皆さま、おはようございます! 爽やかな朝ですね。
私はエクシア・スコールズこと、通称えくすこたん! Fantasfic っていうサイトにイラストをアップして仮想通貨EXC をもらって生きる、いわゆる仮想通貨女子でした。
十六歳の誕生日に異世界 へ飛ばされるというビッグサプライズから一夜明けまして、心機一転、素敵な朝を迎えようと思ったのですが⋯⋯、わーん! まぶた腫れすぎー! 完全にガチャ〇ン! それか目が「3」の漫画キャラ! いずれにせよ、乙女の危機だよぅ。
まぶたを冷やしたいけどこの部屋、水が出ない。もちろん冷蔵庫もない。一瞬、お母さーんって助けを呼ぼうとした自分に気が付いて、またちょっと涙目になった。だから泣いたらダメだっつの。
絶望してドレッサールームの鏡に顔をゴッてしたら、あ、冷たい。しばらくまぶたを押し付けて、ここで冷すことにしたよ。
「おはようございますです! もうすぐ朝食の用意ができますです!」
受付のミーナちゃんが来た!
藁にもすがる思いでそっと扉を開け、隙間から顔半分をぬるっと出すと、ミーナちゃんはあからさまにビクーッとして、垂れ耳を天井に逆立てた。
「そんな⋯⋯。ア、アーシャ様の大事なお客様に誰がこんなひどいことを⋯⋯」
みるみる涙目になって、今度は耳が萎 れてきた。
「申し訳ございませんでした! こんなアンデットみたいな目になるまで⋯⋯。支配人を呼んできますー!!」
ちょまっ、行かないでーっ! 誰にも見られたくないのっ! ってかアンデットって、ひどっ!
さすが犬っぽいミーナちゃん。走るの速すぎて、捕まえて部屋に入れるのが至難の業でした。
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「見てて下さいです。とても簡単です」
ミーナちゃんは、バスルームの壁から突き出ている、竜の頭を模したオブジェに手をのせて言った。
「お水出るです~」
竜の口から冷たいお水が勢いよく出てきたっ!
「止まるです~」
ピタッと止まった。すごい! こんな簡単なことだったんだね。
「それは魔術なの?」
「そうなのです。ここ『刻の部屋』だけですが、魔術風呂が付いてますです! お湯出るです~」
温タオルも用意してくれるみたい。冷と温、交互に当てるとまぶたの腫れが引くんだそうな。
「あの腕輪……、えっと、魔術具 ? しなくてもミーナちゃんは魔術を使えるの?」
「魔術具 はないとダメです。詳しい仕組みは知りませんが、これは据置型魔術具 というもので、竜の口そのものが魔術具 らしいのです。止まるです~」
腕輪型、カード型、据置型⋯⋯、魔術具 もいろいろ形や種類があるんだね。お湯を止めたミーナちゃんは、もう一枚の温タオルを私の寝癖に当ててくれた。ホントにいい子、じ~ん。
ひと段落するとミーナちゃんは「食堂に来てくださいねです~」と、片耳でおいでおいでして行ってしまった。笑顔から覗く八重歯があんまり可愛いから、トレースメモリーが自動スタートしたよ。また一つ、素敵なものを記憶してしまった。ふっ。
「お水出るですー」
一人、見よう見真似で竜の口に手をかざして唱えてみる。わぉ、本当に出た。なるほど、据置型魔術具 ねぇ⋯⋯。
「開くですーっ!」
窓に手をかざし、ノリッノリで呪文を唱えてみた。気分は魔法少女! でも窓はピクリともしなかった。えっと、他に隠れ据置型魔術具 は⋯⋯。
動くですーっ! 返事がない。ただのソファのようだ。
書くですーっ! 返事がない。ただのペンのようだ。
回るですーっ! 返事がない。ただのベッドのようだ。
はぁ、はぁ。目についたものをひと通りやってみたけど、全然反応なし。
「なぁんだ、バスルームだけかぁ。みんな全然動いてくれない」
完全に期待外れ。無駄に喉だけが乾いちゃったよ、むぅ⋯⋯。ソファに転がって「んんん~」と伸びをひとつ、最後のあがきで目の前にあるティーセットに手をかざしてみた。
「ポットさんや、ひとつ私にお茶でも入れてくれんかね」
なーんてね。さてと、朝ごはん食べに行⋯⋯。んん!? ポ、ポットがカタカタ言い出してる。まさか、沸騰してる!? これは昨日、ブルーノさんがお茶を入れてくれたポットだ!
『⋯⋯魔術はEXC を燃やして、魔術具 と簡単な呪文で発動させるの。魔法はまた別だからね? 』
昨日のあーちゃんの言葉が蘇る。私、知らないうちにEXC 燃やしたのかな。でも魔術具 なんて持ってないよ? どういうこと~?
