街は朝の活気に溢れつつも、まだ所々にお祭りの余韻を残していた。
だよね~。私だって夏休み明けとかお正月明けとか、平常運転に切り替えるの難しいもん。こうやって異世界の人たちと自分の共通点が見つかると、すごく親近感が湧く。ちょっぴりやっていける気がする。
時計塔を横目に歩いて行くと、石で舗装された大通りに出た。建物も道も、石を基調としてるこの世界。中世ヨーロッパ風と一言で言ってしまえば概 ね間違いないだろうけど、その中に木材がバランスよく使われてるから、カントリー風にも見える。
昨日は石が建国祭の熱気を冷まして、今日は木材が陽光を吸い込んで街を温める。うまくできてるなぁ。私の首は通り過ぎた建物をもう一度振り返ったり、屋上を見上げたり、朝からフル回転。
「よそ見してっと危ねぇぞ」
人にぶつかりそうになってたところを、スヴェンさんに手を引かれた。
「気を付けな。今日は特にスリが多いんだ。祭りの後でみんな油断してっから」
あぅ、ごめんなさい。なけなしの銀貨九枚、スられたら大変だもんね。しばらくは全方位を警戒して歩いて⋯⋯、あっ! 前言撤回! 私は急いでスヴェンさんの手を振り切り、脱兎の勢いで人々の間を滑らかにすり抜けて行った。
説明しよう!
これは、他人より先にスケッチポイントを陣取るための技『スネーク・スルー』! 群衆の僅かな隙間を蛇の様に縫い進み、誰よりも早く最高のスケッチポイントを勝ち取るスキルだ! サイコロ任せのスケッチ旅行の目的地が観光名所になることも珍しくなかったが、この技を持ってすれば私にとって混雑などは問題ではなかったのだ!
キキキーッ! 急ブレーキッ! こんにちは、街娘を装ったどこぞのお嬢様。今日のスケッチポイントはあなたよ!
お嬢様が私に驚いて口を開く前に、両手を突き出して彼女の顔を覆い隠した。そして、いないいない⋯⋯
「ばぁ! 朝のごあいさつするです~!」
開いた両手から垣間見えるあーちゃんは目を白黒、口をパクパク。
「お、お、おはようございます~~」
綺麗にスカートの端をつまんで言うのでした。はい、可愛い。よくできました。これは私が編み出した、相手に強制的に挨拶をさせる魔術です。魔術具 はいらないので、ぜひ皆さんもご活用ください。
「はぁ、はぁ。だからえくすこたん、離れたら危ねぇって⋯⋯、ん?」
「お、お、おはようございます~~」
すっかりテンパッてるあーちゃんは、後から来たスヴェンさんにも私と同じ挨拶を繰り返した。
🎲
あーちゃんとブルーノさんの背後にそびえる建物が今日の目的地、魔術ギルドでしたか。刻の宿よりはマシだけど、また粘土四角柱っぽいぞ。
周囲のカントリー風建築物とは明らかに一線を画す無骨な建物で、木製の重厚な扉は、これから冒険者達に絡まれるという異世界テンプレのフラグにしか見えなかった。
「さぁ、エクシア嬢。今日はエクセリアで生活していく為の手続きをしてもらいますよ。どうぞお入りください」
まだ心の準備が⋯⋯。荒くれた冒険者たちがいたらどうしよう⋯⋯。
身を縮こまらせておずおずと入るも意外や意外、高級木材をふんだんに使った豪奢 な内装が目に飛び込んできた。あ、あれ? オラついた人たちが、いない?
あっちの広い空間では職員さんが忙しそうに書類を渡し合い、こっちの待合スペースには順番待ちの人々。この二つを隔てるカウンターでは、受付嬢が列の対応に追われている。なぁんだ。まるっきり銀行みたい。
気が付けば周りから『銀翼のアーシャ様』とか『俺の嫁』という囁きが聴こえてくる。女性のほとんどがブルーノさんに目をハートにしてるし、昨日のピザ大会の再現VTRを見てる気分になった。っ痛い! スヴェンさん、私まだ何も言ってないー!
