閑話 あーちゃんの秘密②
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閑話 あーちゃんの秘密②
カリカリカリ、カリカリカリ。
何だろ、この音。
エクシア王国、王都エクセリアの王城。僕の部屋は上階だから鳥の鳴き声が間近で聞こえることはよくある。でもこれは爪で堅いものを引っ掻くような、なかなかの不快音。
あ、カリバー君じゃない。窓の外にカリバー君がいるよ。悪戯をして締め出された子供みたいに必死で窓を引っ掻いてる。どうしたの、外はまだ暗いし、何より危ないよ。とりあえず中にお入り。
「ニャ」(ありがとう)
どういたしまして。えっ?
「ミニャニャ、ニニャーー」(二度寝しちった~)
なぜかカリバー君の言っていることが理解できる。君、しゃべれたの?
ベッドに腰かける僕の膝の上で猫らしく丸まり、スンスンと鼻を鳴らして、つぶらな瞳を向けてくる。口を小さくパクパクして⋯⋯う~ん、可愛い。このモフモフに顔をうずめて僕も二度寝したい。 カリバー君のモフモフを堪能しようと顔を近づけるとまた何か聞こえてきた。
朝の、鐘までに? ふむふむ。エ⋯⋯クスカリバーを⋯⋯抜け。え? みんな、には、もう言って、あるから…zzz
な、なんだって!?
エクスカリバーってアルカディア大湿原の大岩に刺さったままのあれだよね? サトシ・ヤマモトの、抜いたら姫と国を、えーっ!
急いで立ち上がって侍女のベアトリスを呼ぶ。カリバー君が膝から床にベタンと落ちたことなんてどうでもいい。だってこの期に及んで三度寝きめてるんだもん。
寝間着のまま飛び出したくても格好には気を使わなくちゃいけない。も~急いでるのに! お母様とお姉様がノリノリでデザインした、女の子用の冒険者服。手際よく着替えを手伝ってくれるベアトリスも、いつもより緊張しているみたいだ。
『御使い現れ刻が動く。選ばれし者は剣を抜き国と、姫を護るだろう』
十六年前、建国者サトシ・ヤマモトが国王であるお父様に残した言葉。この言葉が真実かどうか、もし抜けるならば誰なのか、エクシア王国はいつも頭の片隅で気にしてる。
胸が高まる。まさか僕が⋯⋯。
カリバー君はこう見えて一応妖精なんだよね。薄い羽根でキラキラ飛ぶのだけが妖精だと思ったら大間違いさ。サトシ・ヤマモトに名付けられ、冒険を共にしていた血統証付きのネコ型妖精なんだよ。でも気まぐれでちょっと、⋯⋯ いや、かなりドジなのが玉に瑕。
サトシの言う御使いの正体は誰も知らなかったけど、カリバー君、君の言葉なら信じていいに決まってる⋯⋯、よ ね? でもまさか御使いが寝坊するなんてサトシも思わなかったろうなぁ。本当に朝の鐘はもうすぐ鳴るんだから!
急いで着替えを終え部屋を出れば、既にランスロットが準備万端といった体で待ち構えていた。
「姫様。外で皆待機しております」
「わかった。ありがとうランス。行くよ!」
城の外に出ると、ブルーノが馬を引いて来た。僕の相棒ドゥン・スタリオン。彼も何かを察したのか、静かにそれでいて鋭い目で僕を見返してくる。スヴェンや他の騎士たちも既に騎乗してるようだね。あとは僕の号令一つだ。
「朝の鐘までにアルカディア大湿原を目指す。皆遅れるなっ!」
東の空がだんだん白んできていた。
霊峰マクスウェルから吹き降ろされる風に、むき出しのエクスカリバーはもう長い事さらされている。僕も何度かこっそり抜きに来たことがあるから分かるんだけど、光沢がずっと昔から変わらない。経年劣化という言葉とは無縁なんだな、エクスカリバーは。さすがです。
大岩の周囲の土は、岩ごと持ち帰ろうとする人に掘られた形跡がいくつもある。この剣はそんな欲深い人間たちを何年見下ろしてきたんだろう。
でも今日の僕は違うよ。カリバー君がわざわざ知らせに来てくれたんだから、どうか僕を選んでほしい。
「ミニャニャ、ニャー」(早く抜け)
大岩の影からひょっこり出て来たカリバー君が、偉そうに僕に言う。君いつの間に? というより、どうやって僕らより早く来たの?
