二階の個室に案内された。
校長室くらいの広さの中に、高級木材で作られたとみえるデスク。部屋の中央には上品な応接セットがあって、ソファには上品な花柄クッションが置かれていた。座るよう促されたけれど、私はなかなか一歩を踏み出せないでいる。何故って? ちょうど応接セットの領域に敷かれてる丸い絨毯に、埃一つ付いてないんだもん。土足なのにおかしくない? それに縁に編み込まれてる精緻 な幾何学模様が、ちょっと魔法陣に見えて怖いんだよね。
「踏んでも大丈夫ですよ。腰かけてこちらをご覧ください。先程のエクシア様の識別結果でございます」
ヘレナさんが先にソファに腰を下ろしたので、私もおっかなびっくり高級絨毯へ足を踏み入れる。ヘレナさんが絨毯をガン見してるっぽいので、靴の裏の土で汚さないよう、なるべくつま先立ちで歩いて座った。
ヘレナさんはテーブルの上へ、メモ用紙サイズの紙を差し出した。そうそう、これのせいでここに呼ばれたんだった。一体何が書かれてあるんだろう。テンプレだと、能力値が記されてたりするけど⋯⋯、まさか奴隷鉱山への片道切符じゃないよね。背筋を伸ばして目を細め、恐る恐る見てみると⋯⋯。
名前: エクシア
体力: 少ない
筋力: ちょっぴり
魔力: 多め?
業 : -1
おいぃぃ、適当すぎだよ!? 他のラノベ読んで勉強してこい!
肩透かしもいいところ。誰にでも当てはまりそうな占い結果みたいでガッカリした。それでも必死にここにいる理由を探すと、一番下の『業 :-1』という数字が引っかかる。マイナスだし⋯⋯、これが原因かな。
「本題はこちらですわ」
メモ用紙が裏返され、原因『業 :-1』説は光の速さで否定された。
固有魔法:姫の建国記
神の遊戯
深淵の護り手
固有魔法⋯⋯? キタコレ! 私、魔法少女えくすこ☆エクシア!? でも誰とも契約してないよ?
「文字はお読みになれます?」
「はい」
「なるほど。実はその文字、私には読めないのですよ」
は!?
妙な沈黙が流れた。嘘でしょ、ちゃんと読めるよ?中二感あふれるネーミングがこんなにハッキリと。
「エクシア様はどちらからいらしたのですか?」
「(あががが⋯⋯)あの、えっと」
「いかがなさいましたか? 市民登録なさるということは、エクシア国のご出身ではないでしょう?」
そっか。登録しに来てるってことはよそ者ってことだ。⋯⋯じゃぁ、あーちゃん達って最初から⋯⋯。
「エクシア様?」
「す、すみません。とても、⋯⋯遠い所から来ました」
「言えませんか。いいでしょう。この国に流れ着く者の大半は理由アリですもの」
え、それでいいの? ヘレナさんは美人スマイルを決めると、手を組み直し、咳ばらいを一つした。
「エクシア様。ここへ入国する際、誰かに会いませんでしたか? 例えば、人知を超えたと申しましょうか⋯⋯」
人知を超える? 美少女すぎるあーちゃんとか、ケモミミさん達の事かな。
「もしかすると、このような物を持っていたかもしれません」
ヘレナさんは席を立ち、壁際のお洒落なカップボードの引き出しからなにやら取り出して来た。あれは、ペロペロキャンディ! 白と緑が渦巻くポップでキュートなキャンディは、掌 からはみ出る程大きかった。私、これをどこかで見た気がする⋯⋯。水底に沈んだ砂が舞い上がる様に、記憶が揺さぶられた。
「思い出した! アイツが持ってたやつだ!」
アルカディア大湿原に転移した時、夢に出てきた男の子が持ってたペロペロキャンディ! 私はこれを口に突っ込まれたり髪に付けられたり、くぅ~、今思い出しても腹が立つ!
