「呪いの話ってここだよね」
「そう、図書室の呪い」
「誰もいないのに男の子の声がするんだってさ、怖いよねぇ」
お化けなんてちっとも論理的じゃない。だけど、わたしが来たのも図書室の呪いのナゾを解くため。
AIアーティフィシャルインテリジェンス、すなわち人工知能が活躍している時代に、図書室の呪いなんていう非科学的な噂を信じられる?
幽霊はいるのかいないのか? 大人はいないに決まっていると言うけれど、いない証拠もないじゃない。根拠もなく決めつけるほどわたしは愚かじゃないわ。
それに、もしも幽霊がいるのなら確かめたいこともあるの。
ちょっとばかり騒がしいふたり組の先客は、学校司書に怒られながらもめげずに小声で会話を続けていた。
彼女たちは辛抱強く、図書室の呪いのナゾを解き明かそうと粘っていたんだけれど……いつしか窓から夕陽が差し込み、校舎が茜色に染まる頃になると、さすがに飽きちゃったみたいね。
「いないじゃん」
「やっぱりデマだった、早く帰らないとママに怒られちゃうよ」
なんて他愛のない会話をしながら図書室を後にする。それもそうだよね。お化けなんてやっぱりいないのかなってわたしも思った。
でもね、わたしはナゾを解きたいの。ナゾのあるところに四色愛花よんしょくまなかあり。どんなナゾでも華麗に解いてみせる。お化けがいないのだとしたら、他になにか男の子の声がする原因があるはずじゃない。
それに、わたしはもう5年生のお姉さん。だから、哀愁の漂うどこか物悲しいメロディが鳴る下校時間のギリギリまで図書室にいても、早く帰ってきなさい、なんて言われることはもうないの。
もっとも、それは今まで小言を言っていた人がいないからなのだけれどね……。
「マナちゃん!」
「はい」
反射的に返事をしてしまった。思わず背筋が寒くなる。だって、変じゃない? 近くに人はいないよね? それに今の声はクラスメイトの声でも司書さんの声でもない!
まさかこれが図書室の呪い? 論理的に考えてありえない!!
「ボクだらに」
その声はランドセルの中からだった。そういえば、わたしの名前の漢字を一文字とって、マナちゃんなんてあだ名で呼ぶのは友達くらいだ。
「なんだ、らにちゃんか。本当にお化けが出たのかと思っちゃったじゃない」
ランドセルの隙間からひょっこりと顔を出したのはロボット。白くて丸い大福に赤い目が二つついた、スライムみたいなぷにっぷにのやわらかな手のひらサイズのうさみみロボットだ。わたしが作ったロボットの友達『らに』ちゃん。
うさぎのことを英語でラビットっていうから、ぷにぷにしたラビットで『らに』ちゃんと名付けたんだ。
そんなに複雑なプログラムにしたつもりはないのだけれど、とってもおしゃべりで、なんとロボットなのにおしゃれが大好きな男の子なの。
らにちゃんとは家でも学校でもいつも一緒。授業中や図書委員のお仕事をする時はさすがにランドセルの中でお留守番をしてもらうけれどね。
「うん? あっ! そういうことか!」
「愛花まなかさん、しーっ」
白衣姿の司書さんが、白くて長い人差し指を唇に押し当ててポーズをつくる。静かにしなさい、という意味。ごめんなさい。思わず大きな声を出しちゃった。だって、わたしには図書室の呪いの原因がわかったんだもの! ナゾが解けちゃった!
「どうしたんだらに?」
「誰もいないはずの図書室で声がしたり、ものが勝手に動いたり、そういう怪奇現象が起こっているって噂なの。さて問題です。誰も人がいないはずの図書室で男の子の声がしました。誰でしょう。ヒント、今この図書室に犯人はいます」
「う~ん、難しいらに」
「ふふふ、論理的に考えて、らにちゃんが犯人じゃないかな。それならすべての説明がつくじゃない。わたしが委員会の仕事をしている間、ずっとらにちゃんをランドセルに入れているでしょ。きっと、その時に誰かが、らにちゃんの声を聞いたんだよ」
「マナちゃんの『論理的に考えて』がでたらに」
『論理的に考えて』はわたしの口癖。ものごとを筋道を立てて、探偵が犯人を見つけるように考えたらっていう意味なんだ。この口癖のおかげで、大人っぽいね、なんてクラスメイトから言われることもあるんだけどね。
「マナちゃんはすごいらに! でも、今日のファッションも地味らに~」
らにちゃんからのきびしいファッションチェック。
わたしのお洋服は全部パパが買ってくる。でもね、パパったらファッションセンスが全くないんだもん。今日も大量生産の安い半そでのロングTシャツに地味なデニムのスカート。
これじゃあ流行をチェックして、お洋服をいーっぱい持っているような、キラキラな女子にはほど遠いよ。
そりゃあ、パパの選ぶ服は小学生らしいし、動きやすいけれど……わたしは女の子なんだよ! できればイマドキなおしゃれがしたいよ!
