異世界サイコロ旅行
閑話 あーちゃんの秘密Ⅳ
 城に戻ると使用人達が目まぐるしく働いていた。建国祭の今夜は、エクシア王国内の要人や著名人はもちろん、近隣諸国の貴族をも招いた『建国の宴』が催される。  各国にエクシア王国の経済発展や文化の成熟度を示す外交の場でもあるから、毎年ぜいをつくした華やかなパーティとなるわけで、当然、表舞台を支える裏方には緊張が走る。   僕は部屋で湯船につかりながら、今日の疲労がお湯に溶け出すのに身を任せ、ボーッとしていた。これからもう一度、気合いを入れ直さなきゃいけない。なんせ、『継承権を持たない、庶子で母親不明の第二王女アリシア・ペンドラゴン・エクシア、13歳』としてパーティに参加しなければならないのだから。まさか、オークの匂いと疲労が染みついた少女になるわけにいかないもんね。  それはそうと、ハイ・オークを追ったランスロットがまだ城に戻っていない。群れが見つかったのかもしれない。精鋭部隊とはいえ、少数だしあまり深追いしていないといいけれど⋯⋯。  ふわわぁ、眠い。今朝、エクスカリバーを抜いたからってやっぱり僕も興奮してたかも。やたら魔法を使った気がするし、さすがに疲れたね。   向こうでは侍女のベアトリスが着替えの準備で、ドレスルームと部屋を忙しく動き回っている気配がする。  冒険者服もそうだけど、お母様とお姉様が趣味全開でデザインした無数のドレス達。僕には全部同じに見えるのに、当事者はどれも別物に見えるってんだから迷惑な話だよね。しかもその日の雰囲気に合ったのを選ばないと怒られるんだから、ベアトリスの仕事も楽じゃない。  「? 姫様ー、何かおっしゃいました?」 「いや、ただのあくび~」 「そろそろお上がり下さいませ。準備が整いました。」  後ろ髪引かれる気持ちで湯船から上がると、部屋には今夜のドレスやコルセットやアクセサリー、靴、メイク道具などが山のように準備されていた。さてと⋯⋯、ふぅ。  ベアトリスは仕事ができる子だ。ドレスの選択をお母様たちに注意されたのを見たことがないし、何より、お化粧が上手いと思う。つけまつげや濃い口紅で僕の人相を失くすことはない。地顔を生かしたまま女の子風に仕上げてくれる。性を否定しないその腕前に、僕はひそかに感謝している。  そういえばおねえちゃんもメイクはあまりしてる様に見えなかったな。肌が綺麗で、瞳が澄んでて、グレートアルカディアを見てた横顔なんて⋯⋯。それに、女の子ってすごく柔らかいんだな。いい匂いがして⋯⋯。  あっ! 柔らかいっていうのはいわゆる一般的な話であって、決しておねえちゃんの胸を思い出したからじゃ⋯⋯、わーーー! わーーーー! 「姫様! 動かないで下さい!」  はい! ベアトリスは王太子の僕にも容赦なく怒る子だ。  「危うく髪のセットが崩れるところでしたよ。さ、次はお化粧です」   今日は国外の要人とも顔を合わせるから、苦手なおしろいも付けなきゃ。女の人が顔中を粉まみれにする意味が、未だによく分からないよ。ん? いたたたた!  「も、申し訳ございません! わたくしの不手際でしょうか! いつもと同じようにしたつもりなのですが⋯⋯」 「何だろう。僕も分からないんだけど、おでこと頬が打ち身みたいに痛くて。特に頬が⋯⋯、あ。」  そっか、そうだった。おでこは、エクスカリバーを抜いたら気を失って、地面に打ったんだ。頬は⋯⋯ 「世界の深淵を覗こうとした罰が当たったのを忘れてたよ」  フククッと突然笑い出す僕に、ベアトリスは困惑したようだった。ごめんね、ベアトリス。何でもないんだ。続けてくれる?  「そういえば姫様、ご存じですか? 今夜のパーティにはイスハン帝国の王もご出席なさるんですよ?」   アー、ソウナンダー。色白な僕が、さらに白くなった気がする。 「コルセットの胸の詰め物、少し減らしてペチャパイ気味にしておきました。少しでもガッカリさせないと」  ベアトリスは⋯⋯、ベアトリスはよく気が利く子だ。うぅ。  