広場の特設ステージではなんと、ピザの大食い大会決勝戦が始まろうとしていた。ピザはエクシア王国の名物だっけ? ってあーちゃんに聞こうとしたけど、語り出しそうだからやめとこ。
『紹介しましょう! 左からエントリーNo.1! 大熊バルドォォ! ハチミツ大好きというキャッチフレーズ詐欺にご注意! 今年一番の優勝候補だぁ!』
丸太の様な腕を天に突き上げて、うおおっと叫んでる。黄熊に謝れ。
『エントリーNo.2! 針金ダーニィィ! 肉系ならば右に出るものは無しっ! 今回はピザだが果たして勝利する事ができるのか!?』
私のぜい肉分けてあげたいっていうテンプレ発言があちこちから聞こえるね。
『最後、エントリーNo.3! 泣きのシエラちゃん! 宇宙の法則を一切合切無視した小さな巨人! 予選では、涙を流しながらも食べ続ける健気な姿に大きなお友達は皆ノックアウトォッ!』
狐耳だ! しっぽもちゃんとあって、THE・異世界! チョーカー付きメイド服なんておしゃれだなぁ。
割れんばかりの歓声の中にアーシャ様ぁ! ブルーノ様ぁ! という声も聞こえる。皆さんもう一人呼んであげてー、痛っ。また叩かれた。
『さぁ今回、決勝の舞台に用意されたピザは、メインスポンサーのパパ・エクセリアのダブルチーズピザだ! 数種類のチーズをブレンドし、通常よりも酸味の強いトマトソースを使うことで見事に調和させた逸品! このピザを食いまくり、優勝賞金百万EXC を手にするのは誰だ!』
各選手の前に三枚ほどのピザが配られた。熱そ~、チーズがブクブクしてるもん。
「エクセリアピザと、トマト水を四人分もらえる?」
あーちゃんが、ウェイトレスさんに声をかけた。シエラちゃんと同じメイド服だ。でもこのチョーカー、近くで見ると、可愛いメイド服とは真逆の材質とデザイン。蛇みたいなフォントの字が刻まれてて、申し訳ないけど私は付けたくないかな⋯⋯。
「おねえちゃんもそう思う?」
「はひっ! ご、ごめんなさい」
「ん? あのね、スヴェンは一番が勝つって言うの」
焦った⋯⋯、大食い大会の優勝者の予想か。コホン。普通なら一番だけど、フードファイターは見た目に騙されていけないから⋯⋯。
「私は三番シエラちゃんだと思うよ」
「「えっ?」」
あーちゃんとスヴェンさんが私をクレイジーだと言わんばかりの目で見てくる。
「いやいや、えくすこたんそれはないっしょ! 絶対一番だって。俺は一番に十万EXC !」
「じゃあ、ボクは三番の子に倍の二十万EXC ね」
ウェイトレスさんに、あーちゃんとスヴェンさんが腕輪を差し出す。ウェイトレスさんは、金属製っぽいカードを腕輪に近づけた。
キィィン、キィィーーン
甲高い金属音を二回残してどうやら決済が終わったらしい。へぇ、魔術具 は腕輪型の他にもカード型があるんだ~ってこれ、賭け試合かい! 呆れた、こんなに盛り上がるわけだよ。ブルーノさんは賭けてないの? さすがです。
「エクセリアピザ4、トマト水4、ご注文請け賜りました。当選金はEXC で自動払いされます。それでは本大会をお楽しみくださいね!」
私の世界で見覚えのあるフリフリミニスカートを揺らして、ウェイトレスさんが去って行く。確かに可愛いけど、この世界にアレをデザインする人がいるっていうのが驚き。メイド服萌えって人間のDNAにでも刻まれてるのかな。
『強者どもよ準備はいいかぁー!? エクシア王国建国祭! ピザ大食い45分一本勝負! 開始ィィ!』
ゴォォォォォォン!!
