こ、これが、えくすこぴょん⋯⋯。
日本のゆるキャラと真逆に位置する、エクシア王国マスコットキャラクターだった。燃え盛る炎の色。アルカディア大湿原に転移したとき、空を飛んでた小さな影はきっとこのドラゴンだ! 頭の中を「デカい」と「怖い」の二語だけがグルグル回る。帽子と一緒に語彙力も飛んで行っちゃった。だって翼広げたら多分50mくらいあるよ? 目と牙を見れば危険生物だって分かるし、変な動きしたら一瞬で丸飲みされそう。体の鱗の一枚一枚が溶岩みたいにゴツいのに、建国者サトシはあれに剣を刺したの? 変態すぎだよ。
ドラゴンは私たち群衆の頭上でホバリングしたまま動かない。羽を悠然と動かしながら、しっぽを揺らして何かを促してる。
「うふふ、びっくりした? これがえくすこぴょんだよ。サトシに手なづけられてすっかり丸くなっちゃって、可愛いでしょー」
可愛くない! 美的感覚おかしい!
「ほれ、えくすこたん。帽子飛ばされてたぜ」
「スヴェンさん! ド、ドラゴン!」
「んあぁ。プリティだな~」
なぜっ!?
「おねぇちゃん、この籠にお金を入れるか、EXC を送金して一年の無病息災を願うとえくすこぴょんが守ってくれるよ」
随分、威圧的なエクシア王国の守り神だね。なるほど、この籠は国中から集めたお賽銭 箱か。龍は金銀財宝を集める習性があるっていう伝説を地でいってるわけか⋯⋯。あーちゃんは手首に付けた魔術具 で籠に触れ、キィンと金属音を響かせた。
「これどうぞ。ピザ大会、当ててくれたお礼だよ」
あーちゃんが私の手に、ドラゴンと剣の意匠が施された金貨を一枚そっと乗せてくれた。想像よりずっと重い。確かにこれをたくさん持ち歩くより、EXC の方が楽に決まってる。
「⋯⋯いいの?」
返事の代わりにもらったのは天使の笑顔。私に拒否権などない!
「大変だー、えくすこたん。手が届かないじゃないかー。どれ、お兄さんが入れてあげよう。お金貸してごらん」
「「「盗る気だな」」」
「き、君達そういう目で俺を!」
満場一致で見てます。
「手が届かなくても大丈夫ですよーだ!」
お賽銭 投げには自信があるのよ。初詣で鍛え上げられた日本人の腕を舐めるなっ! えいっ! 金貨は空高く上がり、綺麗な放物線を描いて籠の中へ⋯⋯
「ンニャッ」
「「「「あっ」」」」
カリバー君が籠の反対側から金貨に飛びついた! 明らかに金貨を横取りする気だ! でも金貨はカリバー君の頭に当たり、弾かれ、コイントスの様に空中をクルクルと舞った。キャッチッ! ふぅ危ない危ない。まったくもう、カリバー君め。しばらく君はそうやって籠の中で反省してなさい。そう思ったのも束の間、地響きのような低い声が響き渡った。
『一年後また来よう⋯⋯。せいぜい稼げよ⋯⋯、人間共⋯⋯』
「おねぇちゃん、伏せて!」
えくすこぴょんの羽と尾がぴたりと止まった。瞬間、もの凄い轟音とスピードで頭上から籠に向かって急降下! 減速せずそのままに取っ手を後ろ足で掴むと、翼を一度大きく羽ばたかせた。会場に砂埃が舞い上がり、私はまた必死に帽子を押さえる。突風が止んだと思ったらもうえくすこぴょんの影は、夕空のはるか彼方、「ギニャー⋯⋯」という鳴き声と共にどんどん小さくなっていった。
カリバー君⋯⋯、さよなら。マスコットキャラクター同士、仲良く暮らしてね。私はどうか無事に元の世界へ帰れますようにと、えくすこぴょんに一年の無事を祈った。
🎲
建国祭も子供向けから大人用にシフトチェンジして、酒場の明かりが灯り始めた。あーちゃんが宿に案内してくれるというのでオレンジ色に染まる街を歩くと、家路を急ぐ親子連れの会話があちこちから聞こえてくる。「カリバー君を見つけたよ」「モフモフしてたよ」⋯⋯、それを聞いてあげてるお母さん達の顔がとても優しい。一人のお母さんが、歩きながら子供の頭を愛しそうにいい子、いい子した。あぁ、私もあんな事があった気がする。そう⋯⋯、あれは小学校の⋯⋯。
うゎ~ん。うゎ~ん。
『エクシア、泣かないで? 金賞じゃなくてもいいのよ?』
うっうっ。だって、上手に描けたのに。
『上手だよ! お母さんエクシアの絵、大好き』
ほんと?
