いよいよ王都エクセリアへは馬移動を残すのみ。三人とも颯爽と馬にまたがったけど、私はおじいさんに下から押し上げられてまたもやヒキガエル。やっとこさスヴェンさんのお馬に乗れたよ。でもよくよく考えたらお馬にまたがってお城へ行くなんて、凄くロマンチックなことだよね! ちょっと楽しみ。
「よーし、さっさと帰って建国祭~、酒~♪」
スヴェンさんが口笛吹きながら、シーツみたいな布で自分と私をしっかり固定した。
「ス、スヴェン。ななな、なんでおねえちゃんを⋯⋯」
「は、なんでって?」
「おねえちゃんは、ボクのでしょ! じゃ、なくてボクとでしょ!」
いきなりあーちゃんがピーピー怒ってきた。それがまた可愛くて話が頭に入って来ないんだけど、要するに私はあーちゃんの馬に乗るべきだと。普通お荷物は家来に任せて、姫様はお一人で乗るのがいいんじゃない?。
スヴェンさんはあーちゃんの小言を無視して私達のお馬を前に進ませると、あーちゃんの馬の横でピタッと止まった。え、なんて言いました? 暴れないでねって? 私が?
ぎゃーーっ!
次の瞬間、スヴェンさんにリュックごと持ち上げられた! 高い、怖い! 降ろしてよぉぉ!
降ろされたのはあーちゃんの馬、あーちゃんの目の前だった。まさにディズ○ープリンセス乗り。エンディングで王子様とお姫様が確実にキスする態勢そのものだった。当然あーちゃんの顔が⋯⋯。
「スヴェン! 姫で遊ぶな! おい何処に行く!」
狭い中継点内を馬が駆ける。高らかな笑い声と共に。あの人、階級制度って知ってるのかな、っていうかさっさと出発しようよ! 結局私は茹ったあーちゃんの後ろに乗ることになった。
門ではあの優しいおじいさんが、兵士らしく敬礼して立ってる。私はペコリとお辞儀して門を後にした。さよならおじいさん。忘れないよ、オーク肉以外は。どうかお元気で。
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だんだんお馬の速度が上がるにつれ、体が左右上下に振られて胃に響くぅ~。布で固定されてて良かった。
⋯⋯キモチワルイ。
絶対オーク肉のせいだし! スーハー、スーハー。遠くを見て、深呼吸して落ち着かせる作戦でいこう。その時、あーちゃんと私の隙間からカリバー君がひょっこり顔を外に出した。これこれ、私あまり余裕が、ないからさ、スーハー、落ちそうになっても、君のこと、助けられないよ。スーハー、だから落ちちゃ⋯⋯、
「ニ"ャーぉろろろろろろ」
ぎゃーーーーーーっ! カリバー君が! カリバー君がぁぁぁ。オーク肉あげすぎた!?
「うゎっ! お前何やってんだよ!」
「むっ! こちらではなく、スヴェンの方に吐け! 私の馬にかかる!」
並走するブルーノさんが、あーちゃんと私の馬から器用にカリバー君をむんずと掴み取り、スヴェンさんにぶん投げた! スヴェンさんも怒って投げ返す。カリバー君のキャッチボールだ。まだ口からキラキラが出てるのに、もうヤダ⋯⋯、私はもう虫の息。ロマンチックとか言って余裕ぶっこいてた人、ちょっと出てきなさい。
カリバー君、その精神攻撃は甘んじて受けるよ。その代わり回し蹴りの件はさっきあげたオーク肉でチャラね⋯⋯、スゥゥーハァァー。全エクシアに告ぐ、もらいキラキラを死ぬ気で阻止せよ。ワタシはヒロイン、ワタシはヒロイン⋯⋯。
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中継地点から馬酔いに耐え続けること二時間。応援ありがとー。私、キラキラ吐かなかったよーっ! くぅ、泣ける。
王都へ続く街道に入ってからは、人や荷馬車の往来が多すぎて、私達も徒歩に切り替えた。イェイ、徒歩最強! それにしてもまだ街道なのにこの人混み。犬耳・猫耳の人や、耳長のエルフ、ハーフリングと思われる人々もたくさん歩いてるよ。私も耳を変えた方がいいかもってくらい。首にチョーカーをして歩いてる人もたくさんいるけど、流行ってるのかな?
