ぐすん、ぐすん。
少女はスッと体を離すと、泣きじゃくる私の顔を小首をかしげて覗きこんできた。
「立てますか?」
安心させようとしてくれてるのかな。目と目をしっかり合わせてニコッと⋯⋯、はぁぁ、なんて可愛い子なの⋯⋯。
うるうる透き通った碧い瞳。まつ毛の色素が薄いせいか、一層澄んで見えた。鼻筋がスッと自然に通ってて、桜色の唇に目が自然と誘導される。陶器肌ってこういうのを言うのかな。太陽の光が当たってるとはいえすっごい白くて、きめ細やか。こんな現実離れした美少女があの巨大なオークを!?
「グス⋯⋯ごめんなさい。さっきのオーク? のせいでまだ足に力が⋯⋯」
少女はまたニコリとして、息を大きく吸い込んだ。
「傷つき者に癒しあれ。憂いある者に安らぎあれ。リジェネレーション!」
唐突に何の呪文!? 銀髪の少女の腕輪が発光してる! 草の上に魔法陣が! やめて! 怖い! 離れちゃいやー!
「えっ! ちょ、まっ××!!」
咄嗟に少女をまた力いっぱい抱き寄せた。魔法陣恐怖症、オークによる急性心的外傷ストレス。異世界特有の諸症状にとても一人で耐えられない。そんなことなどお構いなしに、魔法陣の光はゆっくり時計回りに走り出した。
のろのろ、のろのろ。魔法陣の光はただ今二時をお知らせ中。私は美少女をキュッとガチホ。
のろのろ、のろのろ。魔法陣の光はただ今四時をお知らせ中。まだまだギュムッとガチホ。
のろのろ、のろのろ⋯⋯って遅っ! 早よ一周せんかい!
突っ込んだら少し周りを見る余裕ができたよ。朝の魔法陣と比べるとすごく遅いなぁ。 関係ないけど顔の真横が熱いのが気になってきた。シュンシュン、シュンシュンとお湯の湧くような音もする。あぁ! 美少女の顔と耳が真っ赤になって頭から湯気が! 魔法陣の光も急に早く!
シュシュシュシュッピーーッ!! ドパッ!
美少女の頭が沸騰すると同時に、魔法陣の光が一周して派手に空に散った。朝のとは違ってとても温かかった。
🎲
「⋯⋯さぁ、とりあえず湿原を離れましょう。この辺りは魔物がいて危険なんです。リジェネレーションで少しづつ体の調子も良くなりますから。それまで肩をどうぞ」
ほっぺがまだ林檎くらい赤いけど、肩を借りて本当に大丈夫かな。きっと困ってる人を見過ごせない優しい子なんだ。私が歩きやすいように水辺を避けてくれてるし、石や穴やぬかるみがあると腰に回した手でクッと歩きやすい方へさりげなく誘導してくれるし。
「あの、助けていただいてありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
「「⋯⋯。」」
「あ、あのっ。魔法陣、きれいでしたね、はは」
「見るの初めてですか? 普通の魔術ですよ?」
魔術!? いきなりファンタジーワードが飛び出してきた。
「いえっ見るの久しぶりで、はは。ちっちゃい頃はよく魔術で遊んだな~」
「EXC できたの数年前ですよ?」
「EXC !?」
今の流れでなぜEXC !? EXC は私がお小遣い稼ぎしてる仮想通貨だよ?
「画期的ですよね、EXC 。魔術通貨を作った人は本当に頭がいいんでしょうね」
「ですよね。ウケる~はは」
エマージェンシーッ! これ以上の会話は危険と見なし、身バレ&墓穴防止のためお口にチャックします!
まずい。この子の言ってることが分からないし、会話が噛み合わない。魔術通貨って何? とりあえず私がよその世界から来てて、この世界のことを全然知らないってのは良くないよね?
「⋯⋯か?」
「っはい!?」
「クスクス。お名前伺ってもよろしいですか?」
「は、はい! エクシア・スコールズです!」
「ふふ。アーシャです。よろしくお願いします」
アーシャちゃんかぁ。美少女な上に名前まで素敵。性格も良さげだし、優しいし、野に咲く可愛いお花みたい。どうかこのまま穏やかにコトが進みますように。
「エクシアって良いお名前ですね。実はボクの国もエクシアっていいます」
あら、なんて偶然。⋯⋯ん?
「向うにボクの旅仲間がいますから。一緒にエクシア王国首都・エクセリアに行きましょ?」
牧? 北? 墨? ボクーーーーーっ!?
この美少女、ボクっ娘!? 初めてお目にかかった。いや、正確には学校にもボクっ娘いたけども、ちょっと無理が⋯⋯。
ピッカーン! 解けました! 二次元ボクっ娘は許せるのに、リアルのボクっ娘は違和感を感じるという謎。『女の子+ボク=可愛い』の方程式が成り立つには、とてつもなく高い条件があったんだ! その条件とは⋯⋯、二次元を超える可愛さを持つってこと!!
