――御使い現れ刻が動く。選ばれし者は剣を抜き国と、姫を護るだろう
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いた! あそこだ!
異国の服を着た変わった帽子の女の子。今まさにオークの餌食になろうとしてる。あれ、この子どこかで⋯⋯、いや今はとにかく。
「貴方のもとに届けよ光――」
言葉が自然に口をつく。エクスカリバー、君の仕業かな。僅かな澱 みもなく、体の中を魔力が巡る。念じると、右手の中に鋭利な魔力が光り渦まき、一点に集中した。
「我は誓う――」
掌からエクスカリバーが天へ向かい、神々しく、その全貌を現す。
「聖光の祝福 !」
柄を握り、一気に振り抜く!
火柱にも似た黄金色の光が放たれ、オークの腕を天高く斬り飛ばした! エクスカリバーは十分に初動の役目を果たすと同時に、僕にその潜在能力をまざまざと見せつけてくれた。体が武者震いをする。すごい、これなら⋯⋯。
次の呪文も頭にイメージとして浮かんできた。
「何人も侵す事能わず、何人も触れる事能わず、悠久の時を刻み――」
「其は―― 、 真命捧ぐ聖域 !!!!」
女の子の周りに結界が張られ、目前に迫ったオークを弾き飛ばした。
ぐあっ! 魔力が、根こそぎ持っていかれたっ! 体を覆う魔力がもう残ってない。気を抜けばエクスカリバーも消えそうだ。
文字通りの地力で走り、片手を失って怒り狂っているオークを標的にする。ここからはもう流れに身を任せて動かすしかない。
極度に神経を昂 らせ、殺す為の最適解をなぞって行く。足の腱を切り裂き、傾ぐオークの体に合わせて頸 へと剣を宛がった。
はぁ、はぁ。
緊張の糸が切れた時には、オークが地に背中をつけて動かなくなっていた。弾き飛んだもう一匹は、視界の端で逃げていくのが見える。正直、逃げてくれて助かった。もうエクスカリバーを維持できそうにない。そうだ、女の子は?
「遅くなって⋯⋯、ごめんなさい。お怪我は⋯⋯、ありませんか?」
アワワッ。いきなり抱きつかれたっ! ちょま、ち、近い! けど、震えて、泣いてる? そっか。そうだよね、怖かったよね。かわいそうに。もう、大丈夫だよ。
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⋯⋯女の子がまだ泣き終わらない。困ったな。ゆっくり泣いて、と言いたいところだけど、この湿原は危ないから早く離れないといけない。今、僕はろくに戦えそうにないから余計に。
「立てますか?」
尋ねると女の子は、腰が抜けて立てないと言った。そこでリジェネレーションをかけてあげようと思った途端、僕の中に妙な考えが浮かんだ。魔力が底をついてヘトヘトだから、発動まで時間がかかりそう。初対面の人の前ではビシッと決めたいな。
何それ! 僕って意外と見栄っ張り! 女の子の前でカッコつけようとした自分に気が付いて恥ずかしくなった。変な考えを手でパタパタと追い払って呪文を唱える。
「傷つき者に癒しあれ。憂いある者に安らぎあれ。リジェネレーション!」
女の子がまた抱きついてきた! 今度はなに!? まさかこんな魔術も怖いの!?
社交界には縁が無いから僕の生活範囲にはメイドか屈強な男達しかいない。当然、同年代の女の子になんて免疫があるわけがない。再び強く抱きしめられながら僕の頭は、甘い香りと胸にあたる柔らかい感触でいっぱいになって、完全にのぼせ上がっちゃったんだ。
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「女の子 」という生き物に肩を貸し、何とか歩き出す。あの甘美な感触に心惑わされてる場合じゃない。また魔物に襲われる前に、ランス達と合流しなければ。
道中、女の子との会話は見事に噛みあわなかった。彼女は魔術も魔術通貨EXC も知らない。貴族でもないのに家名を名乗ったりする。こんな辺鄙 な所に一人でいるのもおかしいし、本人は素性を隠したがってる様に見える。
間違いない、この子は渡り人だ。
およそ100年前、このアルカディア大陸に一人の男が降り立った。彼は大陸外から来た渡り人、後に『厄災の勇者』と呼ばれる。
歴史書によると、いつもペロペロキャンディを口の中で遊ばせてる、あどけない青年。でもその実態は非常に暴力的で、大陸の常識・モラルはまるで通用せず、歴史的遺産から農村まで見境なく破壊したらしい。
暴力だけならまだ良かった、と僕は思う。アルカディア大陸にとって本当に厄介だったのは、彼が各地で広めた新しい思想の方だ。