「やはりご存知でしたか」
「ヘレナさん! アイツの事、知ってるなら教えて下さい!」
思わず机に乗り出すと、ヘレナさんが目を丸くしてのけ反った。
「知ってどうなさるおつもりで?」
「どこの学校に通っているのか分かれば、まず担任にクレーム付けます。あのくらいの男子はこれに弱いんですよ。クラスの女子にも噂を流して、あとは家に行って親にも文句言います!!」
感情のままに机をドンと叩くと、低い木の音が返ってきた。
「ぷふっ、ふふふふふ。⋯⋯貴女自身は無害そうね」
ヘレナさんが色白の細長い指を口に当てて、笑い出した。
「失礼しました。えぇ、ではアイツ様の詳細が分かり次第すぐにお伝え致しますね。それでは皆様に入って頂きましょうか」
唐突に個人面談終了。ヘレナさんはサッと席を立ち、扉に手を掛けた。
🎲
「おねぇちゃん、どう? 大丈夫だった?」
扉が開くと、心配そうなあーちゃんがブルーノさんとスヴェンさんを押しのけ、いの一番に部屋へ転がり込んで来た。
「うん。ちょっと驚いたけど問題ないよ」
言うべきなのかな。『姫の建国記 』、『神の遊戯 』、『深淵の護り手 』っていう私の固有魔法。口にするのも憚られるこの恥ずか死ネーミングは何ですか? 特に『姫』て⋯⋯。美少女あーちゃんを前に、どのテンションで言えと。
「えくすこたん、犯罪者じゃねえの?」
「キィィ! 身も心も真っ白な純白乙女ですっ!」
「その様子なら大丈夫そうですね。エクシア嬢、識別結果はエクセリア市民である証明にもなります。そろそろ仕舞いましょう」
確かに。失くしたら再発行でまたご迷惑かけちゃうもんね。リュックの中のチャックが付いたポケットにしっかり大切に仕舞った。
「お疲れ様でした、エクシア様。こちらを差し上げましょうね」
ヘレナさんがさっきのペロペロキャンディをくれた。そういえば異世界に来てからおやつ食べてなかった、やったぁ!
きっとこれはベロが緑になるタイプ。でもこの世界の食べ物が私の口に合うのが分かってるし、実はさっきちょっと食べたいな~って思ってたの、えへへ。いっただっきま~す。
「不思議な味。すっぱ~い」
「これでも酸味を抑えたのですが」
「ヘレナさんの手作りですか!? 緑だからヘルシーにお野菜かな?」
「流石ですわ、一目で見破るとは。マンドラゴラキャンディでございます」
「ま⋯⋯?」
「えぇ、マ・ン・ド・ラ・ゴ・ラ」
!!
脳内に、セクシー高麗ニンジンみたいなのがハッキリと再生された。マンドラゴラを野菜にカテゴライズだと!? 薄気味悪いアレを引っこ抜きーの、すり潰しーの、搾りーの⋯⋯!?