そわそわしてると、ボソッとどこからか「あれが血濡れの天使様か。顔に似合わず怖えぇ」という声が聞こえた。こわい? あーちゃんが? 『銀翼のアーシャ様』は中継点でオーク肉をくれたおじいさんが言ってたから知ってる。でも『血濡れの天使様』は⋯⋯。今日もあーちゃんは肌だって服だって白い。
「スヴェン、魔術具 購入申請書を頼む」
ブルーノさんが言うと、スヴェンさんは申請書を取りに向こうへ行った。スヴェンさんの行くところ、順番待ちの人々が自然と道を開ける。モーセかな? 一方、ブルーノさんは列の無い有人カウンターで受付嬢と何か手続き? を始めてる。その間、あーちゃんは「よく眠れた?」とか私に話かけてくれるんだけど、私はちょっと皆さんの視線が気になって⋯⋯、話が耳に入りませ~ん。
「アーシャ様、お待ちしておりました。さぁ、こちらの席へどうぞ」
程なくして奥からやってきた美人さんは、ヘレナさんと言った。亜麻色のロングヘアを編込みハーフアップにした、切れ長の目を持つクールビューティーさんだ。有人カウンターの隣に併設されている、半個室の面談ブース的なところに案内してもらうと、長い待ち時間に飽きた人たちが少し離れたところから野次馬してくる。あのぅ、私珍獣じゃありませんよ~?
それにしても、お待ちしておりましたって⋯⋯。さすがあーちゃん様、これが貴族様の根回しというやつね。あーちゃん様の本物っぷりに腰が引けると同時に、手間を取らせてしまったことに少し申し訳なくなった。
「ではヘレナさん。急な事で申し訳け無いですけど、おねえちゃんの市民登録をお願いしますね」
「⋯⋯はい。他ならぬアーシャ様のご依頼ですもの、構いませんわ」
最初、あーちゃんの言葉にヘレナさんが少し驚いたような気がしたけど、一瞬で元の美人スマイルに戻って事務手続きに入った。知った仲でも顧客のプライベートには決して立ち入らない。綺麗な上に仕事デキル系ですな。
「では、おねえちゃん様、お名前を伺っても?」
う~ん、しかもお茶目さん。
「私の名前はエクシアです。今日はよろしくお願いします」
「エクシア様ね、素敵なお名前だわ。それでは早速、こちらに手を置いてもらえます?」
出されたのは、拳大の透明な水晶玉のような物。こ、これ、ひょっとして私が異世界人だと一発で筒抜けになる鑑定の儀というやつですか?
「ふふ。おねえちゃん、そんなに身構えなくていいよ。これは『識別の宝珠』といって、その人の簡易的な能力判定と業の深さを調べるだけ。犯罪者を市民登録することはできないからね」
「そ、そっか。じゃぁ、私は問題ないね」
犯罪なんてとんでもない。私は清廉潔白よ。そっと水晶玉に手を置いてみると、体から何かが抜けていく感覚がした。刻の宿で魔術を使ってお水を出した時にも少し感じたけど、それよりも大分強い。
宝珠が白色に淡く発光して、次第に光が弱くなり⋯⋯、消えた。無事に終了! 水晶がどす黒い紫色とかにならなくて良かった~。
ところがヘレナさんが水晶を凝視したまま、笑顔のマネキン化してる。口角は上げてるけど切れ長の美しい目が笑ってない。
「申請書取ってきたぜー。どした? まだ終わってねぇの?」
スヴェンさんが変な空気に戸惑ってる。
「ヘ、ヘレナさん⋯⋯?」
あーちゃんも困惑気味。後ろの野次馬さん達もざわめき始めた。
「失礼しました、アーシャ様、エクシア様。ただ今、個室をご用意いたしますので、少々お待ちください」
美人スマイルを崩さず席を立つ。この顔は吉なの? 凶なの?
「ブ、ブルーノさん。『識別の宝珠』って普通どのくらいで終わるんですか?」
「ものの一分ですね」
「い゛っ⋯⋯」
「お、おねぇちゃん大丈夫だよ。もし犯罪者だったらこの場で即武装職員に取り押さえられるからねっ。そんで投獄されて、詰問されて、場合によっては拷問、水責め。で、でも大半は犯罪奴隷として鉱山送りで済んじゃう。ねっ? 心配ないでしょ?」
あーちゃん⋯⋯、一分以上経ったから大丈夫って意味なんだろうけど、それで安心できる人はいないと思うよ⋯⋯。私はあいさつ魔術よりも、あーちゃんのフォロー上達魔術を開発が先だと悟った。一体私どうなっちゃうの~!?
フラグは建てたで。
|д゚)フフフ・・・