異世界サイコロ旅行
第零投 自己紹介とわたしの家族
 私の全財産、774円。  顔を銀行の預金通帳にこすりつけて、少なくて少なくて震える。昨日までもっと貯金あったのに!?  銀行・株・仮想通貨、あらゆる資産を巧妙悪質な手口で盗み取るという『ハッキング集団ナナシ』は、愉快犯らしく足跡を“774ナナシ”とだけ残していくという。ま、まさか。私の大事なEXCエクスコまで!? F⋯⋯、Fantasficファンタスフィックにァァアクセスゥゥ、えっとID⋯⋯、IDなんだっけ。思い出せないし手が震えるぅぅぅ!! 「うわぁああっ!」  ⋯⋯夢か。なんちゅー縁起の悪い⋯⋯。 🎲  おはようございます&はじめまして! 私はエクシア・スコールズ。これから皆さんと長いお付き合いになる予定の十六歳、女子高生です。  聞いてー。今朝の夢ひどかったよ。  寝る前にスマホで『ハッキング集団ナナシ』のニュース見たからかな。最近、また仮想通貨の取引所が奴らにハッキングされてね、私のウォレット大丈夫かな~って心配して寝ちゃったの。きっとそのせい。就寝前のスマホは睡眠の質を著しく下げます! 注意しましょう!  突然、仮想通貨なんて聞いてびっくりした? うち母子家庭だから、お母さんが楽になるように自分のお小遣いは仮想通貨で稼いでるの。  Fantasficファンタスフィックって知ってる?  クリエイター応援サイトでね、ホントにあるからググってみるといいよ。私、そこにスケッチした絵を投稿して投げ錢をもらってるんだ。今の時代、”いいね”をもらうだけじゃダメ。”いいね”もいいけど投げ錢で稼がなきゃ! だから仮想通貨EXCエクスコガチホだよ♪  そうそう、Fantasficファンタスフィックにはイラストに合わせた超短編小説とか、詩とか歌ってみたもアップしてるの。私のイラスト、自分で言うのも恥ずかしいけど結構人気なんだ。歌ってみたの人とコラボしてPVの背景に使われたりもするんだよ。ハンドルネームはエクシア・スコールズだから“えくすこたん”。いいでしょ? 🎲  今日もこれからスケッチしに出かけるんだ~。絵描きの基本、スケッチは一日にしてならず! ってね。  あー⋯⋯、下のキッチンからお弁当のいい匂い。今日もお母さん、作ってくれてるんだ。嬉しいなぁ! よーし、階段を二段飛ばしで降りて、最後にうまく着地できたら今日は最高の一日になるっていうのはどう? いくよ! いちっ、にぃっ、うわぁっ! ぐぼぁ!  ⋯⋯。 「お母さん、おはよ! ハンバーグ入れてくれた?」 「⋯⋯エクシア、凄い声したけど大丈夫? ハンバーグ入れましたよ。夜もハンバーグなのに本当にいいの?」  そう。今日は私の誕生日で、夕飯は大好きなお母さんお手製ハンバーグ♪ 好きなものは一日に何度も食べたい派だから、お弁当にも入れてもらっちゃった。あと唐揚げと卵焼きと、 「ほうれん草のごま和えも入れました。お野菜もしっかりね☆」  すでに包まれてグイッと差し出されるお弁当。はい! 野菜も食べます!⋯⋯多分ね。 「残すって顔してるわね。お父さんがいたら怒られるわよ?」  お母さんはダイニングテーブルの一角をちらりと見た。うちにお父さんはいないけど、一脚分のテーブルスペースがお父さん用になっててね、写真と絵と花が飾られてるんだ。  お父さんは私が生まれて一歳を待たずにいなくなったの。浮気や離婚じゃないよ? 消えたんだって、本当に。  見た人の話だと、お父さんの足元に出た魔法陣がビカーッと光って、お父さんを飲み込んだって。人通りの多いところだったから大勢の目撃者がいて、みんな同じことを言うの。奇々怪々なこの失踪事件は世間の注目を浴びてしまって、ワイドショーやカルト宗教の人が押しかけて、それはもう大変だったみたい。 「今日はちゃんと門限通り帰ってきてね。三人でパーティするんだから」  分かってますって。  お母さんはいつも三人って言う。十六年前に失踪したお父さんをいまだに愛してるみたい。お母さんはまだ若いし、私から見ても美人っていうかキュート。怒るとき、素でほっぺた膨らませるんだよ! ずるいよね。 🎲  私、お母さんには幸せになってほしいっていつも思ってる。優しくて美人でいつも笑顔で、お母さんは私の自慢なの。この前もお母さんに、新しいお父さん連れてきてもいいんだよ?