また一つ、重たい仕事を片付けた。
ブルーノが張り巡らせている情報網に、非合法な奴隷の取引情報が引っかかった。慎重に裏取りをしたところ、王国貴族向けに獣人の子供を引き合わせるというものだった。
入手ルートは隣国イスハン帝国お抱え奴隷商による人狩りだという。エクシア国内では強制奴隷の取引は違法だけど、入国は可能でそこに抜け穴がある。奴隷の使用については申告制。つまり取引の現場を押さえる以外に救う手立てが無いのが現状だ。だから、奇跡的に届いた通報は確実に生かさなければならない。
そして、誰一人傷つけることなく奴隷の子供を一人救い出すことができた。ブルーノが交渉で主人を変更させたんだ。あの子、酷い扱いを受けたみたいで大分痩せちゃってて。けれど、ブルーノが用意した食事を泣きじゃくりながらもちゃんと完食したんだ。元気になるといいな。
こういう事は今回が初めてじゃない。そしてこういう日の夜は決まって、僕は同じ夢を見る。
🎲
「トリスタン、待ってよー」
「あはは、あーちゃん早く早く! ピザもらっちゃうよ!」
僕達は走ってる。どこへかは分からない。ただ、この競争に勝った方が、何ピザを食べるか選択権をもらえることは確か。僕はベーコンがいいのに、トリスタンはトマトって言うから絶対勝ちたいんだ。でもトリスタンは本当に足が速くて困ってる。
「あっ、痛っ!」
躓 いて思い切り転んでしまった。少しすりむいた顔を上げると、さっきまで見ていた景色がない。辺り一面暗闇だ。そして僕の頭の上には、拳大のぼんやりとした光が旋回していた。
「よう、偽善者」
光りは声を発し、僕の頭をポコンと叩いた。
「また身代わりを捕まえたのか?」
またポコン。ひどい事を言う。身代わりとは何だ。僕の、ってこと? 僕はあの子を助けたんだぞ。
「それで正義の味方のつもり?」
もう一つ来た。これは背中にドンと強く当たってくる。
「ひょっとして罪が軽くなったと思っている?」
また一つ。頬を叩かれた。
「お前ばかりが生き続けて」
「卑怯者」
「なんで僕を助けてくれなかったの?」
次々に現れる光。辛辣な言葉と共に縦横無尽に僕を殴打した。
次第に光はそれぞれ形を変え、輪郭をぼかしながらも人の顔を形作った。あぁ、全て僕の顔だ。口々に僕が僕を罵 ってくる。
「君が死ねばよかったのに」
「こいつの身代わり、今まで何人いたか知ってるか?」
「どうせゴミの数なんていちいち数えてないさ」
否定できない。けれど一日だって君達を忘れたことはない。だから僕は耳と目を塞ぎながらも、繰り返される殴打をいつもじっと受け止める。それでも声は頭の中に語りかけてくる。
「なぁ、トリスタン。お前も何か言ってやれよ」
嫌な汗が噴き出る。やめて、トリスタンは⋯⋯。
「お前も苦しかったよな。恨んでるよな」
目を開くとトリスタンが立っていた。まるで鏡を見ているよう。絹のような銀の髪、澄み切った碧の瞳。けれど、そこには何も映っていない⋯⋯。
僕が口を開いて何か言おうとしたその時、身の毛のよだつ様な金切り音が辺りに響き渡り、トリスタンは墨のように真っ黒な血を吐いて崩れていった。ぼんやりした光も次々と消えたが、目から血を噴き出して消えるものや、僕を強く睨みながら消えてくものもあった⋯⋯。
「うわぁっ!!」
またこの夢⋯⋯。じっとりと濡れた枕。最悪の目覚めだ。けれどトリスタンは何度でも現れる。僕が生きている限り。