それまで魔物や厳しい自然から身を護り、団結して暮らしてきた大陸の人々は、青年の「働いたら負け」「人は生まれながらにして不平等」といった属人的で身勝手な思想に触れて、少しずつ人の下に人を敷くようになった。そう、奴隷の始まりだ。
奴隷は瞬く間に広がって、抗 いようのない貧富の差を生んだ。それに比例して犯罪の急増、人種差別⋯⋯。同時多発した諸問題に、未熟だった大陸諸国の足元は大いに揺らいだ。そして政情不安は、大陸戦争の十分すぎる火種になったんだ。
現在の大陸中の文化的経済的発展は、結局彼のおかげなんていう人もいるけど、それは富を得た者の言い分で僕はそう思わない。光の裏でどれほどの血が流れたか。魔法具『隷属の首輪』は彼が作り出した物だと言われてる。トリスタンだって⋯⋯。
おっと、エクシアさんがよろめいた。ごめん。考え事しすぎちゃったね。
『厄災の勇者』の後も、いろんなタイプの渡り人は現れた。中には良い人もいたみたいだけど、アルカディア大陸諸国にとって彼らはもう腫れものでしかなく、見つかり次第国外追放となるのが規定路線。
追放された渡り人は、ドラゴンの狩場ゆえに無政府状態のグレートアルカディア周辺に流れ着き、そこに十六年前、エクシア王国が建国された訳だけど⋯⋯。そういえば建国者の一人、サトシ・ヤマモトも渡り人だったなんて言われてるっけ⋯⋯。
――選ばれし者は剣を抜き国と、姫を護るだろう
僕はすっかり迷ってしまった。う~ん、どう解釈しよう。この子は渡り人だけど「姫」でいいのかな。厄災の姫なんていう風には全然見えない。ちょっとブルーノやスヴェン達にも相談してみよう。でも僕、何か見落としてる様な⋯⋯。
「描かせて!!」
突拍子もない女の子の言葉が、僕の思考をぶった切った。
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僕、何やってるんだろう⋯⋯。
湿原を背景に次々とポーズを決め、彼女のスケッチのモデルをしてる。小さい頃、お姉様のお絵描きごっこによく付き合わされた成果を、なぜここでいかんなく発揮してるのか。オークの襲撃地点からは多少離れたとはいえ、この辺が危険地帯であることは変わらないのに。
彼女の迫力に押されて、断り切れずに次々ポーズをとる僕も悪いのは知ってる。でもさっきまで怯えてばかりだったのに、絵を描こうとする意欲はどこから湧いたのか、僕はまた女の子の不思議な世界を覗いた気分になった。
⋯⋯絵を描く?
思い出した! エクシアさんはエクスカリバーを抜いて気絶した瞬間、暗い夢に出てきた子じゃないか! この服、この帽子、そしてスケッチブック。間違いない、この子はまさにエクスカリバーが僕に見せてくれた子⋯⋯。やっぱり僕が護るべきお姫様なんだ!
顔が赤くなった気がして、バレないよう咄嗟に両手で両頬を隠した。僕は物心ついた時から姫の格好をさせられている。他国からの暗殺を回避するためな訳だけど、そんな僕が王子様の役目を担うことになるなんて⋯⋯。
カリバー君のニャーという鳴き声に我に返った。
エクシアさんがスケッチブックを閉じて立ち上がり、顔を上げる。はっきり目が合うと、僕の心臓はドクンと一つ、体が揺れるほど大きく波打った。彼女から目が離せない⋯⋯。金縛りみたいだ。
爽やかな風が吹き抜けると、自分がいかに汗ばんでいるのかが分かった。僕の全神経が彼女の全てを捉えようしてる。一つとして取り逃したくないんだ。青い瞳、風に踊る黄色い髪。彼女は髪を耳にかけ直すと、僕を見つめてはにかんだ。
き、綺麗だ…。
お姫様が僕の方へ近づいてくる。ど、ど、どうしよう。落ち着く暇がない。僕はすっかり呼吸を忘れてしまっていた。
「うわーん! ありがとーっ! 終わったよー、たくさん描けたー! うっうっう⋯⋯」
へ?
瞬きする度に、彼女の大きな目からポタポタと水晶の様に丸い涙がこぼれ落ちる。今度は泣くの?
僕はあっけに取られた。女の子ってよく知らないけど、こんなに感情の起伏が激しいものなの? オークに襲われて泣いて、身の上話であたふたして、急に真剣に描いたと思ったら最後はうれし涙? 感情の引き出しが僕の倍以上あるみたい。
あはは、面白い。そうか、女の子って可愛いんだな。
僕は純粋に彼女の絵を見たくなった。彼女の目には僕が、この世界がどんな風に映るんだろう。
トリスタンと僕が望む未来、彼女が絵に描いてくれたら嬉しいな。いや、描きたくなるような未来を作ろう。そのために今日、僕はエクスカリバーを抜いたんだ。
僕は恥ずかしがる彼女を横目に、スケッチブックに手を伸ばした。