「ギャーーーーッ!」
私はマンドゴラよろしく叫んで、もらったキャンディを勢いよく放り投げた。オヤツが、私のオヤツがぁぁ! 絶望と共に天井を仰ぎ、えっぐえっぐ泣いた。もうダメだ、私呪われて死ぬんだ。
「すみません。慣れない手続きにお疲れかと思いまして、冗談を申しました。マンドラゴラではなく、普通のトマト飴でございますよ。ご安心下さい」
トマト味ならなおさら緑色はおかしいだろ、という新たな疑問が生まれた事にヘレナさんは気付いてない。けれど優しく、申し訳なさそうに私の頭をなでなでしてくれた。
「⋯⋯ここはヘレナ嬢の執務室ですか?」
天井や壁を見回して、ブルーノさんがヘレナさんに問いかけた。
「私のと申しましょうか、ギルドで私を含む数人しか開けられない部屋でございます」
「あの飴はいつもこの部屋に?」
「えぇ、お茶請けとしまして御客様に召し上がって頂いております」
お茶請けにこのペロペロキャンディはおかしいと思う。けれどそれ以上にブルーノさんの声のトーンがおかしい。話題を広げたいのなら、絶対そのトーンは間違ってる。
予告もなしに、部屋の空気が少しずつ張り詰めだした。ひょっとして私が泣いてるせい? 急いで泣くのを止め、涙を拭って顔をシャキッと整えた。ほら、見て。私はもう大丈夫ですよ。
「砂糖は高価な代物。お菓子作りとは、ずいぶん高尚な趣味をお持ちですね、ヘレナ嬢」
「独身ですし、少し余裕のあるお給料をいただいておりますので。それが何か?」
ヘレナさんの美しい切れ長の目が一層シャープになり、完全に美人スマイルが消えた。ガチムチな男性を前に堂々と立つ姿はさすがギルド職員だなと関心するけれど、もちろん今はそんな場合ではなく⋯⋯。ブルーノさんも眉を寄せて、厳しい顔でヘレナさんを見下ろした。はゎゎ、どうすればいいの?
「昔話をしても?」
ふっふっふ、とヘレナさんが一人、含み笑いをした。このタイミングの美人スマイルはなかなかホラーだ。
「小さい頃、おこずかいを貯めて砂糖を買って、本当に興味本位でマンドラゴラのキャンディを作ったことがあるんです。あれに呪いや神経毒があるなんてまだ知らなかったもので、父と母にはすごく叱られました」
ヘレナさんはブルーノさんに背を向けると、歩き出した。
「当時私は実験などが大好きでして、訳の分からない装置や料理を作っては皆を困らせていたんです」
なんということでしょう! 思わずぶん投げたペロキャンが足元の超高級絨毯へと、おへばり付きになられ遊ばしまして、私の涎 でじんわりと緑色のシミが。あががが……。
ヘレナさんはそれを拾い上げると再びブルーノさんの前へ戻り、まるで一輪の花であるかのようにブルーノさんの胸へ差し出した。
「だから私、皆にこう呼ばれていましたの⋯⋯。『いたずら好きの歩く厄災』と」
突然、ブルーノさんがペロペロキャンディを奪い取った。私が舐めたペロキャンなのに! そして血相を変えてバンッ!と扉を開けて出て行っちゃった!
「おい待て、ブルーノ! あぁ、もう! えくすこたん! 急いでこれにサインして!」
スヴェンさんがいきなり書類を出してきた。聞き返す暇もない。スヴェンさんの指さすところに急いでサインをする。
「それじゃ、次は姫さん! ココな!」
「ボクも!?」
「早く!」
あーちゃんも慌ててサイン。
「ほい。それじゃヘレナ姉さん頼むぜ!」
バタンッ! と今度はスヴェンさんも出て行った。
🎲
⋯⋯あかん、完全に思考停止やで。
使ったことのない関西弁が出るほどフリーズした。あーちゃんもドアの方を向いてポカンとしてる。
「あらあら、エクシア様のトマト飴が⋯⋯」
ヘレナさんがとても残念そう。すみません、せっかくのお心遣いでしたけど今それどころじゃないんで⋯⋯。
「⋯⋯ペロキャン⋯⋯」
「あーちゃん、なぁに?」
「キャンディ⋯⋯、いたずら⋯⋯、厄災⋯⋯」
グリーンアイを限界まで開いたあーちゃんがいた。明らかにショックを受けた顔で瞳を震わせながら、徐々に私の方を向いた。こ、これは⋯⋯『おねえちゃん』を見る目じゃない!