でも、父親ひとりの手でわたしのことを育ててくれているし、わがままを言えないんだよね。わたしってば損な性格。だから、服がだめならせめて髪型だけでもオシャレにしようと思ってポニーテールにしているの。ポニーテールならリボンやシュシュがあればひとりで簡単にできるもの。
「それにしても、ボクがお化けだなんて失礼しちゃうらに! ボクはこんなにかわいいらに!」
「ふふっ、そうだよね。わたしにとってらにちゃんはお化けじゃなくて天使だよ。生まれてきてくれてありがとう」
らにちゃんを抱きかかえると生きているみたいにあたたかい。機械の発する熱なんだけれど、まるで生きているみたい。不思議ね。
「でも、ボクは人間でも生き物でもないらに……ロボットなんだらに……」
「違うよ。らにちゃんはわたしにとって特別な存在なんだから。らにちゃんにはふたりのママがいるの。ひとりはわたしで、もうひとりはわたしのママ」
ママはわたしが生まれた時に『あなたはわたしにとって特別な子なの。生まれてきてくれてありがとう』って言ってくれたんだって、パパから聞いた。
わたしもそういう言葉が言える人になりたい。もう、らにちゃんったら、なんだかずっと、ぷよぷよぽよぽよと図書室の机の上を飛び跳ねて喜んでいる。かわいいな。
「あのさ、もしかしたらだよ? らにちゃんみたいな人工知能のロボットが捨てられているのかもしれない。それで何か悪さをしているのかも。もしそうだとしたらさ、なんだかかわいそうじゃない? だって、みんな人間と同じように考えられるのよ。それって、お母さんやお父さんに捨てられるようなものだよ。
「そういえばマナちゃんのパパはよく動物を拾ってくるらにね~」
そうね。パパが言うには、人間が飼っていた動物を捨てることによって、そこに住んでいた動物たちの生活が上手くいかなくなっちゃうんだって。
例えば小さい鳥さんが住んでいた森に大きな鳥さんが入ってきたら、小さな鳥さんは大きな鳥さんにエサをとられちゃって生活ができなくなっちゃう。そういうパパの話は論理的に考えて当たっていると思う。そういうのを生態系の破壊というの。
「もしかしたら学校にも捨てられたロボットがいるのかな……」
その時、背後に殺気だった気配を感じた。しまった、ここ図書室じゃない。熱中すると周りが見えなくなっちゃう癖をなおしなさいって通知表にも書かれていたっけ。
「ま~な~か~さ~ん……あなたは図書委員でしょう。みんなのお手本になるように図書室は静かに利用しましょうね」
声は優しいけれど、司書さんの目はちっとも笑っていなかった。
「雪村ゆきむら先生、ごめんなさい……」
「わかればよろしい」
真っ赤なリボンで髪を結んだわたしの頭を軽く撫でる。司書さんのことを先生と呼ぶのは正確ではないのかもしれないけれど、司書さんは生徒から親しみを込めて雪村先生と呼ばれている。そんな雪村先生に撫でられたことが嬉しくて、わたしは思わず先生の後ろ姿を目で追った。
小学校ではなるべく紙の本に触れて物を大事にしましょうということで、雪村先生は図書室の本をまるで生き物のように丁寧に扱っている。ウェーブのかかった黒髪をした若くて綺麗な女の司書さん。どことなくもういないはずのママに雰囲気が似ている。白衣を着ているからかな。ママも雪村先生と同じようにいつも白衣を着ていた。優しいところも、怒ると怖いところも、ママにそっくり!
それにしても大人の女性に頭を撫でられたのはいつ以来だろう。