🎲
「おはー、ミーナたん。今日も可愛いね」
朝から軽口を叩く男に、ミーナちゃんは給仕しながらちゃんと笑顔で片耳ウィンクを返した。プロだ。
「えくすこたんも、おはすこー」
彼の名はスヴェン。別名『黙ってればイケメン男』。案内された私のテーブルになぜスヴェンさんがいるのか!
「どうした、脂汗かいて。寝不足? 具合悪いの?」
危ない、危ない。もし部屋に来られてたら、全力で魔法少女気取ってる声を聞かれるところだったよ。
「あ、いえ。何でもないです。ところであーちゃんも⋯⋯?」
朝の清涼剤、本物の魔法少女が見たい。
「いや、俺だけ。朝飯食いにきたのよ。ついでに君のお迎えー」
残念。そして私のお迎えはついでかいっ!
とはいえ、確かに次々と運ばれてくる朝食プレートは、すっごく美味しそう。厚切りベーコンのステーキに、太めのソーセージ。ジャガイモとコーンも添えられてる。あとは焼き立てパンと新鮮サラダ、トマト水付きね。私の世界とほぼ一緒。十分です☆
「いっただっきま~す! ⋯⋯あぅ、冷たい」
冷えたソーセージに、精神的ダメージをくらった。ハフハフする準備万端だったのにぃ。
「待ちなって。ちゃんとこれやらないと」
スヴェンさんが私の耳にゴニョゴニュと小声で呟く。
「それホントですか?」
「ホント。マジでやってみ」
胡散臭い情報をもらったけど、とりあえず言われた通りやってみよう。まずは深呼吸をして、手に「気」が集まるイメージをする。そしてその手をベーコンとソーセージが乗ったプレートの上にかざし、気を放出するするつもりで! 本気で! 気高く! 私は魔法少女!
「朝食、冷たくて、超ショックーーーッ!!」
⋯⋯拝啓、お母さん。たった今、私は南極に転移したかもしれません。
今ならブリザードに耐えるペンギンの気持ちがよく分かる。食事中の皆さん、ウェイターさん達の視線が冷たい。温かいのは、真っ赤な顔でお腹たたいて笑ってるスヴェンさんだけだった。
「⋯⋯どういうことだ、スヴェン。返答次第では戦争になるぞ⋯⋯」
「怖っ。いやまさか、寒いダジャレ言うと皿が怒って熱くなる、なんて信じると思わないじゃん?」
スヴェンさんは自分のプレートに手をかざして、普通にいただきま~すとか言ってる。それだけでプレートが加熱され、ジュージュー言い出した。なんと私のプレートからも、ジューシーな香りが立ち上ってきてる。要するに呪文はなんでも良かったと!?
「魔術って一体⋯⋯」
「ん?」
や、やばっ! とんだことを口走ってしまった。スヴェンさんが不思議そうな顔で私を見てる。どうしよう、私がよその世界から来たことがバレたら⋯⋯。
「魔術かぁ、これって一体なんなんだろうな? EXC さえあれりゃ暑い日も風起こして涼めるし、火種なくても薪を燃やせるしな。包丁で指切っても直ぐ治せるし、ちょっとした掃除もできる。あとなんだっけ、軽くマッサージとか。こいつのおかげで生活はめちゃくちゃ便利になったな~」
私の心配を余所に、スヴェンさんは魔術の種類を指折り数えた。結構いろいろと出来るんだね。
「私、ポットの水を熱くしたり⋯⋯しましたよ、えぇ。余裕で」
「あれも据置型だね。このプレートもそうだけど、刻の宿はいろんなものを据置型魔術具 にして斬新な御もてなしをするって、すごい話題になったんだ。自分のEXC で魔術使わなくていいってのがまた嬉しいポイントで」
魔術はEXC を燃やす⋯⋯。魔術を使うと自分のEXC 減るんだ? もしかして、EXC は魔術の燃料!?
「まさか、ピザ大会で盛大にEXC をすったスヴェンさんは今、魔術使えないんですか?」
「ぐ⋯⋯。でもほら、お兄さんは報酬が入ればEXC 元通りだからね。計算済みだよ」
「でも今はEXC がないから、冷たい食事もそのまま、温かいお風呂にも入れず、怪我をしても自然に治るのを待つだけで、火も熾 せないから生肉を食べると。健康で文化的な最低限以下の生活を送るわけですね!」
「えくすこたぁぁぁん!」
なーるほど! まるで生活インフラだ。少し分かってきたよ、ありがとう、スヴェンさん。ちょっと涙ぐんでるけど、どうしたの?
「さぁ、冷めないうちにお食べ、オーク肉。美味しいですよ」
スヴェンさんが明らかに嫌がらせで言ってきた。なによ、私だってさっきのダジャレの件、許してないんだからね。
「オーク肉ではありません~。メニューに仔羊ベーコンと書いてありました。字も読めないなんて可哀想ですね、フフフフ」
「それは失礼。慣れない子守に必死で見逃してしまいました。ハハハハ」
第一次・異世界朝食冷戦が勃発した。青い火花を散らすテーブルに、誰も料理の続きを運んでこない。しかしそこに一人の勇者が現れ、私とスヴェンさんの口にソーセージを捻じり込んだ!