「あら、そういう事なの。女の子同士で⋯⋯、余程大切な人なのね。アーシャ様、おめでとうございます。祝福させていただきますわ」
ヘレナさんはスヴェンさんから手渡された魔術具 購入申請書を見て、すっとんきょうな声をあげた。この状況で何を言ってるんだろ、この人。仕事はできても空気読めないのかな。あーちゃんは一応ヘレナさんの言葉を聞き取ったっぽいけど、全く頭で咀嚼 していなかった。それは、目つきを見れば一目瞭然だった。
ヘレナさんがあーちゃんの顔前で申請書を茶目っ気たっぷりにピラピラ泳がすと、あーちゃんは私からやっと瞳を外して申請書に焦点を合わせた。
「お手続き、今すぐ進めてまいります。よ・ろ・し・い・で・す・ね☆」
あーちゃんのグリーンアイが普通に戻ってくるのに反比例して、今度はあーちゃんの口があんぐり開いた。そして顔面蒼白、じゃない、顔面沸騰! ヘレナさんからすぐさま申請書を奪い取ろうとするも、盛大に空振り。ヘレナさんは申請書を見せびらかす様に高く掲げた。あれじゃ、あーちゃんの背では届かない⋯⋯のか? ほんとに? いや、ヘレナさんが一枚上手なだけだ。
か~え~せ~よぉぉ。へーん、こいつ、ラブレターなんか書いてらぁ! みたいなドタバタ劇が今、私の目の前で繰り広げられている。ねえ二人共、さっきブルーノさんが血相変えて飛び出して行ったの忘れたの?
最終的に、私の『スネーク・スルー』ばりの回避技を見せたヘレナさんが、高笑いしながら申請書と共に部屋の外へ消えて行った。愕然とするあーちゃんは自分の熱でのぼせたんだろうね、バターンと卒倒しちゃって私は一人大慌て。まずあーちゃんをソファに寝かせて頭を扇いであげて⋯⋯。でもね、大変だったけどちょっぴりほっとした。だってこれが私の知ってるあーちゃんだもん。
速攻で戻ってきたヘレナさんが倒れたあーちゃんを見て少しびっくりしつつも、構わず台に載せたカード型魔術具 を私に差し出してきた。
「こちらをどうぞ。アーシャ様と一緒に手に取ってください」
いや、あーちゃんはあなたのせいで前後不覚ですよ? 私は大きくため息を付いた。仕方なしに私がカードをあーちゃんの手に乗せ、自分の手で上から覆った。キィン、キィン⋯⋯、と甲高い音が二回連続で鳴る。
「これで魔術具 の登録は完了ですわ」
そう言い終わるとヘレナさんは、あーちゃんの手を取る私の顔をじーっと見つめた。すごく何か言いたそう。
「⋯⋯エクシア様」
「はい」
「私はここ数年アーシャ様にご贔屓 にして頂いておりますが、この様に感情を露わになさるアーシャ様は初めて見ました。きっとエクシア様のおかげでしょうね」
「そんな⋯⋯、私は何も」
ヘレナさんは微笑みながら、首を軽く横に振った。
「アーシャ様の気持ちが少し分かります。あなたは可愛らしく、眩しい。⋯⋯だからこそ選ばれてしまったのかもしれません」
ヘレナさんは思い詰めた表情のまま、私とあーちゃんの手をそっと包み込んだ。
「スヴェン様は温かい方です。ブルーノ様は聡明で、そしてアーシャ様はとてもお優しい方です。どうか、皆様を信じて⋯⋯」
私を眩しいと言ってくれたヘレナさんの祈る様な眼差しは、強く私の心に突き刺さり、チクッと胸に痛を残した。私がヘレナさんの言葉の真意を知るのはもうちょっと先の話⋯⋯。
ちなみにあーちゃんを卒倒させたこの申請書、実は普通の魔術具 購入書ではなく、二人の共有魔術具 を作る手続きでね、若い恋人達の間でとても流行っているんだって。お互いの魔力を通わす儀式だという事で、その名も『結魂 』。
みんな書類にサインする時は内容をちゃんとチェックしようね!
あーちゃん「ご、ごしゅうぎっ!(ボンッ)」