異世界サイコロ旅行
第五投 異世界デートスポット
 オークに襲われたアルカディア湿原を離れ、鬱蒼うっそうとした森を歩く。葉が陽光を遮るのでいくらか涼しく快適になった。とはいえ魔物に加え、危険な野生動物も出没するから、決して警戒は解けないそう。  超疲れた⋯⋯。おっと、誤解しないでね。足には自信あるんだよ? 現実世界でスケッチポイントを求めて暇さえあれば歩き回ってたんだから。疲労の原因はね、これこれ。  ⋯⋯パシッ、⋯⋯パシッ、⋯⋯パシッ  この音、分かる? 小鳥や清流といった森の癒しの音に混じる不自然な音。ヒーリング効果ゼロ。この音の主はブルーノさんです。  私の気付かないうちに近くで魔物や獣が出たり消えたりしてるみたいでね、サーベルだと戦いにくいから石を持ってるの。お手玉みたいにしながら。魔物達も遠目からうかがうだけで襲ってこないんだけど⋯⋯。  訂正。襲えないの。さっき前を歩くスヴェンさんのハンドサインで、ブルーノさんが凄い勢いで石を投げ付けたんだよ! 飛び出してきた狼の目に当たって、ギャインって⋯⋯、うぅ、思い出してもゾワゾワする。この異世界は命の削り合いが行われてる。もう身に沁みたよ⋯⋯。 「もうすぐ“サトシの腰かけ”だよ。一旦そこで休憩しよう」  サトシ? あの伝説的なモンスター・トレーナーの? あーちゃんの指さす方に、大きな岩があった。 🎲  その大岩、“サトシの腰かけ”に近づくと、川が突然途切れた。消えた? 違う、滝になってる!  ドドドドーッと真っ逆さまに落ちているかと思われた滝は、突然開けた大パノラマの景色の中へ緩やかに、這うように段々畑のような地形を流れ落ちていた。水が岩肌に薄く広がって、繊細な刺繍のレースカーテンみたい。  滝つぼに届くとまた川になって、豊かで広大な森の中を縫うように流れて行く。その曲線はまるで、神様が緑のキャンバスに地上絵を描いたよう。あまりに自由で壮大で、デジタルでばっかりで絵を描いてたらいけない気がしてきた。そんな川が辿り着く先は、わずかにエメラルドグリーンの差す澄んだ湖。 「(あれがグレートアルカディアなのね。なんて大きいの⋯⋯)」  きらめくエメラルドグリーンの湖は、自分自身をキャンパスにして青空を、世界を柔らかく映していた。その中に、朧げで謙虚ながらも堂々と湖面に映る、真っ白な王城⋯⋯。  それこそがあーちゃんのエクシア王国、王都エクセリア。  グレートアルカディアの奥に広がる白い王城は、両端の低い塔から始まって、徐々に高さを増しながら中央の一番高い塔へ集約してる。王様の権力とかむっちゃ強そう、なんて事を想像できる城塞都市。でもね、ちょっと見方を変えると、天使が羽を広げて街を包み込んでるようにも見えるから不思議。天に向かって民衆を救い上げるような、いや、災いから守ってるのかな。強さと優しさ、どっちだろう⋯⋯。フッとあーちゃんがよぎったのは、お城もあーちゃんも白いせいかな?  これは“サトシの腰かけ”の上でもっとよく見たい。でもこの岩、てっぺんに手はかけられるんだけど、二の腕に力が入りにくい高さでね。足を引っかけるところもないし、くっ、このっ。 「ヒキガエルみたいだな。ほれ」  きゃぁぁ! スヴェンさんが片手で私のお尻を上に押し上げた!  「スヴェン! おねえちゃんのお尻⋯⋯、どこを触ってるの!」 「年頃の女性に対して無礼だぞ」  スヴェンさんが二人にこってり絞られてる。あぁビックリした⋯⋯。あまりの勢いに、石の上でも潰れたヒキガエル状態。