「デザートお持ちしましたです! お食事は美味しく召し上がって下さいですぅ!」
勇者はしっぽを立てて、ぷんすこ仕事に戻って行く。す、すみませんでした⋯⋯。
「⋯⋯ほぃひぃへふへ 」
「ほぃほんではら 、はへりなはいよ 」
「ひふんはっへ 」
あれ? なんでスヴェンさん、私のハヒフヘ語を理解できるの? お母さんも解読不可能なのに。
「ったく、えくすこたんは俺の妹と同じだな。お行儀悪いぞ?」
スヴェンさんはため息をつくと、ゆっくり瞬きを一つした。するとさっきまでのいたずらな顔つきが優しい男の人の顔になり、口元には笑みが⋯⋯。そういう顔で妹さんを見てるの? そんなに温かく、愛おしそうに、そっと抱きしめるように⋯⋯、トレースメモリー⋯⋯。
ぎゃっ!
スヴェンさんをばっちり記録してしまった! 違うの! これは、さっきとのギャップ? 大人の男の人って感じの笑顔? にびっくりして誤作動しただけなの。ふぅ~、ここ暑くない?
「俺、予言できる。えくすこたんは服を汚す」
突然胸のあたりをビシッと指をさされて、またまたドキッとした。その拍子にのけ反って膝がテーブルにゴツンのトマト水がバッシャン。う、うわぁぁ! キュロットがぁぁぁ!
ミーナちゃんが急いでおしぼり持ってきてくれたけど、やっぱりトマト系は異世界になっても手強かった。
「んもぅ、エクシア。今日は魔術ギルドに行くのよ? 綺麗になさい」
急にお母さん!? 裏声で私をバカにしながら、スヴェンさんは私の服に手をかざしてきた。
「よく見とけよ。あーあ、俺、今月EXC 残金少ないんだぜ? 不浄を退け、清浄を齎せ。ピュリファイ」
スヴェンさんの手首の魔術具が光り出し、魔法陣が腕輪を中心にして現れた。時間にして数秒。時計回りに光が満ちて、パッと光が手の周りで瞬いて消えた。あ、あれ? 光と一緒にトマト水のシミも消えてる。
「はい、ちょっとした掃除でございました」
スヴェンさんはそう言うと、「ご気分もピュリファイできたようで」と呟いた。
🎲
いよいよチェックアウト。私の顔の跡が残るドレッサールームの鏡の前で、深呼吸をした。心なしか気持ちが朝起きた時より落ち着いた気がする。スヴェンさんのおかげかな。変な人、でもいい人。あーちゃんが傍に置くのも分かる気がする。ふと、ミーナちゃんのくれたタオルが目に入った。あっ、そうだ⋯⋯。
ロビーではスヴェンさんが待っていた。ちょっと待っててもらえるよう頼み、受付でベルを鳴らした。すると、ミーナちゃんが耳をペタンと倒して、しょんぼりした様子で奥から出てきた。
「先ほどは申し訳ありませんでしたです。出過ぎた真似を⋯⋯」
「ううん、こちらこそ迷惑かけてごめんね。それと朝、タオルありがとう。お礼になるか分からないんだけど、これ、もらってくれるかな」
私はスケッチブックを一ページ破って絵を渡した。さっき急いで、でも心を込めて、ミーナちゃんが両手いっぱいの花束を抱えて笑ってる絵を描いたの。「隷属の首輪」は綺麗な花々で隠した。この世界の現実は厳しいみたいだけど、せめて絵の中でぐらいは。
「これ⋯⋯」
ミーナちゃんがそのつぶらな瞳から大粒の涙をポタポタ落とした。
「うれしい⋯⋯、お部屋に飾るですぅ~」
八重歯を覗かせ、ニッコリと大輪の華のように笑うミーナちゃん。一瞬、ミーナちゃんの持つ絵が花束ように見えたのは気のせいかな? うん、可愛い子の泣き笑いに勝てるものなんてこの世にないね。これもまたトレース・メモリーだ。
「いい仕事するじゃねぇか、えくすこたん。ぐすっ」
えぇぇぇ、泣いてる! もらい泣き!?
スヴェンさんは道を歩きながらもまだグシグシ泣いた。宿の外で手を振るミーナちゃんが、だんだん小さくなる。きっとまた来るからね。
見上げれば空は快晴、お出かけ日和。
今日は魔術ギルドに連れてってもらうみたい。異世界テンプレのあれが起きたりして。いや、冒険者ギルドではないから大丈夫かな。さぁ、異世界生活、いよいよスタートだよ!