街道を真っ直ぐ見れば、”さとしの腰かけ”から見た通り、湖を背に従えた王城がそびえ立っていた。近くで見ると決してきらびやかではないし、建国十六年ってだけあって歴史を感じない。けれどあそこに本物の王様や王妃様がいるんだと思うと⋯⋯。空っぽの天守閣ばかりの国から来た私にとって『王が実在してる』それだけで十分だった。
エクシア王国、王都エクセリア。
飲み込まれたらいかん⋯⋯。例えここが異世界でも、一人の日本人として立派に生きねば。城門から街道へ伸びる入城のための長蛇の列。ふっ、お生憎さま。入門順番待ちなぞ日本人にとって朝飯前よ。ノーストレスで最後尾に並んでみせるわ。
「えくすこたん、こっち、こっち」
あ、あれ? 並ばないの? すみません、お先に通ります。ペコペコ。あぁ、日本人。
「ご苦労様」
あーちゃんが一言云えば、通用門の衛兵さん達が一斉に敬礼して迎え、すぐさま門が開く。うゎ~、VIP。こういうの慣れてない⋯⋯。
私は喉を鳴らして生唾を飲み込だ。いよいよ王都だ。今さら緊張してくるなんてね。なんとなく抜き足差し足、恐る恐る通用門が作る少しの日陰をくぐり抜けた。
雪!? 眩しくて目をすぐに開けられなかった。一瞬、雪面と間違うくらい、陽光に照らされた王都は眩しかった。特に石畳! こんなに光を浴びて、もしかしたら凄く熱いんじゃないかな。
だんだん目が慣れてきて景色が見えてくると、そこには石畳が私の視野に収まりきらないほど広く敷かれていた。大勢の人と馬車の往来、連なるお店。そのインパクトと大喧騒に目と耳が一気に覚醒する。そうか、広場に見えたけどこれは大通りだ。
するとあーちゃんは左右に果てしなく続く道の真ん中で、突然、両手をいっぱい広げてくるっと振り向いた。
「ようこそ、おねえちゃん! ここがエクセリアだよっ!」
ぐゎっ! きらめく笑顔天使かよ! この子はお天道様に愛されすぎてる。
「どうしたの? まだ具合が悪い?」
上目遣いでオロオロ・ウロウロする破壊力MAXあーちゃん。これが捨て犬だったら間違いなく拾っちゃう。そこで萌え死にしてる衛兵さんや通行人も、絶対同じ気持ちのはず。
「よっしゃー、えくすこたん! まずはあれだ。ここに来たら『おい、ピザ食わねぇか』だ! 姫さんもいいっしょ?」
「そうだね。今なら多分あれに間に合うね! よぉ~し、行こ~!」
あーちゃんが私の手を引っ張って歩き出した。あはっ、耳赤い。照れるなら手なんて取らなければいいのにとは思わなかったよ。眼福。
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異世界の屋台を端から端まで制覇したい。
まさか日本のお祭りと同じこと考えるとは思わなかった。たくさん並んだ出店からは甘い香り、焦げる匂い、焼く音⋯⋯。オーク肉を食べてしまった胃を浄化したいの! あーちゃんはわき目も振らず、目的地に向かってぐんぐん歩く。綿あめー、綿あめはないのかー。あーちゃんに持たせてニマニマするんだ。
食べ物だけでなく、景品を並べた屋台もたくさん出てる。子供たちが群がり、アタリだハズレだ大騒ぎ。ふふ、子供はどこでも同じだね。パッと見、ドラゴンのグッズとか猫グッズの景品が多いかな。
「あのドラゴンは、もしかしてあーちゃんがさっき言ってた⋯⋯」
サトシ・ヤマモトがどうのこうのって。
「そう! サトシ・ヤマモトが手名付けたこの国の守り神・えくすこぴょんだよ! 覚えてくれたんだね! おねえちゃんにはまだ内緒だけど、後でびっくりすることあるからー、ふっふっふ」
あーちゃん、町中の看板に『十七時! えくすこぴょん広場降臨!』って書いてあるから⋯⋯。でも魔女笑いしてるあーちゃんが尊いし、そこはノッってあげるのがおねえちゃんの仕事だよね、えっへん。
「あの猫ちゃんグッズはカリバー君によく似てるね。可愛い」
「カリバー君はエクセリアで大人気の隠れマスコットなの。妖精だから神出鬼没でホントは滅多に会えないんだけど、そういえばこんなにずっと傍にいるのは珍しいねぇ」
スヴェンさんの肩に乗るカリバー君が、どうだ、光栄に思えよ? というドヤ顔を見せた。マジか。あーちゃんがご主人様だからここにいるんじゃないんだ? 滝に落ちてオーク肉を食べてキラキラを吐くマスコットねぇ。ふむ、どちらかというとリアクション芸人寄りかな。
出店に立ち寄ることもなく、到着したのは本物の広場だった。野外フェスのようなステージの前に何卓ものテーブルと椅子が置かれて、お客さんがすでにたくさん座ってる。その間をウェイター、ウェイトレスさんが忙 しなく行き来していた。
もう空席はなさそう。ステージ横のテーブルはガラガラだけど、あそこだけ絨毯が敷かれてテーブルクロスもされているから多分、貴賓席だよね。残念、何が始まるか分からないけど見てみたかったな。
「みんな、あの席でいいよね。行こ♪」
あーちゃんは貴賓席へ一直線。ちょ、世間知らずですか!? あそこは空いてるんじゃなくて、わざわざ空けてる席だよ、ダメダメ、あーちゃん!
「きゃあああっ♪」「うおおおっ!」
一般席の合間を縫って進むと周りから黄色い歓声が上がり、視線が集まった。
「可愛いー、俺の嫁」「カッコいい!結婚して!」「茶髪が邪魔で見えないんだけど!」「誰? あの帽子の子」etc.
こ、これは⋯⋯。カリバー君だけじゃなくて、あーちゃん達(一名除く)も大人気じゃないの。お互い肩身せまいね、スヴェンさん。痛っ、叩かないでよ。
貴賓席に着く頃にブルーノさんの姿が見えなくなった。振り返ると一般席で大量のハンカチを拾っている。ブルーノさんのファンがわざとハンカチを落として行く手を阻んでるんだ! それを律儀に拾って一人一人に渡してるなんて⋯⋯、いい人だな、おい!
ゴォォォォォォン!!
『さぁ、皆さん! エクシア名物ピザ大食い大会もいよいよ大詰めっ! 決勝戦、選手のぉぉ、入場です!』
ステージに出てきた黒い服の司会者が、でっかい鐘を叩いて叫んだ。観客が大歓声で応える。ピザの大食い大会!?