『CROSS・HEART』Story.4 小さな盗人(後編) 4-13



「絶対……?」
「そうそう絶対。だから早く着てねっ」
「似合わないよ……?」
「似合う似合う。だから早く着てねっ」
「う……」
 リセは一着の服を手に、試着室の中にいた。店に入ってあのワンピースの色違いを見せてもらい、いつのまにやら今、それを着る羽目になっている。
(フレイアって口が巧いなぁ……)
 なにがどうしてこうなったのかというと、何となく会話しているうちにそうなってしまったのである。

『やっぱり可愛いねー! 着てみたいと思わない?』

『思うーっ』

『ホント?』

『うんっ』

『じゃ着てみよー!』

『うんっ……って、え?』

    何気なく、さり気なく、誘導されていたような気がしないでもない。それはともかく、自身は試着室の中にいて、あのワンピースの色違いを持っていて、自らの意思で遠回しな「着てみたい?」という質問に頷いてしまったのだ。ここまできたら、逃げ道はないだろう。
(私には似合わないよ……だってこれ、可愛いすぎるもん……)
 未だ躊躇うリセ。『試』めしに『着』るくらいなのだから、さっさと腹をくくれと言いたいところなのだが、いくら服が可愛くても、それを着れば可愛くなるというものでもない。逆に可愛いければ、その分気恥ずかしさも募るというものだ。きっと自分自身で綺麗だと認められるほどの容姿があれば、そんなこともないのであろうが――要するに、年頃の少女によくあるアレである。  
 自分の外見と、好みの服の不一致。……と、彼女自身は思っているのだが、実のところそんなことはない。色香や目を引くような華やかさにはやや欠けるが、多少の幼さを残した顔立ちと美しい銀髪、白い肌と細い肢体は、街を歩けば一部の人間を振り向かせることもできるだろう。
 ――なんてことは露知らず。
 困り果てて立ち尽くすリセ。色々と着ない言い訳を考えても、やはり手のなかの服は見れば見るほど魅力的なのだ。
「…………」
 ……暫しの逡巡。
――そして。
(一回、だけだしね)
 リセの恥じらいとワンピースドレスの可愛いさ。果たして勝者は――――


     


「リセー、着たー?」
「う、うん」
「あー、まだ恥ずかしがってるー! さあ、お披露目っ!」
 カーテンの外からは、妙に弾んだフレイアの声が聞こえる。こっちの気も知らずに……と、少々恨めしく思う。
「うー……」
 ゆっくりと、のろーりのろーりと開くカーテン。少しずつ見える布は、淡い光沢を帯びていた。
 長い時間をかけてようやく開き切ったそれの向こうに立つ少女が、伏せていた金の目を上げる。蒼い瞳と視線がぶつかった。
「――ど、どうでしょう……?」
  するとフレイアの動きが一瞬固まり、次の瞬間にはまさに疾風のごとし速さで身を翻して店の外へと向かっていた。
「リセ、そのままでいてよ!? そのままね! 絶対に着替えちゃダメだよっ!」
「ふ、ふお……?」
 一旦止まって振り返り念を押すフレイア。反論を許さぬ速さで捲し立てたので、呆然とその背中を見送ることしかできなかったリセである。
 程無くして足音が戻って来た。ただしその音は、一人分のものとは思えず――
「ちょ、ちょ、見て!? コレ見ないと損する一生損する!」
 半ば転がり込むようにリセの前へと到着した二人。転びそうになったフレイアは慌てて体勢を立て直し、まるで犯人を連行するかの如くがっしりと掴んでいたハールの腕をようやく離す。やっとの事で解放されたハールは、訳が分からず深い溜め息をついた。
「はぁ? ったく一体何なんだよ……」
 突然店の中へと引っ張り込まれたのだろう、ハールは不満そうにフレイアを睨む。だが彼女はそんな視線などお構いなしで強引に彼の肩を手で押して正面を向かせた。
「いーからいーからっ!」
 向かされた、その先には――――
「――――……っ!」
 ――それは、思わず息を飲んだ自分にさえ、気付かない程に――……  