『だってほら、このウサギさんもリスさんもとても楽しそう。見ていると元気になるわ。絵はね、伝わることが一番大事なのよ?』
伝わること⋯⋯。
『さ、額に入れておうちに飾ろうね。だからもう泣かないで? いい子いい子』
えへへ。お母さんの手、大好き。お母さん、お母さん⋯⋯。
小学校の絵画コンクールで金賞取れなくて、お母さんに慰めてもらったあの日からますます絵にのめり込んだ。お母さん、本当は今、夕飯を作り始める時間だよね。一人きりで何してるだろう⋯⋯。
「おねえちゃん!?」
「!!」
「着いたよ? 今日はここに泊まってね」
い、いけない。ボーッとしてたら、もう宿に着いたんだ。あらー、この建物は随分と⋯⋯。まるで、幼稚園児が粘土で作った四角柱みたい。
ここは王都エクセリアの中心、時計塔の傍の『刻 の宿』。喧騒から少し離れた細い路地にひっそりと佇む老舗の宿だそう。
「本当はいろいろと手続きを踏めば然るべき場所があるんだけど、今日は建国祭でどこの窓口も開いてないの。でもここなら部屋が空いてるはず」
うん、分かる。だって粘土⋯⋯、じゃなくて古そうだから若者とか観光客は利用しなさそうだもん。こんな日に空室があるなんて、どうか幽霊系の事故物件じゃありませんように。
「ミーナ、お客さん連れてきたよー」
「アーシャ様! 御紹介ありがとうございますです! 『刻 の宿』へようこそです! ですが、あいにく今日、客室は満室なのです!」
なんと、今度はちょっと垂れた感じの犬耳っ娘です。ミニスカじゃない落ちついたメイド服だけど、大食い大会で優勝したシエラちゃんと同じチョーカー付けてる。
「今晩、この人を『刻 の部屋』に泊めてあげて貰えるかな?」
そう言って私を前に立たせるあーちゃん。うそ、だってミーナちゃんが今、満室ですって言ったじゃん!
ミーナちゃんは私に少し驚いた顔をして耳をパタタッとしたけれどさすが、すぐに営業スマイルを取り戻した。
「411号室ですね。夕食と朝食はいかがされますかです?」
か、隠し部屋が出て来たぁー。事故物件だー。⋯⋯ぐすん、仕方ない。他に空いてるお宿があるとも思えないし、野宿は幽霊より怖いもんね。
「私、夕食は大丈夫です」
「おねえちゃん、いらないの?」
「それでは御一泊朝食付きで⋯⋯、1万シリングになりますです! EXC 払いもできますです!」
シリングは多分、現地通貨の単位だろうね。高いか安いかよく分からないけど、悲しいかな、異世界に放り出された私に選択権は無い。そしてEXC も無い! おずおずと、カリバー君の犠牲によって手元に戻った金貨を出してみる。
「金貨一枚お預かりしますです! えぇーっと10-1だから⋯⋯、銀貨9枚? お返しするです!」
ミーナちゃんの左手はパー、右手は親指が折られてるパー。丁寧に9枚の銀貨を集めると、ルームキーと一緒に渡してくれた。なんてたどたどしい計算。まだ年端もいかない子供なんだ。
「ミーナ⋯⋯、計算早くなったね」
あーちゃんが予想外の声をかけた。⋯⋯早い? うそん、お宿のフロントってこんなレベルで務まるの? でも褒められたミーナちゃんは何やらくすぐったそう。嬉しそうにはにかむと、口から八重歯がのぞいた。
「さぁエクシア嬢。お部屋へ参りましょう」
ブルーノさんとあーちゃんが階段を昇っていく。スヴェンさんはロビーに残り、何をするのかと思えばミーナちゃんに今日の大食い大会の賭けで負けた話を愚痴り始めた。ミーナちゃん、お仕事頑張って!
「どうでしたか、建国祭は。長い移動もあってお疲れでしょう」
「いえ、とても楽しかったです」
「おねえちゃん的に何か気に入ったものとかあった?」
「そうだねぇ。ピザ! ピザがすごく美味しかった!」
あーちゃんが、そうでしょうという得意満面でコクコク頷く。今日は本当に不思議で濃密で、感情が追い付かない目まぐるしい一日だったなぁ。いろいろあったけど⋯⋯
「えくすこぴょんも、か、可愛かったよ」
「でしょー?」
「あと⋯⋯、チョーカー。私の国にはないデザインだから、ああいうアクセサリー、付けてみたい、なー」
あまりよろしい事ではないんだけど、鎌かけてみた。チラッチラッと横目で見ると二人共、顔が引きつってる。どうか怒らないで。だって、あれが何か分かっちゃったんだもん。多分、合ってる。ここ貴族制でしょ? だから余計にちゃんと確かめたいの。私自身を守るためにも。
無言で歩いていたブルーノさんが、一番奥の部屋のドアの前でピタッと止まってゆっくり振り返った。
「エクシア嬢、こちらが今夜のお部屋です。よろしければ中で少し遅めのティータイムをご一緒してもよろしいですか?」
優しい口調とは裏腹に、目は笑っていなかった。