異世界サイコロ旅行
第十一投 祭りの夜
 部屋は宿の外見とは裏腹に高級感があってびっくりした。フカフカの白いベッド二つと応接セット。どれもシンプルだけど一級品じゃないかな、フォルムがすごく美しい。ここ隠れ宿だ。でも本当に宿の外観は四角柱粘土なんだよ? 「れ、隷属の首輪って言うんですか。あのチョーカー」  カップに注がれたお茶の湯気の向こう側に、コクリと頷く二人がいた。清々しい程の直球ネーミング。やっぱりね⋯⋯、ここ貴族制だし、何より建国祭だっていうのにチョーカーをした女性や子供までが働いてたからおかしいと思ったの。受付のミーナちゃんだってまだ子供だよ? 「あのチョーカーは、人を隷属させる魔法具です。ご安心下さい。エクシア王国では悪意をもってに誰かを奴隷にすることは禁じられています。この国にいる限り、エクシア嬢は何も心配いりませんよ」  ブルーノさんは何でもお見通しだね。私の不安をピンポイントで取り除きにきた。 「悪意で奴隷にはできないなら、なぜ奴隷がいるんですか?」 「基本的に奴隷に落とされることはありませんが、万が一、罪を犯して犯罪奴隷の罰を受けた場合と、借金返済等の為に自ら進んでなる場合は例外です」  じゃあ、子供の奴隷ってほとんどが親の借金で⋯⋯ 、ひどい⋯⋯。 「それに誰でも使う事と買う事が申告の上で許可されています」  ブルーノさん、淡々と報告書を読み上げるみたい。使う買うって、物じゃないんだからさ。それに引き換え、あーちゃんは唇を噛んだまま、全身を固くしてとても苦しそう⋯⋯。 「サトシ・ヤマモトが基本的人権という理想を残して十六年経つけど、未だに理想は理想のままなんだ⋯⋯。でも僕は! ⋯⋯いや、何でもない」  あーちゃんはお姫様だから、奴隷を使う立場だ。多分、その身分だからこそ感じる辛いことがいっぱいあったんだね。そんな気がした。 🎲  はあああああ。別れ際にする話じゃなかったな~、でも知らずに私が奴隷にされたら大変だしな~。はあああああ。  テレビもスマホも見れない部屋に一人ぽっちになってしまった。⋯⋯スマホ! リュックの中を覗くと電池はまだ余裕だったけど“圏外”。当たり前だよね、電話もラインもできないのは。そっと電源を切ると、スマホの暗い画面に泣き出しそうな顔した自分が写った。  ⋯⋯んー、やばい、やばい。  一度この感情に捕まったら立ち直れそうにない。逃げなきゃ。そうだ、スケッチブックに絵を描こう! 私、毎日いろいろな物や景色を記憶しちゃうから描いて整理するの。この記憶スキルをトレースメモリーって名付けました。教科書丸暗記なんかにも役立つよ、えへへ。  さて、今日のはちょっとヘビー級。まず、飛んだオークの手首でしょ。花を揺らす妖精、オークの首から噴き出す血、澄み渡るグレートアルカディア⋯⋯、のぉぉ、美とグロのふり幅がエグい。思い出すが怖いのもあるけど、描くよっ! 🎲  ⋯⋯今、何時だろ。わぉ、もうこんな時間。街灯のない世界の満月は、電気がない事を忘れるくらい明るかった。外はまだまだ賑やか、特に酔った大人がね。大人はすぐ疲れた~ってすぐ言うんだから、早目に寝ればいいのに。  一回終わりにしてお弁当食べよう。リュックからお弁当を取り出した。お弁当包みはピンクの水玉。お母さんとショッピングしたとき買ってもらったの。水玉の中にぶたちゃんのお尻が一つだけ紛れてて、発見した時は一緒に大笑いしたっけ。  包みをほどくと、ふわりとうちのリビングの匂いがした。テーブルに飾られてる花の香り。お花が大好きなお母さんは、お父さんの描いた絵の傍に綺麗なお花を欠かさない。  包みをギュッと握りしめると、視界の端で、ひらひらと白くて四角いものが床に落ちるのが見えた。何だろう。花びらかな。  『大好きなエクシア 16歳のお誕生日おめでとう。 お母さんより』  メッセージカード⋯⋯、今日に限ってこんな⋯⋯。 「あちゃー。やっぱりお弁当の中身はぐちゃぐちゃですか。ハハハ」  お母さんの、少し丸い字。 「お弁当の中も異世界ってか? 誰が上手いこと言えと。ハハハ」  鼻の奥が痛い。ダメダメ。泣くもんか。  ほうれん草のごま和えと唐揚げがくっついてる。ご飯に落ちる大粒の涙。そういえばここ、お米なんてあるのかな⋯⋯。さあ、食べよ! 私の一口目は決まってるの。一番大好きなお母さんお手製ハンバーグ。好きなものは一番最初に食べなくちゃ、いただきまーす! 「おいしいなぁ」  小さい頃、よくお手伝いして一緒に作ったね。隠し味に生姜を入れるんだったっけ。お母さんが作った最後のハンバーグ。ちゃんと味覚えておけるかな。 「んぐんぐ。唐ごま新食感! 残さず食べましょう。ご飯も一緒に、必殺☆ほっぺパンパン食べ!」  ふぐっ、もがっ、うっぐぅぅ。  んぐっ。   お母さん!!  うわぁあぁぁああぁぁ!! 