13 petal chrysanthemum
第四章 「美少女三人」
十二歳前後の女の子だった。顔までは良く見えないが、同じ身長、同じ髪型から、公一は勝手に三つ子だと思い込んだ。三人揃って鼓笛隊のような不思議なそろいの衣装を身につけている。  三人は公一の前に並んで立つと、真ん中のひとりが愛らしい仕草で、  「こちらへどうぞ」  と、手招いた。  部屋の奥に、大きなテーブルを取り囲んで、ソファがコの字形に並んでいる。三人の女の子が座るのに釣られて、公一もテーブルをはさんだ向かいに腰掛けた。  三人の女の子は、順番に、別々に話す。  「これをどうぞ」  「のどが渇いておられるでしょう」  「これでおとめください」  公一の前に、液体の入ったグラスが差し出された。喉がからからに干からびていた公一は遠慮も警戒もできずに、一息に飲み干した。炭酸の抜けたジュースらしい。その様子をみて、三人の女の子はクスリと笑ったようだ。  「よろしければ」  「これもどうぞ」  「痛み止めのくすりです」  女の子の一人が、小さな包み紙を公一の前に置いた。  ただのキャンディらしい。  (子供らしい冗談だ)  公一はいまいましげに三人の顔を見透かそうと目を凝らしつつ、こめかみを撫ぜた。叩かれた箇所はひりひりと傷むが、それより肋骨の怪我には本物の痛み止めがほしい。  公一はそのキャンディも口に入れた。  三人はまた顔を見合わせて笑うと、こう告げた。  「ただいま、当館の館長がまいります」  「このまま少し、お待ちください、すぐに来ますから」  「それまでお話しでもしましょう。今日、あなたはなぜ、ここに来たのですか?」  公一は何か話そうとして、口を開いた。  しかし、言葉がでない。  (・・・・なぜ!?)  舌が痺れて感覚がない。  ぐわり、と視界が回転する。  公一は高所から落下するような錯覚にとらわれて、悲鳴をあげつつ、ソファを掴んだ。  公一の口から悲鳴は出なかった。ソファもつかむことが出来なかった。  ただ、女の子の笑い声だけをはっきりと聞いた。闇の奈落へと、公一は転がり落ちていく。                    *  (・・・・?)  ほんのごく短い時間、眠ったような意識の欠落を公一は感じた。  公一はソファにしっかり腰かけている。  テーブルを挟んだ向かいに、三人の女の子がいた。  少し景色が変わっているように思った。  テーブルの端に和提灯が置かれ、火が入っている。  三人の女の子がよく見えた。想像していたよりも大人だった。年は公一と変わらないだろう。髪形は奇妙なほど大げさなおかっぱだ。顔は三人とも同じ。公一が大好きな東洋系の美人だ。切れ長の愛らしい瞳に、通った鼻梁と気品ある小鼻、少しだけ肉厚な口唇は、絵に描いたように美しい。どこかで見たような気がするのは、美人に遇ったときのよくある反応だろう。まるで夏祭りの帰りめいた風情で、華美な浴衣を着崩していた。はだけて見える胸の谷間が、公一には鮮烈だった。この場に感じた違和感や疑問などをあっけなく払いのける。  「どう、似合うでしょ」  「あなたに見てもらうために、久しぶり着てみたの」  「わたしが外で着ていた最後の衣装。といっても似てはいるけど、別ものだけどね」  三人は同じ声で、順番に、別々に話す。  三人の美しさに気後れを感じつつも、公一は話し掛けてみた。  「あの、館長さんは、どんな人なの?」  「今の? 前の?」  「前の人ならあなたも入口で見たでしょ」  「わたしもあの姿しかしらないの」  公一には、話の意味が理解できない。  「ねえ、ゴルドーに何かされたんじゃない?」  「ねえ、大丈夫だった?」  「あのサルほんと意地悪だから」  「えっ、みてたの?」  と答えてから、数瞬、公一は混乱した。あのサルのことを何故知っているのか。見ているはずがない。なにしろ公一の夢の中の話だ。