§
鐘と歓声と共に大会がスタートした。
すごいすごい! バルドって人が超人的な勢いでピザを飲んでる。熱いのもお構いなしだ。ダーニさんは黙々とピザを折りたたむ派か。シエラちゃんは熱さに苦戦して、変な色の水もちょいちょい飲んじゃってるなぁ。
「お待たせいたしましたー」
わーい、こっちにもピザが⋯⋯ってこれ! シエラちゃんが飲んでる変な色の水ぅ!
「トマト水とエクセリアピザ、おみまいしちゃうぞぉ♪ それではごゆっくり本大会をお楽しみください」
おみまいて⋯⋯、いいや、いちいち突っ込まなくて。にしても、みんなが普通に飲んでるこの食欲減退水は⋯⋯。トマト水ってトマトジュースのこと? ジュースに見えないんだけど、魔物の血じゃないでしょうね。
気が付くと、シエラちゃんが他の二人に枚数が離され始めた。応援したいけど、私もこれを飲むか否かの戦いが始まったわけで。
「おねえちゃん、どうしたの? まさか⋯⋯、食べないの?」
コツン。スヴェンさんがテーブルの下のカリバー君にピザをやるついでに私の足をつついた。ヒィッ、トマト水にひるんでる間にあーちゃんの綺麗なブルーアイがダークマターに!? 怖いっ! はいっ、食べます、飲みますっ! どうか、オークの血じゃありませんように!
「んっ! トマト水、酸味があるのに甘くてスッキリ! このチーズもとろ~んとしてて美味しぃ~」
「でしょ! これがエクシア王国名物のピザだよ。しかも老舗パパ・エクセリアのものだから味も折り紙付き! このピザにも使われているチーズは、エクセリア周辺で山羊の飼育が可能になったことと、サトシ・ヤマモトがチーズの製法を残していたことでようやく完成を見て、あっその前に」
あーちゃんの愛国心にガソリンを投入してしまった。も、もしやこれは耳塞ぎ案件⋯⋯? スヴェンさんにヘルプを送ると、何やら大き目にピザを切っているところだった。ブルーノさんが小声で言う。「(まだ熱すぎる。冷ませ)」
「サトシ・ヤマモトのこともう少し説明するね? エクシア王国の建国者で、その仲間達の逸話は絵本になったりしてるの。子供達にも大人気だよ。No.1はやっぱりドラゴンと戦う話かな。でも、仲間の料理人と夏野菜で『ピザ』なる未知の料理を創造するっていう話が意外と面白くて、隠れた名作。そこに出てきた『おい、ピザ食わねぇか』はエクセリアでピザ屋さんに行くときの決まり文句になってるんだよ。今じゃ、『ピザ』はエクシアの名物料理。あと、あまり知られてないけどボクが好きなのは魔力時計を作る話かな。魔力時計はね、朝と、昼と、夕方の決まった時間に鐘を鳴らしてエクシアの国中に時間を知らせるすごい時計なんだ。鐘が鳴る時に集中して聴こうと思えば、大陸中どこにいても聴けるって逸話もあるくらい、フガッ!」
ブルーノさんが巻いたピザをあーちゃんの口に突っ込んだ! 他にも止める方法あったんじゃないかなぁ!? 俺の嫁、あーちゃんが汚れに⋯⋯。でも当のあーちゃんは美味しいピザで口が満たされてニコニコしてる。ロールケーキ一本食いみたいになってるけど⋯⋯、インスタ映えしそうだね。あれ? あーちゃん。ねぇ、あーちゃん!? ブルーノさん! あーちゃんがピザを喉に! アルカイック・スマイルだけど顔が紫です! 冷や汗も凄いです!
「姫さん! ほら、これ飲みな!」
あ、それ⋯⋯。
「ぷはぁ。スヴェン! これおねえちゃんのトマト水だよ!」
「姫さんが飲んだとこ、えくすこたんが口付けてたぜ」
ブルーノさんが「間接キスですね」とトドメを差した。あーちゃんがブシュッと鼻血を出してひっくり返ったところをスヴェンがナイスキャッチ。当分耳を塞がずに試合を楽しめそう。このお姫様は家来の掌で転がされてる。
🎲
ワァァァァァァッ!!
