有原悠二の小説、詩、絵など
透明の反射
それは透明だった 夕暮れの電話 震える父の声の向こう側で ガラスのような空気が揺れながら 母の泣く声が追憶に溶けていく 「……兄が自殺した」 思えばその予感は確かにあったはずなのに ぼくは逃げ出す暇がないほどの 惰性的な人間の残光だったのか 青く透き通った過去の背中は 血のような夕焼けにその身を焦がす 因果応報 目を背けた現実が いつか自分の未来を追い越していく 誰にでも必ず死が訪れるように それは宇宙の普遍的な法則かもしれない あの日の電話を思い出すたびに ぼくは自分の宇宙の小ささと 残された可能性をいまだに模索する 思い出した 十六年間飼っていた愛犬が亡くなったとき 誰よりも真っ先に帰ったのも兄だった 亡骸を両親と一緒に山の中腹の見晴らしのい  い祠に埋め その上に天を刺すような卒塔婆を立てた 数年後 卒塔婆に蝉の抜け殻がくっついていたと 父から写真が送られてきたときには 兄はもうこの世にはいなかったように思う そこは眩しいほどの緑だった 光が木々をすり抜けるように泳いでいた 風の気ままな静寂すら楽隊に聞こえ 新しい命は透き通る青空に飛び立っていく 夕暮れの長く伸びた誰かの影ですら 新しい概念の誕生なのかもしれない 追憶に響くあの日の電話は 山中に浮かぶ澄み切った空気のように いまでもぼくの未来を透明に反射する
ギフト
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