サルとの会話が夢で、サルがいたのは現実なのか。  公一は動揺を隠して、質問を変えた。  「あのサルはここで飼ってるの?」  「今の館長が、ね」  「意地悪なことしか言わないから、大嫌い」  「あなたも何かひどいこといわれたんじゃない?」  (!?)  これも夢か、と公一は惑乱した。もはや、どこまで、どこからが夢なのか、夢の中で眠った夢を観て、夢の中で目覚めた夢を観て、夢の中で夢を観る夢をみているのか、公一には解らなくなってしまった。夢ならば、どんなことでも起こりうる。  「大きな鳩にも遭ったよ」  「アラシ、でしょ、だってわたしが頼んで行ってもらったんだもの」  「外を見ていたらあなたを見つけて、ここに連れてきて欲しくて、それで」  「銃なんかで撃ったらだめよ。可哀想でしょ」  「?・・・・なぜそれを知ってるの?」  「だってほら」  「そこ」  「あなたのうしろ」  (げっ!)  公一は振り返って驚いた。直ぐ背後に、大きな鳩の置物があったからだ。剥製のように精巧だ。ただし、くちばしと左眼が割れている。今は動かず、話もしない。  「安心して、もともと壊れてるの。あなたが観たのは、幻想よ。でも彼の死は壮絶だったわ」  「レースの途中、森の中で羽を休めているときに、猟師に面白半分で撃たれたの。酷い怪我をして、ここの庭に逃げてきたの。彼は立派だったわ、血を零しながら最後まで凛と胸をはって、けっしてあきらめず、死が訪れるそのときまで、帰る方角を見詰ていたわ。」  「だから気の毒で、館長に頼んで、修復してもらったの。でも、今の彼が本当に死んだ彼なのか、判らないけどね。もとの体はゴルドーがばらばらにしてしまったし、人間みたいに話しをするなんておかしいでしょ」  「へえ、そおなんだ・・・・」  公一はなんとなく相槌を打った。  「まあ、ゴルドーも可哀想なサルなんだけどね」  「人間にモルモットにされて殺されて」  「だから人間を憎んでいるのよ。わたしよりずっと前からこの世界の住人だから、詳しいことはしらないけど」  三人の女の子は蠱惑な笑みを湛えて、公一の言葉を待っている。  「あの、・・・・君たちは姉妹なの?」  公一には喋る鳩やサルに対する興味は、もはや少しも残っていない。彼らと会話した内容の後味の悪さも昇華した。鳩やサルの投げかけた問いは、公一の剥き出しの皮下組織を、ざらついた布で擦り上げるような刺激をもっていた。普段はまったく興味の無い倫理的な対話に心労したことが空々しい。弱った心に入り込んだウィルス様の何物かは、今はまったく駆除されている。  (変身した)  と、何故か公一は感じた。  人型の善意は消えて、四足の黒い獣が公一の中で優位をとる。きっかけは、公一の世界をいまだ侵害したことのない美人達だ。  公一はこの三人の美人に陶酔に近い好奇心を覚えていた。まったく同じ顔の三人。もし、だれか一人と親密な関係になれるなら、誰を選べばよいのだろう。愛の告白をするなら、誰にすれば、もしくはどんな方法がもっとも成功の確立をあげられるのか。あるいは全員が、公一に好意を持ってくれた場合、誰を選べはよいのだろう。  「姉妹? 違うわ。三個の別々の入れ物に入れられた、もとはひとつのものよ」  「入れ物をもらってから常に一緒に行動してる。だから姉妹ほどにも個性に差はできていないし、かといって姉妹ほどの一体感もないはずよ」  「共時性も感じないし、常に同じことを考えているわけでもない。ただ、あなたを見つけて三人同時に会いたいと思ったことは確かよ」  一卵性多胎児のことをいっているのだろうと、公一はぼんやり思った。  そんなことより、会いたいとは、好意があると言い換えてもいいはずだ。公一は少し動揺して、会話を続けるためだけの適当な質問をする。  「でも、性格は違うんでしょ? 血液型とかも・・・・」  「血液型のホントの謎は、現代の医学では解析できないって館長が言ってた」  「館長の話だと、性格や個性の違いは、単に入れ物の違いなんだって。