「早くじゃないよ! 寝坊したのは誰ですかっ」
「姫様?」
「あっ。ご、ごめん。独り言」
皆には聞こえないんだ。
ふぅ、いよいよだね。エクスカリバーの柄に手をかける。いくぞ!
⋯⋯。
ピクリともしない。
もう一度、今度は力任せに両手で上にぐいぐいと引き抜いてみる。⋯⋯抜けない。そんな、ウソでしょ?
エクスカリバー、お願い。僕ほど君を純粋に欲している人間はいないはず。僕にはトリスタンとの約束があるんだ。叶えるために君の力がどうしても必要なんだよ。
――コォーン、コォーン⋯⋯
魔力時計の朝の鐘⋯⋯、鳴ってしまった。遅かった⋯⋯。
その刹那、足裏から大岩を突き上げるほどの魔力を感じた。魔素の奔流がエクスカリバーを掴む僕の手をつたって無理やり内部にねじり込んで来る!
あまりの振動に頭の芯から強いめまいがきた。後ろに大きく反りかえると、美しい青空を飛ぶドラゴンの影、そしてランス達が慌てた様子で駆け寄ってくるのがぎりぎり見えた。
§
暗いな⋯⋯、ここはまたあの夢の中か。アイツに掴まれる前に早く出口に行こう。トリスタンが待ってる。
⋯⋯くっ、来た! いつもいつも⋯⋯、僕はお前が大嫌いだ! 離せ! このぉぉぉ! はぁ、はぁ。出口から誰か走ってくる、トリスタン? ⋯⋯違うや、誰だろうこの人は。
異国の服を着て、特徴的な形の帽子を被ってる。逆光だし暗くてよく見えないけど、女の子かな。来ない方がいいよ。足元に気持ち悪いのがいるから。
ほらね、びっくりしたでしょ? 無理しないで出口に戻って、さぁ早く。
⋯⋯何してるの? 信じられない! スケッチしてる! 誰を? 僕⋯⋯、違う、まさかコイツを!? オェェッてえずきながら化け物を描いてる。じ、尋常じゃないぞ。
スケッチしながら女の子は小さな声で歌を口ずさみ始めた。僕の足の重りが少しずつ軽くなる。女の子は口角を上げるとスケッチをやめ、右手に亡霊、左手に僕の手を繋ぎ、出口に向かって走り出した。光だ!
君、なんでコイツまで連れて行くの!? ⋯⋯ねぇ、聞い⋯⋯て⋯⋯る⋯⋯?
「⋯⋯さま!! 姫様っ!!」
ランスロットの声にぼやけた頭が覚醒する。岩に倒れ込んだみたい。ぶつけたおでこがちょっとズキズキする。
「僕どのくらい気を失っていた?」
「数秒かと。お怪我は?」
「平気」
体を起こして周りを見回すけど、エクスカリバーの姿はどこにもない。大岩には主を失った穴がぽっかり空いていた。
みんなが熱の入った目を僕に向ける。危惧、驚嘆、不可思議といったところか。けど僕に直接問いかけてくる者はいない。僕の一挙動を固唾をのんで見守っている。
大丈夫。エクスカリバーはもうここにある。感じるよ、僕の体内に宿ったんだ。
「ニャニニ、ミニャニャニ」(あの人、危ない)
突然、カリバー君が焦り始めた。もう三度寝をきめたまぬけ猫の面影はなく、しっかり僕の頭の中に直接イメージを送り込んでくる。女の子だ。湿原で一人、絵を描いている。
「姫、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。え、あ、早く逃げて! 皆、姫君を探して!」
姫は目の前にいますよ、といった顔を三人ともがするが構っていられない。体中を魔力で覆い尽くして、無理やり走り出す。
イメージがどんどん鮮明になってくる。あれは、オークか! まずいぞ、しかも二匹だ!
「命の源なる魔の力を、我に与えよ! フィジカルブースト!」
足元の魔法陣へ魔力を大量に流し込む。通常ではありえない速度で光が満ち、体が軽くなった。イメージにあった場所は遠くではない、微かに心当たりがある。
「ウオオオオオオォォォォォ!!!!!!!!」
魔物の咆哮だ。急げっ! 僕は全力で跳ぶように駆けた。
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