でも乙女のお尻を犠牲にして得たものは大きかった。  王城自体はあちこちが工事中だけど、全体的なシルエットは中世ヨーロッパのお城そのもの。完成したら絶対に美しいだろうなぁ。港もあるんだね。船も人もたくさん集まってる。  うっわぁ。あっちにも人・人・人! 王都から三方へ延びる街道は遠く彼方まで続いてて、人や馬車等の往来で埋め尽くされてる。城塞の外は森を開いたんだ。小麦畑には黄金色の穂がたわわに実って、吹き抜ける風は風車を回し、ここまで届く。うーん、草のいい匂い。 「きれい⋯⋯。トレースメモリー、スタート」  手つかずの自然もいいけど、人工物と大自然の織りなす奇跡のような景色も素敵。目で写真を撮るつもりでしっかりと脳に刻み込む。私ね、心奪われたものはこうすると描くまで忘れないの。あぁ、早く描きたい。どんな色を付けよう。  それにしてもこれをFantasficファンタスフィックに投稿できたら絶対ランキング上がっただろうなぁ。投げ錢だってガッツリ。いや、ポスター販売した方が利益が⋯⋯。 「心洗われるよね」  ひぃっ。天使なあーちゃんがひょいと岩の上にきた。神よ、欲深い私をお許し下さい。手を合わせて拝んでおいた。 「町中に旗が見えるの分かる? 城壁にも、ほら、あそこの馬車にも! 本当に綺麗でしょ」  まるで母親に、あれ見て! って一生懸命に指をさす子供みたい。心から愛してるんだね、自分の国を。  「ここにはよく来るの?」 「いや、僕は、まだそんな⋯⋯」  あれ? 赤くなって黙っちゃった。 「ここ、恋人達の憧れのデートスポットなんだよ。ね! 姫さん、よかったね!」  ブルーノさんがスパーンとスヴェンさんの頭を叩いた。 「ここは危険な森の中なので、一般市民が来ることはまずありません。普通は王城に飾られた『エクシア王国に祝福を』というこの眺望を描いた名画を見て終わります。どうしても来たいのであれば護衛が必要です。まあ、財を持つ者達だけの特等席ってところでしょうか」  へぇぇ、すごい。そんな特別な景色を偶然にも守られながら見れたなんて。 「貴重な体験ありがとうございます! あーちゃんもありがとね」 「ぼ、僕の方こそおねえちゃんと見られて、あ、有り難き幸せ、恐悦至極に存じ上げ奉りますぅぅ」  時代錯誤の謝辞が返ってきたゾ。手を握ってお礼を言ったのが近すぎたのかな。ブルーノさんがこめかみ押さえてうな垂れちゃったよ。  気を取り直したあーちゃんが、そうだ! と手をポンと叩いた。 「せっかくここにいるんだから、おねえちゃんにエクシア王国のこと教えてあげなきゃね! ゴホン。その昔、建国王サトシ・ヤマモトが⋯⋯」  スヴェンさんが岩の下でワチャワチャ私に合図してる。は・や・く・耳・ふ・さ・げ? 「伝説の建国王サトシ・ヤマモトが霊峰マクスウェルを住処すみかにしているドラゴンに聖剣エクスカリバーをもってして勝利を修めたことによってできた国なんだ。それまではこの辺り一帯がドラゴンの狩場で人があまり近づけなかったんだよ。今ではドラゴンはエクシア王国の象徴でもあり守護神でもあり、えくすこぴょんって敬愛を込めて呼ばれることもある。エクシア王国はドラゴンの守護地っていう安心感と地の利を生かして、交易路の中心地として経済発展が著しいんだ。そこへ来て近年開発された魔術通貨EXCエクスコが相乗効果をもたらしてくれて好景気なんだよ。主要都市は王都エクセリア、南東の海上交易路の玄関口ハカータ、北の交易の玄関口のチトゥセ、穀倉地帯にあるヨサコイなど。