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クロスクオリア
2020年5月8日 12:14
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.7 古の殺戮者 7-2


「ハール君」
「……」
「ハール君?」
「…………」
「……ハールくんっ!」
「え、……あ、悪い、何?」
 ハールはフレイアの三度目の呼び掛けに、ようやく反応した。彼女は少し不満そうに頬を膨らませる。
「おいしーねーって、言ったの!」
「あ、そう……だな」
 少々考え事をしていたせいで、耳に声が届いていなかった。埋め合わせをするように、こちらから話題を持ちかける。
「あいつって、料理だけじゃなくて家事全般得意なんだよな」
「そーなんだ? スゴイなぁ……アタシ、あんまそーゆーの得意じゃないんだよね」
 フレイアはそう言ってまた一口齧った。具材をパンに挟むだけなのに、おそらく自分ではこうはいかない。一体何が違うのか。そんなことを思いながら飲み込むと、ゆっくりと口を開く。
「今朝さ、ハール君止めるかと思った」
 一瞬の間。彼女の言葉が何を指しているのかを考えていたのか、それとも別の理由か。
「リセがあんなに自分から強く主張したの初めてだったし……頑張ろうとしてるのは分かるから」
「すっかり保護者だねぇ」
「やれるだけやってみろって言ったのオレだしさ。……オレにとってもいい機会かもしれない」
「いい機会? ……ああ、誰かを庇いながらだと異常に戦えなくなるってやつね。そんなものだと思うけどなぁ。…………大切なものがあると弱くなるのは、おかしいことじゃないよ」
 その言葉に、一瞬ハールの食べる手が止まる。
「……とりあえず、放っておけるわけねぇだろ。あんなの」
「そうだね、放っておいたらきっと死んじゃうね」
 歯に衣着せぬ物言いに、思わず彼女の方を向く。普段から遠慮した言い回しをする人間ではないと思っていたが、今の台詞にはどこか引っかかった。それが何故なのかは分からなかったが、内容が直接過ぎるという単純なものではないような気がした。
「まぁ、見つけたのがハール君でよかったよ。ほんとっ」
「お前でも大丈夫だっただろ」
 彼の表情に何かを感じたのか、彼女は途端に溌剌としたいつもの笑顔を見せる。しかし、ハールのなかの違和感が消えることはなかった。


     

「ちょっと休みましょうか」
「でも……」
「休みましょう」
「……はい」
 有無を言わせぬいつもより少し真面目な声色に、素直に頷くリセ。彼は微笑むとその場に腰を下ろす。リセも倣って隣に座ると、そのまま後ろへと背を倒した。
 緑の上に寝転ぶと、背中にちくちくとくすぐったいような草の感触。一つ息をつき、片腕を目の上に被せた。
「……本当に」
 できるのかな、という言葉を飲み込む。あれから何度か試したものの、結果が変わることはなかった。
「大丈夫ですよ、気負うからできないんです。それじゃできるものもできませんって」
「そうかな。でも、教えてほしいって言ったのも、行きたいって言ったのも、私だから」
「それが気負ってるって言うんです。もしリセさんが居なくても、あのまま三人で行ってましたし」
「……私が居なかったら、そもそもみんなここ来てなかったよ」
「バレましたか」
 軽く笑う。どうやら誤魔化しは利かないようだ。抜けているようで、案外生真面目である。
「まぁ、はっきりとした生息域も分かりませんし、出遭ってしまったらって前提ですから」
 逆に考えれば、生真面目過ぎるがゆえにそう見えるのかもしれないが。
 リセが微かに身じろぐ。草の上を流れる銀髪に陽光が躍った。
「……わがままだな」
「そうですね」
 リセの呟きを、あっさりと肯定する。大事な部分の誤魔化しは、彼女には利かないようだから。
「人間それぞれ自分勝手に生きているものですよ」
 責めるわけでもなく、諭しているような威圧感もない、穏やかな声。
「その想いが思わぬ方向に向かって予期せぬ事態を生んだり、ぶつかり合うこともありますけど……その時は、その時です。誰にだって譲れないものはあるでしょう」
 リセが腕をどけると、枝葉の重なりの隙間から漏れる青空を背景に、優しげな瞳が見下ろしていた。
「……イズム君も?」
「そうですね……譲れないはずなのに、どうにも困ったことになったりもしますけど」
 ――――今がいい例です、という言葉は、喉の奥で掻き消して。
「やっぱり、最後は守りたいと、思ってます」
 隣で寝転び、見上げてくる少女にいつもの笑みを浮かべた。
「誰かを傷つけても」
 風が森を抜ける。微かに冷たさを帯びたそれは、二つの色が跳ねる彼女の髪を揺らした。




「それよりさ、さっきハール君、何考えてたの?」
「……別に、何も」
「ハール君、分かりやすすぎ。……リセ達のコト考えてたんでしょー?」
「別に……」
 悪戯っ子の笑みを口元に浮かべるフレイア。
「なーに? 妬いてるの?」
「なっ……!?」
 ハールが動揺したのを良いことに、さらに顔を近付けて覗き込む。
「どっちにどっちに?」
「ったく違うっての……どっちにって、どういうことだよ」
 ハールはそれをかわすと、首は動かさずに目だけをフレイアに遣る。
「リセをイズム君に取られて妬いてるのか、イズム君をリセに取られて妬いてるのかってコト」
「はぁ!? どっちでもねぇよ!」
「そうなのー?」
「当たり前だろ!」
 残念そうなフレイアを横目で見つつ、第一、後者はヤバイだろ、と呆れながらツッコミを入れる。
「……いつの間にあんなに打ち解けたのかって、少し思っただけ」
 自分が今まで面倒を見てきた相手と、自らの親友が急に仲良くなったのが微妙なところなのかもしれない
「ハール君かわいい」
「どこがだよ……」
「いーじゃんいーじゃん、仲良きコトは美しきかなってねっ」
 からかわれた後でも一応答えてくれるところが彼らしいと笑みを浮かべ、話を続ける。パンは食べ終わって無くなってしまい、空いた手をどうするか一瞬考えたが、結果、膝を抱えた。食後は眠たくたるというのが道理な訳で。少しだけ重さを増した瞼を感じ、それに比例して顔から表情が消えていく。
「……ハール君はそれを表に出さないだけでしょ? それはそれでいいんじゃないかな……だって、仲間って、そーゆーモノなんでしょ? 表面に出さなくったって、ちゃんと繋ってるの。……無駄に表現するより、イイんじゃない」
 膝に顔を乗せ、最後の方は興味無さ気に締めるフレイア。首を傾げるようにして、晴天の空に視線を放る。
「……良く解んないけどさ」
「何か他人事だな」
「え……そうかな?」
 空から視線を落とし、きょとんとした目を向けてくるフレイアに、何となくそう言う風に聞こえただけ、と返すハール。今の会話からすると、『自らの知らないことを知識と想像だけで語っている』ような気がしたのだ。……そんな訳、ないのだが。
「お前も、“そーゆーモノ”に入ってんじゃねぇの」
「え…………?」
 フレイアは大きな目をさらに見開き、驚いたようにハールを見つめる。昼食を咀嚼している横顔は、何事も無かったかのようにその後無言だった。
 そんなハールを見つめながら、フレイアは、微笑んだ。
 それは、今にも風へと消えてしまいそうなほどに何処か脆く、儚いまでに、淋しそうに。
 ――そして彼の言葉に、返事はしなかった。
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杏仁 華澄 4年前
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