赤色の工具箱が備えつけてあった。
レンチを取り出しタンクの通風口からタンク内に落とす。
乾いた金属音がした。
燃料は空っぽって事だ。
ドミトリーは舌打ちをした。舌打ちはすぐに風に呑まれかき消された。
立ち上がり周りを見渡す。
荒涼とした雪に囲まれた世界。
自然の圧倒的な巨大さと、生き物の小ささと脆さに、しばし呆然とする。
下から呼ぶ声。
ドクターは1人だった。
感傷に浸ってる場合ではなかった。
降りる前にもう一度周りを見渡した。
もう感傷的な気分は少しも残っていなかった。
まだ脱出したわけではない。
何を安堵してるんだ。
ドミトリーはハシゴを降りながら自分を戒めた。
降りると落としたノーマンは裸になっていた。
[まだ柔らかいから脱がすの楽だったぞ]
ドクターはドミトリーに言った。
[小屋に予備の服があるはずだ。しかも思いきり暖かい防寒具がな]
ドミトリーは答えた。
ドクターの顔が笑顔になった。
ドミトリーは初めてドクターの笑顔を見た。
そして自分が笑ったのはいつだろうか?…と思った。