特産品はピザと、材料の小麦、トマト、チーズ、そして魔術具ASICかな。政治体制は立憲君主制で貴族院が・・・フガッ」  あーちゃんがブルーノさんに口を塞がれた! ブルーノさん、いつの間に? でも情報量多すぎて付いて行けてなかったから助かったよ! 「姫、おしゃべりは程々に。先を急ぎましょう」 「フガフガぷはぁ。僕、まだ説明終わってないもん」 「ご覧なさい、エクシア嬢を。びっくりなさってる」 「い、いえ。大丈夫です。あーちゃん。気にしないで? 自分の国を愛せるって素敵!」  ダメだ。フォロー空しく、あーちゃんはしょんぼりした。  スヴェンさんが下で両手を上げて、ひらひらしてる。そろそろ降りろって? そうだね。ありがとうございました~。 「スヴェン、だめ! またおねえちゃんの変なところ触るんだから。僕が降ろしてあげるの!」  あーちゃんは先にひょいっと岩を降りて、下から私に手を伸ばした。ちょっと口を尖らした顔で⋯⋯、可愛い⋯⋯。もしや怒られたからスネてる? これが妹? 胸が締め付けられて、守りたくなるこれが姉の感情? あーん、早く下に降りて抱きしめてあげたーい!  とぅっ。  あーちゃんに向かってダイブした。というかギューッと抱きしめた。すると、あーちゃんの顔が瞬間湯沸かし器になって、もうフニャフニャ。 「わっ」「きゃあ」「「姫っ!」」  そんなに高い岩でもなかったから大した怪我にはならないけど、あーちゃんは私の下敷きになってしまった。そして彼女の手はお尻を遥かに凌駕する部位、つまり私の胸をしっかり鷲掴んでいたのである。  バシャーーーン!  突如、川から高い水しぶきが上がった。  ここは魔物と獣の徘徊する森。常に命のやり取りが行われている地。オークも沼から這い上がってきたし、この“サトシの腰かけ”周辺にも危険な獣達が当然住みついてるはず。  ブルーノさんとスヴェンさんは今までのやりとりが嘘のように瞬時に私達を守る位置に立ち、水音の方向へそれぞれ剣を構え、最短最速で臨戦態勢に入った。時間にしてコンマ数秒。私は目をつぶることしかできなかった。 「ニ"ャーーーーッ!」 「「「「⋯⋯」」」」 「ボーッとしてニャいで助けんかーい!」ソレはそういう必死の形相で溺れていた。そういえば、すっかりカリバー君のことを忘れていたよ。 「魚を取ろうとして、滑って川に落ちたようだな」  狙ってたっぽい魚は悠々と泳いでいる。 「た、滝が!」 「大丈夫だよ、おねえちゃん。一応あれでも妖精だから」  それ理由になるの!? 「カリバー! 俺ら中継点で飯食って帰るからー!」 「ニ”ヤャャァァァ⋯⋯ァァ⋯⋯ァ⋯⋯」  あ、落ちた。なんて残念な生き物なんだろう、カリバー君。そんな君が何故か愛しいよ。 「ところで姫、まだお触りに? 先を急ぎますよ」 「「あ!!」」 🎲  中継地点に着くまでの小一時間、あーちゃんは激しく落ち込んでいた。漫画みたいな影が背中に見えそうなほどに。 「気にしないで? あーちゃん。私たち女の子同士だよ? 滝に流そうよ!」  何度もそう言ったんだけど⋯⋯。その度に泣きそうな悲しそうな顔を上げて、またうつむいて無言で歩く。その繰り返し。 「えくすこたん、その励まし方、逆効果」  ぷぷぷぷと笑うスヴェンさんの頭を、ブルーノさんがまたスパーンと叩いた。人を励ますのって難しいね⋯⋯。
ギフト
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