アルカディア大陸の南に位置するイスハン帝国の王は巨大ハーレムを作っており、何かにつけ僕をそこに加えようともう何年も前から画策している。  僕がハーレムに加われば、この大陸の戦争も終わって平和な世の中が訪れたり⋯⋯、しないから! これ以上、自分を犠牲にしたらダメ! はぁ、はぁ。   「さ、終わりましたよ。姫様。完璧でございます。今宵もどうぞ大船に乗ったつもりでお人形なさって下さいまし!」  ベアトリスが笑顔で、力強く僕の背中を叩いた。  僕は彼女をよく知らない。いつからか僕の近くでお世話をしてくれている年上の侍女、それだけ。でも彼女は僕をドレスやアクセサリーで着飾った後、最後にいつも背中に力を込める。僕が前につんのめる程に。  まるで僕に、前に進むしかないと言ってくれているようだった。 🎲  立食が行われている大広間では招待客達が談笑し合い、軽やかな音楽が楽団により奏でられていた。お父様やお母様は自らそれぞれ挨拶へ出向き、時には大きな笑い声をあげてる。  王族の一員である僕といえば、広間の床より少し高いところに並べられた椅子に座ってお人形をしている。ときおり挨拶に来る人には無言で頷いてニコリとすれば、手にキスをして去って行ってくれるんだ。  イスハン帝国の現皇帝以外はね。  僕の大嫌いなイスハン帝国現皇帝。人の良さそうな好々爺。でも見た目に騙されちゃいけない。  イスハン帝国の主要産業は鉱山資源の輸出。それを支える奴隷商で力を付け、皇帝まで上り詰めたのがこの妖怪狸。常に美しい女性を数人侍らせ、我が物顔で会場を闊歩している。ホントに趣味が悪い。その趣味の悪さは少し離れた所にいる第一王子にも引き継がれているらしく、先ほどからチラチラとこちらを見てくる視線が嫌らしい。公式には第十二皇子までいるらしいけど、正確な数字は誰も知らないだろうね。あ、ほらこっちに来た。 「アリシア殿、ますます美しくなられた。絹の様に艶やかに耀く髪に、雪のような肌、色づき始めた果実のような唇。どうじゃ、そろそろ儂のハーレムに入らんか? 一生、何不自由する事なく暮らせるように可愛がって差し上げようぞ」   老人の手が僕の手を包み、さする。その間、彼の視線が、僕の下から上まで舐め回す様に円を描く。心底寒気がし、笑顔が引きつった。早く行け。僕が僕であることを許されていたなら、自由な身分ならお前なんかっ!  護衛として傍に立つブルーノが「姫、お召し替えのお時間です」と言った。そんな予定あったっけと一瞬驚いたけど、そうかありがとう、助かったよ。僕はごきげんようとイスハン皇帝に告げるとブルーノと共に大広間を出て、外の空気を吸いに行った。後ろからイスハン皇帝の舌打ちが聞こえた。 🎲 「今日はお疲れでしょう、姫」  バルコニーで夜空を見上げ、大きなため息をついた僕にブルーノが同情するように言った。 「ありがと⋯⋯。今日は助けられてばっかりだね」 「エクスカリバーを抜くという大役を担ったのですから、仕方ありません」  ブルーノはポンポンと僕の肩を叩いて、無言で星空を見上げた。  もう何年になるかな、彼が護衛として傍にいてくれるのは。お母様よりブルーノと過ごした時間の方が圧倒的に長い。彼は陰日向からサポートしてくれていて、僕自身が気付かない内にトラブルを処理している事もある 。僕の理想の大人の一人だ。  あぁ、なんだろう。今夜の満月は一層明るいなぁ。美しい黄金色⋯⋯。 「おねえちゃん、夕食どうしたかな⋯⋯」 「ふっ、気になりますか」 「あ、いやその⋯⋯」 「彼女、ずいぶん分かりやすい渡り人でしたね。本人は気付かれてないと思っているようですが」  そう。各国が反射的に腫れもの扱いをする「渡り人」。エクスカリバーが護れと命じた僕のお姫様。  渡り人がみな厄災の勇者みたいになるとは限らない。でも、渡り人を囲うことは、異国からの干渉を受ける恰好の危険材料になってしまう。 「ブルーノはどう思う?」 「どう、と申しますと」 「エクシア王国におねえちゃんを入れていいのかどうか⋯⋯」  ブルーノが言葉を選んでる。僕は怖い。