すぐに脱出できる準備だけは万全にしてあった。
掛け時計は夜の8時を指していた。
星明かりと白い雪で真っ暗ではないにしろ、ソリを慎重に進める。
星座から進路、脱出ルートも分かる。
ソリのスピードは思ってた以上に早かった。
ドミトリーは練習をしなかった事、発信機に気付けなかった事に何度も悔やみながら、転ばないように運転に集中した。
風の音でドミトリーには聞こえなかったが、ドクターは聞こえたらしい。
ドクターの止まれのジェスチャーでソリを止める。
聴覚に集中する…風の音より低い音が、かすかだが遠くから聞こえる。
ドミトリー達が進む方向から飛行機のジェットエンジン音。
飛行機の明かりが全く見えないのに音が聞こえてくるのは、一機だけではないという事。
ソリを止めた場所は、隠れる場所も、隠せる場所もない平坦な場所。
なるべく平坦な場所を脱出ルートにしたのだから当然でもある。
人間も、ボストーク基地から脱出ルートを割り出してやってきてるのだろう。
懐中電灯で地図を開く…何枚か風で飛ばされたが、かまってられなかった。
夜で雪が凍り、風が強いおかげでソリはスピードを出せる。ソリの走った跡は雪で消えていく。
だが飛行機にはかなわない。人間の科学技術にはかなわない。
ドクターが風の音に負けないように怒鳴る。
[どうするんじゃ?]
ドミトリーは答える事はできなかった。