sadojam 小説
[三人は海に行く.1]
適度に散らかった部屋。でも金目の物は何もない部屋。金になりそうなゲーム機や服などは、島に一軒しかないオフハウスに売ってしまったからだ。 外からはやかましい程のセミの声。セミの声に囲まれたような部屋の中にはカズとユウ。そして部屋の主のユウキ。いつもの三人組み。 [暑いなぁ] 相変わらずカズが喋る。来た瞬間から、この単語を連打。きっと来るまでもその単語を連打してたに違いない。 カズが部屋に入ってからは単語が一つ増えた。 [うるさいなぁ] セミに対しての単語が。 ユウはかまわずマンガを読み。相づちは無し。 仕方ないからユウキが、そうだな。と、返事を返す。 [なぁ、ユウキ、クーラー付けようよ] カズの言葉。 [今月、母ちゃんに金払ってない] ユウキの言葉。 ユウキの家では、家に毎月少しでもお金を収めないと飯のオカズが減る。真夏や真冬ではさらにエアコンのリモコンが取り上げられる。 お米だけはイヤでも田植えや稲刈りを手伝わされるので遠慮せず食べられる。 クーラーをつけられないから窓は全開。多少は涼しくなるがその代わりセミの声が遠慮なく入ってくる。たまにカナブン。まれにカブトムシ。 暑い。うるさい。暑い。うるさい。 カズはユウキの返事を聞かずに歌うように単語を繰り返す。 お前の方がうるさい。 とユウキは思ったが黙っていた。 文句を言うと何倍にもなって返ってくるからだ。 カズは扇風機の前に陣取り、羽に向かって、話し出す。 [アーツーイー。ウールーサーイー] 扇風機の風の振動で声が機械声に変わる。 [小学生か。お前は] ユウキの声は、カズには届かない。 扇風機からの風が来なくなる代わりにカズの相手を扇風機がしてくれてる。 ユウはマンガを読みながら寝転ぶ。 ここはお前の家か。 ユウキは言おうとしたが、まとわりつく暑さで言う気力は無かった。 ユウキは窓の外を見る。 青い空に入道雲。河原屋根の民家。田畑。遠くも同じ。 田舎の景色そのもの。カレンダーにあるような。 22歳の夏が、このまま何もなく終わっていく。 都会ならこんな退屈はないだろう。 フツフツと苛立ちが湧いた。 [もー、お前らなんとかしろよ!] ユウキはたまらず声をあげた。 ユウがマンガから目を離さず一言。 [余計暑くなるぞ] 夏だから暑くて当たり前だろ。 なんか無いのか?ここは。 [田舎も田舎だからなぁ]と機械声でカズは答えたが、扇風機からユウキに顔を向けて素晴らしいアイデアを思いついたように言った。 [海にナンパしに行くか?] この島ではナンパという言葉は存在しない。なぜなら若者が集まる場所が全く無いからだ。 年寄りなら病院へ行けば佃煮にする程いる。 でも海なら。ひょっとして。万が一の可能性はある。 [ナイスアイデア!行くぞ] ユウキは立ち上がる。 ユウは寝そべったまま言う。 [これ読んだらにして] ユウキはユウのマンガを取り上げて他のマンガと共に乱暴に、ユウのバッグに詰めた。 そのバッグをゆうのお腹に落とした。 [夜、お前の家で読め。ナンパ優先] ユウは目をパチクリさせたが、何も言わなかった。 [母ちゃん、海に行って来る。海パンどこ?] ユウキは台所に居るであろう母ちゃんに声をかけた。 母ちゃんから返事が返ってくる。 [納屋にあるんじゃないの?アミもあるで] [アミは要らないんだな。俺らナンパしに行くんや] ユウキは母ちゃんに聞こえないように独り言を言った。 [アミで女撮れたらいいな] ユウも呟くように言った。 カズもやる気で髪型をいじってる。 ナンパか! 普段どうでもいい、くだらない事しか言わないカズにしてはなかなかやるじゃん。 カズに感心しながら、ユウキは早足で納屋に向かう。カズとユウがのっそりついてくる。 夏の熱気を全て搔き集めたかのような蒸し暑い納屋の中で海パン探し。 三人ともすでに海に入ったかのように汗ダク。滝のような汗。 だが、三人とも文句は言わない。 [一応アミ持ってくか?] とユウ。しばし考える。 [いや、邪魔になるから要らない] とユウキ。 母ちゃんが納屋に来て言う。 [サザエ獲って来て] [なんでだよ] ユウキが文句言う。 [サザエ獲って来て!] 母ちゃんは動じない。 [いや、オレ達海に…] ナンパしに行く。とまでは声に出なかったユウキ。言えるはずがない。 そんな暇があるなら働きに行け。と小言が始まるからだ。 海に行くのに小言を言わなかったのは、サザエが欲しかったからに違いない。 ユウが無言でアミをそっとユウキに渡す。 ユウキは仕方なくアミを手にした。 母ちゃんは納得した笑顔で言う。 [ケン叔父さんに電話しといてあげるからね] ケン叔父さん家の前の海でサザエが採れる。 その場所以外は密漁になる。 密漁は違法行為。ただでさえ目立つ三人。誰かが必ず三人のどれかを知ってる。 田舎は狭い。涙が出るくらい狭い社会。 母ちゃんは笑顔と共に千円札を一枚渡す。 ユウキは無造作さに受け取るも嬉しさを隠せなかった。同時に千円札一枚で喜ぶ自分も情けなかった。 [カズ君やユウ君の飲み物代もあるのよ] 余計な事言うなよ。 とユウキは思った。 俺の買いたい本が買えなくなった。 [ありがとうございます。大事に使います] カズ調子良い口調で答えた。 [あんたもお礼を言いなさいよ] と母ちゃん。 [さぁ、海に行こう] ユウが言った。 お前のバイクじゃないだろうが。 ユウキが言った言葉はこれだけだった。 ユウキとカズはバイクを持ってるのだが、ユウはバイクを持ってなかった。 何度もバイクの免許資格を受けたのだが受からなかったからだ。 ユウは当たり前のようにユウキのバイクの後ろに乗った。
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