異世界サイコロ旅行
第六投 異世界ステーキどんな味?
 “サトシの腰かけ”から離れて、地球の地肌のような道なき道を下る。まだまだ木が生い茂り、鳥や小動物の鳴き声があちこちから響いてくる獣道。幸いにもブルーノさんの魔物撃退投石の出番は終わったみたい。お手玉の音は聞こえなくなったよ。 「ぜぇ、ぜぇ⋯⋯、オレ、この戦いが終わったら酒飲むんだ」  何の戦い!? スヴェンさんが唐突に変なフラグ立ててる。まあ、グダッてるってことはこの道は安全ってことだよね。お疲れ様です。 「しっかり歩けスヴェン。もうすぐだ」  ブルーノさんの指さす先には、柵に囲まれたこじんまりとした建物。物見櫓ものみやぐらと馬屋、小屋が二軒。きっとあれがアルカディア湿原とエクシア王国の中間に位置するっていう中継点だ。 🎲  簡素な門をくぐると、数人がバタバタと小屋を出たり入ったり。水を汲む人や、包帯のような布を持つ人も。何かあったのかな⋯⋯。 「おねえちゃんはここにいて。ちょっと見てくるから」  三人とも小屋の中に入ってしまった。どうしよう、一人で目立ちたくないなぁ。小屋と馬屋の隙間、ここなら人目に付かないよね。  隣の小屋から複数人のうめき声が聞こえる。倒れた人がいるんだ、苦しそう⋯⋯。馬屋のお馬もブルッブルッて口を揺らして興奮してる。そうだよね、お馬さんも落ち着かないよね⋯⋯って、あ! カリバー君いたの!?  馬屋の梁の上から、しっぽをお馬の顔の前にプラプラ。本当に滝から落ちても平気だったんだ。でもニタニタ笑いながらお馬さんからかうのは性格悪いぞ? やめなさい、兵士さんも怒ってるしお馬も可哀想でしょ! こっち来なさい。来なさいってば!   ――ペッ  まだ根に持ってやがる⋯⋯。 「お嬢ちゃん、見かけねぇ顔だなぁ」  ドキーッ! 馬屋の兵士さんだ。えっと、えっと、こんにちは。 「お嬢ちゃんは怪我ないかい? 魔の森から来たろ。中の二人はフォレストウルフにやられて運良くかすり傷で済んだけど。今は発情期だから気が立って危ねぇったら」  フォレストウルフ? あ、さっきブルーノさんの石が当たった狼? 「大丈夫でした。あの三人が守ってくれて⋯⋯」 「アーシャ様達と来たんか! いやー、さすが“銀翼のアーシャ”様だ」  銀翼? 「うん、無事なら良かった。うちの孫娘もあんたと同じくらいだから、怪我なんかしてほしくねぇもんなぁ」  兵士さんは日本にもよくいそうな普通のおじいさんだった。あーちゃん達を待ってる間、馬の世話をしながらいろいろ話してくれたよ。もうすぐ定年だとか、退職金を使って冒険者ギルドで護衛を雇って、奥さんと少し旅をするんだとか。ふふ、嬉しそ。いいなぁ、家族かぁ。私の家族はお母さんだけ。⋯⋯私、そんなお母さんを置いてきたんだ⋯⋯。 「そうだ、お嬢ちゃん。いい物あげよう。これ、アーシャ様達と食べな?」  ざる? 大ざっぱに編まれた葉の上には大きな生肉だ。 「怪我した二人の戦利品のおすそ分け。ああいう猟師が命かけてっから街で上手い肉が食えるんだ。感謝感謝」  生産者に感謝を。うーん、社会科の実地調査みたい。今なら私、すごく生きたレポート書けると思うよ。 「お待たせ。あ、おねえちゃんが美味しそうなの持ってる~」  あーちゃん! 私はおじいさんに会釈して別れた。おじいさん、お腹いっぱい食べなーって顔してる。異世界人と私のいた世界、人の優しさは変わらないんだ。 ――お野菜も食べなさい!  お母さんの声が聞こえた気がした。 🎲 「♪んっんー♪ 文明の始まりし音は安寧をもたらすものなり、イグニッション!」  皆の見様見まねでかまどに薪を組むお手伝いをした。お肉を楽しみにしてるあーちゃんが鼻歌まじりに呪文を唱えると、魔法陣が現れ、時計回りに輝きだした。私がかけられたリジェネレーションよりも随分早いし、あーちゃんから少々熱も感じる。ほんのりあったかい程度の。  十秒もしない内に全周に到達した魔法陣は、赤熱の光に変わって薪に吸い込まれ、瞬間、薪から火がぜる音がしたかと思うと炎が噴き出した。 「わぁ⋯⋯、あーちゃんそれも魔術?」  場の空気が固まった。  のぉぉ、失言以外の何物でもない! 魔術知らないのって異世界的にヤバいよね。ついつい、やっちまった! っていう顔をしたのも良くなかった。よそ者ってバレたらどうなるんだろう。処刑? 島流し? 人体実験? ブルーノさんもスヴェンさんも食事の用意しながら、私達の会話に聞き耳たててる。怖い、どうしよう。 「これは着火の魔術だよ。乾燥させた薪に火がつけられるの。魔術っていうのはEXCエクスコを燃やして、魔術具ASICと簡単な呪文で発動させられるの。便利だよ。けど魔法はまた別だからね?」  そう言うとまたあーちゃんは鼻歌の続きを歌い始めた。他の二人もうんうん頷いて用意に戻る。