🎲
アーシャちゃんがボクっ娘の条件を満たしてるのが分かったところで、私の置かれた立場の何のタシにもならない。こんな状況で私は何をやってるの。それより真面目に考えて、エクシア。アーシャちゃん、旅仲間がいるって言わなかった? この後の展開、どうなると思う?
パターンA:
おーい、みんなー。湿原で可愛い美少女エクシアちゃんを助けて連れてきたよー。Wow! マジでイカす子だな。そうだ、みんなで一緒に冒険しようぜ。そうだ、そうしよう!
パターンB:
おーい、みんなー。湿原で(以下略)。はん、コイツ異世界人だぜ。でもよく見りゃゲロマブな体してやがる。一生俺たちの奴隷として可愛がってやろうぜ or 奴隷商に売り飛ばそうぜ or 鉱山奴隷で稼がせようぜ。
パターンC:
おーい(以下略)。なんてね、ボクの見かけに騙されてヒョコヒョコ着いてきたバカ女だよ。野郎ども、コイツの身ぐるみ剥がして殺して内臓だけ売っちまいな。
いやぁぁぁぁーーーっ! 私の命は軽く見積もっても2/3の確率で⋯⋯、
「やあ、カリバー君。そこにいたの? ボクたちと一緒に行く?」
私が息絶えた途端にこの世界は消え⋯⋯、
「さてはオークが消えるまで隠れてたでしょ? 知ってるんだからー」
現実世界のどこかで遺体となって発見される⋯⋯。
「はいはい、抱っこね。怖かったの? 甘えん坊だなぁ」
「アーシャちゃん!!!」
「はい!」「ニャッ!」
いつの間にかアーシャちゃんは猫を抱っこしていた。一人と一匹がびっくりした顔で私を見てる。でしょうね。私は覚悟を決めました。アーシャちゃんの肩をガシッと掴む。
「えっと⋯⋯、このコはカリバー君。猫っぽいけど一応妖精だよ? 怖い魔物では⋯⋯」
「描かせて!!」
🎲
サッサッサッ。シャカシャカシャカ。ベラッ。
「次! そこに座って猫ちゃんを抱っこして! ピンクの花の横! そう、顔はこっち!」
アーシャちゃんと猫ちゃんは、私の迫力に押されて完璧なポージングを見せてくれた。特に猫ちゃんはすごいドヤ顔だ。
決めたよ。どうせ死ぬなら描いて死ぬ。目の前に奇跡のボクっ娘がいるんだもん。こんな綺麗な景色に立ってるんだもん。ろくな運命が待ってないなら、ここでめちゃくちゃ描いてから死んでやるーっ!
「次! アーシャちゃんだけ!」
髪! セミロングのシルバーブレンドでアシンメトリー。服! 紙装甲の姫騎士服? 指! 細長く、爪は何も塗ってない。全体! おそらく7頭身くらい。手長め。
この肌に敢えて長めの白いマントを合わせるというのは"同色で揃えると無難"という逃げ道を行ったというより、むしろ攻めコーディネート。世界はまだまだ美しいもので溢れてるんだなぁ。ぐぅっ! ぶだりども、ありがどーっ。おわっだよーだぐざん、がげだー、うっうっうっ。
パチパチパチ、ペチペチペチ。
アーシャちゃんの拍手と、猫ちゃんの肉球拍手が割れんばかりに鳴り響いた。ブラボーブラボー!
「すごかったです! エクシアさん! 鬼気迫るスケッチ、感動しました! 絵描きさんって凄いですね、うぅっ」
「ニャニ、ニャム、ニャーーッ」
いつの間にか感動のフィナーレを迎えていた。これでもう、我が生涯に一片の悔い無し⋯⋯。
「ぜひ見せて下さい! ボクも絵はとても好きで」
アーシャちゃんがスケッチブックを手にとり、猫ちゃんと一緒に覗いた。
「ダッ、ダメェッ。世界の深淵を覗いては! 逃げてぇ!」
私には秘密がある。
他人にスケッチブックを勝手に覗かれると、私の体の内側から得体の知れない何かが湧きあがり、駆け巡り、体の主導権が奪われるのだ。これは発動不可避。
過去に何回かあったみたい。私のスケッチブックを悪戯した子に、私が無意識に制裁を下したことが。みたいって人ごとなのは、何をしたか私の記憶に残らないからで。
最後には必ず、私の手にはスケッチブック。そして覗こうとした人間は、私の足元に倒れているの。ほっぺに私の靴裏の跡を付けて⋯⋯。
みんなは私をこう呼んだ。『足に死神の鎌を持つ女』。
「はっ! あーー、私また⋯⋯。だっ、大丈夫!?」
「⋯⋯リジェネ⋯⋯」
「え!?」
「⋯⋯リジェネレーショ⋯⋯効いてよかった、ガクッ」
「ギニャァ ⋯⋯、ガクッ」
「あっ⋯⋯」
この美少女と猫型妖精とて例外ではなかった。命の恩人に何てことをーーーっ!