全部、全部食べたよ、嫌いな野菜も、お母さん! 心配かけてごめんなさい! 誕生日パーティの料理食べてあげられなくてごめんなさい! 一人にしちゃって⋯⋯、ごめんなさい。  後悔してもしきれない。どうしてこうなったの? 何が悪かったの? できることならサイコロを振る前に戻りたい。もう一度お母さんに会いたい⋯⋯。  私は、天井を仰いで声をあげて泣くしかなかった。 🎲  どれくらい泣いたんだろう。いつの間にかソファで眠ってた。さすがに外も静かになって、窓の外には月明りに照らされた時計塔と、所々灯りを残す街並み、そして月の落ちた湖を抱える王城が見るだけ。  ⋯⋯落ち着かない。  ソファに置かれたままのスケッチブックをそっと手に取り、窓を開け、ゆっくり開いてペンを持った。  ⋯⋯描けない。  再びこぼれ落ちた大粒の涙がスケッチブックの上ではじけ、染み込んで消えた。考えるのはやっぱりお母さんの事ばかり。お母さん、今、何してるのかな。私を探してるのかな。  私の前ではいつも笑顔のお母さん。でも一度だけ、お父さんの写真を胸に抱いて、こっそり泣いているのを見たことあるんだよ? あのときお母さんが歌っていた歌はなんだったんだろう。  お元気ですか  あなたがいない一日は とても長いです  他愛のない会話が  あんなに心を満たしてくれていたなんてね  眠れていますか  広くなったベッドで こどもが跳ねてます  あなたの大きな寝返り  揺らさないでって怒ったのが懐かしい  そらを見あげた  いっぱい泣いた  何も見つからなくて すごく傷ついた  深い闇の底で 聞こえたの あなたの声  ぼくは いつも そばにいるよ  料理すること 掃除すること  あたなは感謝してくれた  たくさん笑うこと 泣いたりすること  あなたは受け止めてくれた  何気ない日々の1つ1つ あなたを思い出せる  いたんだね こんな近くに  きっと私もそばにいるよね  あなたのそばで 笑ってるよね  心と心は 繋がってる  また会える そう信じてる  お母さんと離れて、自分で歌ってみて初めて意味が分かった。お母さんはお父さんとずっと一緒なんだ。心と心は繋がってる。私達もそうでしょ? お母さん。信じていたらまた会えるかな。  ⋯⋯かな?  ばか! エクシア! 会うの! お母さんを一人ぼっちにしておけないよ。あの歌を歌いながら、お母さんは私を強く育ててくれた。簡単に諦めちゃダメ! シエラちゃんやミーナちゃんだって隷属の首輪をしながらも健気に生きてるんだもの。私も懸命に生きよう。  異世界の者共よく聞け! 今宵は建国祭ではない。余が天上より現界せし日、エクシア・スコールズの生誕祭であるぞ! 盛大に祝うがよい! 鼻水ズピィ!  一人窓際で気合いを入れていると、ほわほわとした優しい光が夜の街をあちこち彩っていた。どうしたの⋯⋯、まるで夜に輝くお花畑みたい。トップイラストレーター・Arthurアーサーがまた頭をよぎった。満月に誘われてたくさんの妖精が夜空をダンスする、まさにこういう作品があった気がする。  スケッチブックに滲んだ涙の跡も淡く発光し始めた。なんて柔らかなパステルカラー。沈んだ心に寄り添うように私を照らしてくれる。色ってこんなに力があるんだ⋯⋯。心が、潤っていく⋯⋯。他のページをめくると、昨日書いた『6の目:異世界アルカディア』までも光ってる。指でそっと触れてみた。  「⋯⋯そうだ、『お父さん』って書いたはずなのに」  なんで書き変わったんだろう。十六年前に建てられた私と同名のエクシア王国。その建国記念日は私の誕生日と同じだった。この国の魔術通貨も、あっちで私が集めてた仮想通貨も名前はEXCエクスコ。こんな偶然ある? たしかお父さんも魔法陣でどこかに消えたんだよね。私も一緒。  ⋯⋯神様、もしかしてお父さんここにいますか? エクシア王国に。今日、私は十六歳になりました。もしいるなら会えますか?  「ギニャー」  わっ!? カ、カリバー君の鳴き声だよね今の。あはは、びっくりした。タイミング、ばっちりだったよ。もう帰ってきたのかな。  夜空に蒼がさしてきた。もうすぐ空が白んでくるんだ。日の出と共に、ここでまた新しい一日が始まる。⋯⋯うん、大分すっきりした。頑張ろう、そのためにもちゃんとひと眠りしよう。  私はフカフカのベッドにもぐりこんだ。そして目を閉じて、笑顔のお母さんを思い浮かべて抱きしめた。もう泣かないよ、お母さん。待っててね。必ず帰るから。 🎲🎲🎲 えくすこたんが歌う「幸せの距離」が、音楽家の方々とのコラボによって実際に楽曲となりました。 素晴らしい曲なので是非聴いてみてください! https://fantasfic.fun/posts/912
ギフト
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