彼がおねえちゃんに否定的な姿勢を示したらどうしよう。護るどころかこの国からすぐに追放しなければいけない。  物事に対する彼の見解は、いつもほぼ正解に近い。出会った頃はそこまでではなかったんだけど、『あの日』を境に彼が変わっていったのだけは知ってる。 「⋯⋯今のところ問題ないと思います。ただ」 「ただ?」 「絵⋯⋯、スケッチ? その辺りに特化した能力が気になります」  ドキッとした。今日、ブルーノはおねえちゃんが絵を描くところを見ていない。絵描きだと知ってるのは僕だけだ。 「スケッチかぁ。どうしてそう思うの?」 「あの方はおそらく絵を描きます。移動中、眼の動きが人並みではありませんでした。輪郭をなぞる様な、光を取り込むような、その景色ごと切り取るような⋯⋯。グレートアルカディアを眺めていた時、指は景色を描いていましたよ」  気付かなかった。 「絵描きの中には、描いた対象に魔力的な影響を及ぼすことができる者も過去にいたそうです。もしエクシア嬢がそのような強大なギフトを持っていたとしたら⋯⋯ 、万が一それを各国が嗅ぎつけたとすると大変面倒な事になります 」  ブルーノが言うんだ。多分、大変面倒な事になるんだ⋯⋯ 。けど、国から追い出せとは言わないんだね。 「エクスカリバーを抜いた時、おねえちゃんが絵を描いてる夢を見たよ⋯⋯」 「⋯⋯姫、渡り人=厄災ではありませんよ? 明日、ギルドでエクシア嬢を『識別』してもらえばハッキリします。仮にギフトを持っていたとしてもそれをどのように使うかは本人次第ですから。渡り人の中には、新しい技術を伝えて国の発展に貢献した方々もいらっしゃいましたよ? サトシ・ヤマモトの様に」 「そうだね。まだ結論を出すには早いよね」 「はい。実際、エクシア嬢から危険な魔力は感じませんでした。ほら、野性探知機もあの体たらくです」  ブルーノは僕に顔を向けたまま親指で後ろを指した。スヴェンだ。酔っぱらいの完全体がこっちへ来る。 「水くせぇなぁ、ひっく。二人でこそこそと。俺たち三人でラウンドテーブルだろ? えぇ?」 「お前は向こうでイスハン皇帝にでもお酌してろ」 「おれ、あのじじいきらぁぁい」  ピザ大会に今月の生活費をつぎ込んだらしいスヴェンは今、賢くお酒を飲みだめしているらしい。アホだなぁ。せっかくの近衛騎士団の制服が台無しだ。  こんなでもスヴェンは頼りになるんだよ。ブルーノが野性探知機と言ったけど、本当にそう。スヴェンは僕を一目で男だと見抜いたんだ。そんなことができたのは、他にはベアトリスくらい。勘が鋭く、違和感や危険を察知する能力はピカイチ。もしおねえちゃんに何か怪しい気を感じたならば、今夜は飲まずにシュッとしてるはずなんだ。 「ひっく。えくすこたん、ちゃんと飯食ったかなぁ」  お母さん? って、あ~っ!! スヴェンと僕が似たような思考回路かもしれない疑惑が! 「そういや、何で姫さんはえくすこたんをおねえちゃんって呼んだの?」 「なんでって⋯⋯ 」  なんでだろう。名前で呼ぶより「おねえちゃん」と呼ぶ方がしっくりきたんだ。それが正解だと自分も納得してしまう程に。 「そ、そこにおねえちゃんって言葉があったから⋯⋯ 」 「えぇ? 山じゃねぇんだから。あ、山といえば」  ⋯⋯嫌な予感しかしない。 「姫さん、えくすこたんの山頂単独アタックは後四年待った方がいいぜ」  スパーン! とブルーノがスヴェンの頭を引っぱたいた。白目をむいた酔っぱらいの頭の周りで、今日の夜空に負けないくらい星が飛んでる。ブルーノはそのまま構わず襟首を掴んで、大広間へずるずる引きずって行った。ぼ、僕もそろそろ戻ろう。  月に背を向けると、背後から凄まじい程の魔力が立ち昇るのを感じた。ブルーノの足が止まり、虚ろだったスヴェンの目に力が宿る。僕も急いでバルコニーの柵から身を乗り出し、夜景に目を凝らした。  あそこだ! おねえちゃんのいる刻の宿の方だ!
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