そ、それだけ? ご丁寧な解説ありがとうございます。どうやらなんとか怪しまれずに済んでるようだね。ふぅ、さすが私。   あーちゃんの鼻歌はサビを迎え、♪おっにっく~という歌詞と手拍子が入った。⋯⋯これは、音痴の人しかできない独特の音程とリズムだ! あーちゃん、顔はむっちゃ可愛いのに⋯⋯、でも楽しそ! そのままでいて!  ギャップ萌えを噛みしめていたらブルーノさんが竈に来て、網に肉を乗っけた。 「EXCエクスコとはここ数年で、金貨や銀貨の代わりにできた新しいお金、魔術通貨のことですよ。魔術具ASICを使うと簡単にやり取りできます。お互いの魔術具ASICを登録し合えば、離れたところにいる人へも簡単に」 「凄ぇよな。金をジャラジャラ持つ必要が無いなんて。ほれ、見てみ。これが魔術具ASICだよ」  スヴェンさんが左腕のブレスレットを見せてくれた。へぇ、普通のアクセサリーみたい。分厚いけど、サファイヤとかルビーっぽいのが埋め込まれてて綺麗。銀行いらず、これ一つでEXCエクスコをやり取りできちゃうなんて、私のいた世界とは違うベクトルの文明発達っぷりに驚いた。 「できたぜ~。食おう、食おう」  スヴェンさんは私たちが話してる間に、竈で炙ったチーズをパンにサンドして皆の皿に乗せ、干し肉のスープも器に盛って配った。お母さん力が高い! お父さーん、ご飯だよー。 「うむ⋯⋯、先に、食べててくれ⋯⋯」  瞬きもせず集中して、もらい物の肉を焼く。まさにBBQのブルーノ父さん。焼き加減に妥協は許さないマン!  さて。異世界お料理は繊細な舌を持つ日本人の口に合うのかしら。心配だなぁ。見たところ普通のチーズサンドとコンソメスープだけど。い、いただきま~す。 「んん! ほいひい!」  レタスやベーコンが挟んであるわけでもない、質素なチーズサンド。正直期待は⋯⋯、ゴホゴホ。  このチーズが濃い~。燻製してあるんだ。炙ったおかげでしっとりまろやか。パンは黒パンじゃなくて、多分自然酵母で膨らませた小麦全粒粉のパン。スープも干し肉のダシがよく出てコクと甘みがある。テイルスープみたいで疲れた体に沁み渡るわぁ。もう食欲が止まらない! 必殺☆ほっぺパンパン食べ! ガブガブーッ! 「お、おねえちゃんの食べ方、豪快だね」 「いいねぇ。やっぱりメシは気持ちよく食べなくちゃ」  スヴェンさんが嬉しそうにチーズサンドにかぶりつく。あーちゃんもちぎるのを止めて、えぃっという声が聞こえそうな勢いでかぶりついた。ごめんね、お上品じゃなくて。でもこの方が美味しいよ? チーズの熱さにパタパタ悶えるあーちゃんが超可愛いくて、食卓に柔らかい笑いが広がった。 「よし。焼けたぞ」  真打ち登場ーっ! おっにっく! おっにっく! ブルーノさんが精魂込めて焼いてくれたお肉、ふぁ~、匂いがたまらない。塩と何かしらの香辛料がかかってるのかな? ブルーノさんは一番分厚そうなのを私にくれた。こんなよそ者にありがてぇでやんす。いっただっきま~す!  んん!  なんてジューシー! 肉汁が溢れるぅ! スーパーの外国産豚肉398円とは格が違う。ああ、これトンカツにしても美味しいだろうな~。お肉でエネルギーたくさん補充しよっと。 「うむ。新鮮でいいオーク肉だ」  ――ゴックン。 「臭みも少ないからもう少しレアでも良かったか」 「猟師のおっちゃん達、小ぶりのオークも殺ったんだな」 「湿原のは大きかったけどね。結晶化しちゃったから」  い、今、なに肉と⋯⋯? 「むっ! どうした、エクシア嬢」 「あー、えくすこたん、オークに襲われたんだっけか⋯⋯」 「大丈夫だ。レアに見えるかもしれないが中まで火は通っているぞ」  そういうことではない。フォークを持つ手がガタガタ震える。舌は「美味しかったよ?」と言う。胃は「うぇぉおぉえぇっぷ」と、脳は「考えるのやめていいッスか?」と言う。私の感情は着地点が見つからず、宙に浮いた。とりあえず、これだけは言わせて? 「いやーーーーーーーーーーっ!!」 「おねえちゃん、落ち着いて! オークは屈強で筋肉質だけれど筋の少ない上質な赤身のお肉なんだよ!」 「いやだから君ら、そういうことじゃなくて⋯⋯」 「必須栄養素や疲労回復に効果的なビタミンが多く含まれてるし、鉄分も多くて女性には嬉しいお肉なの! 安心して、おねえちゃん!」  は⋯⋯、ははは。そのフォローは異世界ジョークですか、あーちゃん。突っ込む気力もないよ。カリバー君も皆も美味しい美味しいとお肉を完食した。生産者に感謝を。オークに感謝を⋯⋯、できるかっ!!  残りのお肉はカリバー君のご機嫌取りに有効利用させていただきましたとさ。ごちそうさまでした、え~ん。
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