要素として遺伝情報や、環境や、体験があるけど。だからあなたもわたしも存在として同一よ。あなたが感じている自我や魂なんて無いんだって。哀しいわね。わたしはこんなにもあなたのことが好きなのに」  言ってから、三人揃って頬を桜色に染めて、俯いた。  公一の動悸は高くなっていく。覚めて欲しくない夢があるとするなら今がそれだ。ともかく、会話を続けよう。  「むっ、難しい話だね。でも、男と女は基本的に別な存在だと感じるけど・・・・」  「あなたも女性の殻に入れば実感するはずよ」  「今のように逞しい、強靭な肉体でなく、か弱く、非力な入れ物で、生物本能として原始コードに子孫を残し育成せよとの命令を焼き付けられたとしたら」  「あなたが性格だと思っているのは、単にあなたの肉体の、管理プログラムの一部なんだって」  「そう、なんだ・・・・」  (よくわからない、哲学的な会話だな)  と、公一は虚ろに感じた。  公一は魂や自我について深く考えたことはない。単純に脳が作り出した虚像だと思っている。輪廻転生を信じたいところだけれど、この肉体と共に消え去るものだ。絶対無二か、全く無価値かはともかく、虚像としてのあり方は同一といえるだろう。実質的に同一だとしても完全共感できなければ個別であることに変わりない。  不可解な内容の議論より、公一はもっと別な、親しくなる会話をしたい。  公一の向かいに一人を残して、公一の左右に二人の女の子が席を移した。体を密着させ、公一の両肩に両側から凭れてくる。接触した箇所は痺れるほどに柔らかく、異様に熱い。浴衣の裾ははだけて、組まれた脚の全容がすぐそこにある。耽美と妄想をかきたてる奇跡の造形物だった。  公一は確かに甘い香りを嗅いだ。  左こめかみを流れる汗が傷にしみた。右肋骨の痛みは錯覚して、血液が氷結したような不快感がある。これが現実でないとするなら、夢と現実を区別することなど、公一には不可能だ。  「かっ、館長さん、もうじき来るんじゃ・・・・」  「館長? 来ないわ。正確に言えば、今はここには来れないし、ここにはいないのよ」  「あなたは館長に会いにきたの? ちがうのよ。わたしに会いに来たの」  「わたしを探していたはず。わたしに会いたかったはず。わたしのことが好きなはず」  「?!・・・・」  「ねえ、お願いがあるの」  「だからあなたには、ずっとここにいて欲しいの。たとえわたしやあなたがただのプログラムだとしても、色々な方法で愛し合うことはできるはずよ。わたしはまだ子供だからよく知らないけれど」  「もういやなの。こんな世界。ばかなサルを相手に閉ざされた空間で永遠の時をひとりですごすなんて、もういや」  「いや、でも・・・・」  三対一でうまくやっていけるものなのかどうか。  しかし、それにしても、女の子の美しさは尋常でない。はにかみつつ上目遣いに、長い睫を時折伏せては、公一の瞳の奥を覗き込む。もはや公一なくしては生きていけない儚さを、その甘い吐息が物語るようだ。  今の公一に理知的思考を求めるのは、いかさま無理な話だ。十五歳の少年である。男性としての情感を抑える方法を知らないし、そもそもそれに抵抗する必要性はまったくもってない。公一の中で、得体の知れない何者かが、今はっきりと覚醒した。  「ねえ、だからまず、あのおばかなサルをやっつけて。館長もあなたが残るならそれでもいいって」  「館長が言ってたわ、あなたはここの唯一の訪問者で、よく来てるって。あなたもここが好きなんでしょ」  「だから、すぐに行きましょう。今、おサルさんは、館長のところにいるはずなの」  公一は否応なく引き起こされると、女の子三人に取り囲まれ非常口に向かった。
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