ひと際大きな歓声が上がった。しまった! いつのまにか試合がクライマックスに。掲示板を見ると、太っちょバルドと細身のダーニが11枚目、シエラちゃんは10枚目だ。
『おぉっと、ここにきてバルドが伝家の宝刀ハチミツをピザにかけまくるぅ。ダーニが露骨に嫌な顔をしているぞー』
うわぁ、トマトベースのピザにハチミツはどうなんだろ。ピザにかけるなら酸っぱくて辛いやつがいいよね。
『あーっと、シエラちゃんがとうとう泣き出したぁ。苦しいのか? その切ない表情とは裏腹に食べるペースは早くなっているような気がするぞ!』
気のせいじゃなくて確実に上がってる。顔中、涙でぐしょぐしょにしながら、信じられない速さで追い上げてる。見てる方が胸が痛い。もうやめていいんだよ、シエラちゃん。どうしてそんなに⋯⋯? 息をのんで見守ってる間に、シエラちゃんの瞳がだんだん燃えるようなルビーの色に染まった。見間違いかな、さっきまで黒目だったような⋯⋯。
『ダーニが13枚目突入! バルドを抜いたぁ! そしてシエラちゃんも追い上げる! もう12枚目も半ば! 二人に追いつくか!』
天を仰いで白くなったスヴェンさんを、ブルーノさんが醒めた目で見てる。ギャンブルなんてねぇ。真面目が一番ですよね。
突然、ダーニの様子がおかしくなった。ピタッと食べるのをやめ、青い顔でお腹の辺りの服をギュッと握り、ブルブルしてる。会場もどよめき始めた。どうしたんだろう、腹痛?
『タイムストップ! ダーニ、どうした!?』
本当に苦しそう、大丈夫かな。ステージ上にお医者さんも来て、場は騒然。シエラちゃんも心配そうに見てるけどバルドは、うわぁ嫌な笑い方。人間性が出るね。
あーちゃんがスッと立ち上がった。呼び止める間もなく怪訝な顔してステージの裏へ行っちゃったよ。会場も異様な雰囲気になってしまった。
『ダーニ選手棄権! バルドとシエラちゃんの試合を再開します! 残り三分からカウント!』
大した説明もないままダーニがステージ裏へ運ばれて行く。残った二人は再びピザを口に詰め込み始めた。この雰囲気でまたエンジンかけて食べなきゃなんて、勝つにはメンタルもいるね。すごい競技だ。
『残り一分を切ったぁ! 両者とも15枚目! バルドが凄い勢いでピザを飲むっ!』
会場が熱気を取り戻す。
「バルドォォー、行っけぇー!」
スヴェンさんが復活した。さっきのバルドの顔見てないの? これはモテないわー、黄色い声援もらえないわー。
『の、残り三十秒! 優勝を掴むのはどっちだ! バルドが後3切れ、泣いてるシエラちゃんも⋯⋯、うっ』
あ、司会者もついにシエラちゃんにやられたな。
『十秒!』
バルドが最後から3切れ目を口に入れ込む。
『五秒!』
司会のコールを聞いたシエラちゃんの目から光が消え、瞬間、ピザ皿を持ち上げて顔を隠した。
『三、二、一!』
バルドが血眼で残り2切れ目を無理やり口に突っ込む。
『ゼロォォォォ!』
シエラちゃんがゆっくりピザ皿を置くと⋯⋯、ピザが無い! 完食! バルドの口はピザでぱんぱんに膨れてる。
『勝者シエラァァァァッ』
ワァァァァァァッ!!
喚声に沸く会場。なぜか隣同士で抱き合う人達も。スヴェンさんは、イカサマだろーっとか叫んで荒れてみっともない。それに対してブルーノさんは食後のコーヒーを飲みつつ、惜しみない賛辞を拍手で送っていた。
ぷはぁ。波乱万丈、息もつかせぬすごい試合だった。観客席から選手の健闘を称える大きな拍手が送られる。私もスタンディングオベーション! それにしてもあーちゃん戻ってこないなぁ。
ガシャーーーーーン!!
バ、バルドだ! 自分の机をたたき割ってる。凄い剣幕だよ!