って言ったんだけど、 「ありがと。⋯⋯でも、これがお母さんの決めた生き方なの」 だって。私のことは気にしないで、やせ我慢しないでって言っても、うふふ若いわねって笑われちゃった。私がもっとお金とかそういうところで自立できたらいいのかな?  正直ね、お父さんはもう帰ってくるわけないと思う。十六年だよ? 生きてるかどうかも怪しいじゃない。でもお母さんは私と違うみたい。  お父さんが失踪した頃のお母さんは、マスコミや宗教勧誘で外出もままならなくて、赤ちゃんの私を抱えて世間から隠れるように生きてたの。精神的にも追い込まれて辛すぎる毎日だったけど、私がいるからギリギリ生きてたんだって。  そんなある日、不思議なことにテーブルの上に一枚の絵が置いてあってね。誰かが家に忍び込んだのかって気味悪かったんだけど、その絵を見たら涙が溢れて、それはもうとめどなくて。お父さんが消えてから初めて大声で泣いたんだって。  今、その絵はダイニングテーブルにお父さんの写真と並べられて飾られてる。多分、父・母・子の絵。私には三匹の極悪スプーにしか見えないんだけどお母さんは、お父さんが描いたって言うの。どこかで生きてる、また会えるって。  この絵が一体何でこんなにお母さんを勇気づけたのかな。だって下手くそにも程が⋯⋯、ゴフゴフッ。  私は綺麗な絵が好き。上手だな素敵だなって、みんなに私の絵を見てほしい。お母さんも、あなたには絵の才能があるってさ。将来、イラストレーターになるのもいいなぁ。 「見・せ・て」 「へ?」 「今日の行き先、見せなさい」  ほら、ほっぺを無意識に膨らませてる。こりゃこの前、私が成り行きで深夜バスはかた号に乗って博多まで行ったことをまだ根に持ってるな? 心配かけてごめんね。  え? 何でそんなことになったかって? 私、スケッチポイントは運任せにしてるの。みんなもやってみる?   まず金平糖を用意して下さい。次に地図帳を開きます。目をつぶり、優しく金平糖を地図帳の上にパラパラパラー。はい! 金平糖が落ちたところが候補地でーす! そしたら候補地に番号ふって、サイコロを⋯⋯、ここからは北海道の某人気TV番組と一緒。も~ドッキドキするよ~☆  あ、はい。すみません。候補地ですよね。ほっぺがパンッパンですけど大丈夫ですか、お母さん。 「ふん。今日は関東圏内なのね。 1の目:箱根(神奈川) 2の目:大洗(茨城) 3の目:鴻巣(埼玉) 4の目:袖ヶ浦(千葉) 5の目:練馬(東京) 6の目⋯⋯」  ⋯⋯あんまり見せたくなかったんだけど。あーあ。ほら、お母さんのほっぺが凹んじゃった。 「6の目:お父さんって⋯⋯」 「あのね、深い意味はないの! 誕生日のスケッチ旅は毎年6の目を『お父さん』にしてるの! 特別な力で会えたりしてーって」  私はお母さんと二人でも本当に淋しくないんだよ?  最近、クラスの友達はお父さんの悪口ばかり。くさいとかクサイとか臭いとか。でも私はお母さんのおかげで、ずっとお父さんのこと大好きでいられるの。  絵はいまいちだけどきっと優しくてカッコよくて、頭脳明晰でスタイルも抜群で、いい匂いで、歌とダンス上手くて、背も高くて、あぁ料理もできるの。それからそれから⋯⋯うふふ☆  もし神様から誕生日プレゼントがもらえるならお父さんに会ってみたい。私の描いた絵を見てもらいたい。だから毎年6の目はお父さん。 「お父さんに⋯⋯、お父さんに会えたら、今夜はハンバーグだよって伝えてね」  お母さんは私をギューッと抱きしめた。 「にひひ。久しぶりに私も食べてね? って?」 「もう、バカ!」  隠したってダメ、鼻がスンスンしてるよ? もう、泣き虫なんだから⋯⋯。 🎲  実は毎年、6の目は一度も出たことがない。だから今回も期待はしてないんだけど、それは内緒にして、と。よ~し、朝ごはんにもハンバーグたくさん食べたし、エネルギー満タン!  持ち物確認! スケッチブック持った、ペン持った。お弁当、オヤツの金平糖も持った。他にも⋯⋯ふんふん、おっと、大事なサイコロ忘れてた。よし! オッケ!  さあ、いよいよえくすこたんの『異世界サイコロ旅行』始まるよー! ぜひ皆も一緒に楽しんでねっ! 行ってきまーす!
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