13 petal chrysanthemum
終章 「それから」
              *  「バリバリ・・・・」  ノイズを聴いて、公一は眼を覚ました。  頭痛がした。眼球の奥に傷みがあった。全身にも吐き気をもよおすほどの傷みがある。両手には火傷まであった。  公一が顔を上げると、そこは薄暗い部屋である。  博物館の三階のロビーだった。公一はソファーに深く腰かけていた。膝の前に大きなテーブルがあり、その向かいには、少女型の人形が三体、並べて置かれている。鼓笛隊を連想させる揃いの衣装を着せてある。  (夢じゃない)  と、公一は確信した。今ここにいることが、である。  全身の苦痛は錯覚であろうはずがない。なにより決定的に違うのだ。何がといって、公一には説明できない。意識と肉体との間に存在した綿のような異物が、今は確かに無くなっている。完全に間違いなく、絶対的に覚醒したのだ。  公一の肉体と脳は、もはや疲れ切っていた。今はとにかくここを出たい。  非常口のドアを開けて、壁面にレリーフのある螺旋階段をよろよろと下りる。  一階のフロアに照明はないが、カーテンの隙間から外光が細く差し、展示物に深い影を作っていた。  ことさら急ぐでもなく、公一はゆっくりと入口まで歩いた。  誰にも遇わなかった。  公一の意識は茫洋として、思考が働かない。ここが博物館であることは判る。ここにいることに違和感を覚えないので、何故ここにいるのかとの疑問が起こらない。記憶の扉が開かないのだ。  受付に背を向けた老人の蝋人形に軽く会釈する。  受付の小窓は閉じられている。  入口の扉は開錠されていた。  銀メッキが剥がれ、真鍮の地肌を顕わした入口扉のドアノブに手をかけたとき、ふとガラスに映った自分の顔をみて、公一は一瞬動きを止めた。  驚いた後、恐怖が襲う。  (これは誰だ?!)             *  十年の後、公一は地元の街の不動産会社で働いていた。そこで偶然、公一はあの博物館の情報を知る。相続に関する登記の変更と、その後の遺産分割による登記変更に携わったという司法書士から聞いた話だ。  所有者は桂川常鶴という著名な学者で、画期的な新薬を開発して莫大な財を築いた。もともとは遺伝学の専門が、退行催眠や記憶の操作などという怪しげな研究を始めたせいで声名を失い、学会を追われた。夫人を無くしてからは独身を通したが、三つ子の孤児を養女に迎え育てあげた。昨年学者が死んで、三人の養女が広大な土地と複数の建物の相続人となった。あの博物館のある土地は三人の共有として、それ以外の土地は売却処分した。  三人の娘に会った司法書士は、三つ子で同じ顔をしているが、非常な美人姉妹だといった。博物館の奥に学者の本宅があるのに、今は無人で、三人は別の街に別々に暮らしているらしい。  公一の勤める不動産会社の事務所にも、姉妹は土地売却の件で一緒に来たことがあるとその司法書士は言った。驚いてよく聞いてみると、その日の公一は休日だった。  (やっぱり縁がないんだ)  と、公一は何故とはなく残念に思った。 〈 終 〉
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