「カワイイでしょお?」

 一点の汚れもない本繻子はほのかに輝く純白。レースに使われている薄桃色がそれに映り、白雪の中に花が咲いたように彩りを加えていた。淡く光を纏う銀髪はさらりと腰元で揺れ、月色の瞳を驚いたようにハールへ向けている。
「ハー、ル……!」
 しゃらりと鳴る、微かな衣擦れの音。
 それはまるでリセの為に繕われたかのように、どんなに煌びやかな宝石よりも、輝く豪奢な装身具よりも、可憐に彼女を彩っていた。
「も、もうっ、フレイアってば何でハール連れてきてるの……!」
 ――その一言に、彼ははっと我に帰った。
「えへへ……いやぁ、だってあまりにもリセが麗しかったのでね? これはハール君にもお見せしなければと……」
「お見せしなくていいよ……っ、もう、着替えるよ!」
「えー! もちょっと着てなよぉ、勿体ない!」
「勿体なくない!」
「勿体ないよね? ねー、ハール君?」
「は!?」
 唐突に話を振られ、言い淀むハール。できれば、ここで自分に意見を求めて欲しくなかった。
「だって可愛いじゃんっ、ねぇ?」
「 “ねぇ?”って、そんな……」
 ――ことを言われたって、返答に詰まるに決まっているではないか。思わず、コイツは自分を困らせたくて言っているのかと疑ってしまう。嘘をつくのはなんだし、それに、本心を言うのも――……
「可愛いくない?」
「え、いや、それは――」
「可愛くないの?」
「そういう訳、じゃ……」
「じゃ、可愛いい?」
 これはわざとだ。目の前にいるこの少女は、こうやって自分を追い詰めて、きっと彼女自身が望む答えを言わせたいに違いない。小さく舌打ち。……人を困らせて楽しむのは、どうかと思う。
 本当に、勘弁して欲しい。自分はこういうことに向いていないのだ。先日の『帽子の件』は、相手も目覚めたばかりで良く分かっていなさそうだったから、一応、簡単にではあるが言えた。だが、今回は状況が違う。
「えー……あー……」
 ――分かってはいる。たった一言、軽く言えばいいのだ。冗談めかしたっていい。なのに、その『本心』が言えない。言える訳がない。こんな時、自分の親友――だと少なくともこっちは思っている――なら、気の利いた言葉の一つや二つさらりと言ってしまうのだろうと思うと、彼を羨ましくも恨めしく思った。そして――……数秒間の、沈黙。

「あー……いい、と、思う…………」

「――――……っ!!」

 これが、精一杯の妥協点だった。

「ふおっ!? ……ふ、おおお……」
 瞬間、リセの顔は桜色に染まる。口を開いては閉じを繰り返し、何か言おうとしているものの言葉自体は出て――――

「……――ば、ばかぁっ!!」

 ――きた。
 彼女なりの理由としては恐らく、嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、何といったら良やら――、と、色々と収拾のつかない状態なのだろう。
 ハールの言葉を借りれば、『帽子の件』のときよりも、彼のことを少しは知り、心情も、勿論“仲間”としか思っていないにしても、当初と全く同じな訳がなく――と、まあ、年頃の乙女の心境をいちいち解説するのも野暮だろう。
 だが、多少なりとも苦心をしたハールとしては、こんな言葉でその決意を返されては少々不服である。そんな彼の内心などは知る由も無く、リセはシャッ!っと勢い良くカーテンを閉めると、それきり黙ってしまった。もうその服を着ている気は無いらしい。 
 不機嫌そうに、フレイアへ目を向ける。
「誉めたのに馬鹿って……ワケわかんねぇ……」
 残されたのは苦悶の結果バカ呼ばわりされたハールと、ある意味旅人狩より質の悪い少女。彼女は笑って、ハールを見上げた。     
「乙女ゴコロは複雑なんですよー!」

コメント

ミルキークイーン
ハール君、そこはもっと褒めねば。恥じらうリセがカワイイネ。
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