額の給料をもらえるので、多額の借金を会社に肩代わりして貰っている身としては働かざるを得なかった。
公園のベンチでコーヒーを飲んでいると、隣に身なりの悪い中年の男性が座った。その男はカップ酒を傾けながら言った。
「仕事だ。こいつが今回のターゲットだ。」
そういって手渡された写真を見て俺は目を疑った。
「正気か?こんな、まだ子どもじゃないか。」
「事実だ。さる政治家の姪らしいな。脅しの材料にするんだろう。」
「次はお前だ、てか。」
俺は写真を持つ手が震えていた。
今まで色々な女性を対象にしてきたが、子どもがターゲットになるのは初めてだった。
中年はカップ酒を飲み干した。
「その子に失敗すれば、その次はお前になるだけだ。」
中年は俺を指さした。
放課後、下校中のターゲットを狙うことにした。車線を挟んだ反対側で本を読みながら、ターゲットの少女が通りがかるのを待っていた。
来た。俺は自然と指を指し、あまりの激痛に腹を押さえてうずくまった。
まさか、こんな少女の生理痛が、これほどのものだとは。俺は脂汗をかきながら、ターゲットの様子をうかがった。ターゲットの少女も俺と同様に腹を押さえて倒れ込んでいた。一緒にいた友人らしき少女たちはあまりのことにパニックを起こして騒いでいた。
俺は、こんな少女に、大人の俺がうずくまるほどの痛みを与えているのか。
ターゲットの少女に歩み寄る女性がいた。俺の会社の同僚でトドメをさすことを専門にしているバディだった。このままいけば仕事は成功する。しかし、そのために少女が犠牲になってもいいのか?こんな苦痛を与えながら、人生を終わらせてもいいのか?
少女の友人達の様子を見ると、少女がよく慕われていることが分かった。
俺の借金を減らす為に少女が犠牲になる。それは、果たして釣り合いが取れているのだろうか。
そこで俺は能力を解除してしまった。少女が痛みから解放され、立ち上がったのを確認して、俺はその場から速やかに去った。
やってしまった。
少女に同情したのか、痛みに耐えかねて手を抜いたのか、今でもそれは分からない。
しかし、確かなことは、俺は仕事に失敗し、次のターゲットは俺になるということだ。
上等だ。どうせ借金苦で腐っていた人生だ。これからは自分の為に生きてやるさ。
俺は缶コーヒーをあおり、道端に捨てて歩き出した。