「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 紅蓮魔ヒバチ、今世紀最大の大魔術だぁ! 見ねぇと一生後悔するぞー!」
百人近くの観衆に囲まれているのは、黒い炭の下駄を履き、白い道着とさらしで筋肉質な体躯を包んだ長身の青年。パッと見では人間と変わらない。しかし顔から手、胸や足にかけての皮膚は全て橙色で、ボサボサに乱れた頭髪は真紅に染まっているという、怪異的な容貌をしていた。
「只今俺の片手には鉄球四つ、もう片手には灯油ボトルがある。これよりこの灯油を頭から被り、三分間燃え滾る鉄板の上で火達磨になりながらジャグリングをやってみせよう!! しかも最後の山場まで見届けた奴は奇跡を目の当たりにするぜぇ!? さぁどうだどうだ!!」
耳を疑うような自殺行為だが、紅蓮魔ヒバチという男は死も恐れずひたすらに囃し立てる。その賑やかさにアーツ達が何事かと足を止め、噴水広場は一瞬にして見物人で溢れかえった。
「ほぁ〜、なんかすごいことが起こりそうだよ!」
「アイナ、あの人が……?」
「私や守凱と同じW.Eのエージェント――『紅蓮魔 ヒバチ』よ。お調子者だけど、大目に見てあげて」
アイナとの合流もうわの空か、ヒバチは観衆から見物料を絞り取るくらいのつもりで口八丁に煽っていく。
「紅蓮魔ヒバチ、最初で最後の大魔術! 見たい奴はその目に焼き付けときなぁ! YouTubeで見るのと肉眼で見るのとでは価値が違うってもんだ! プライスレスだ! それがたったの100ワルドだぁ〜!!」
ワルドとは創造世界共通の貨幣の単位だ。1ワルドで1円、つまり100円分のワルドを大勢のアーツから巻き上げればそれなりの小遣い稼ぎになる。
「面白い、やってみろぉ!」
「いいぞぉ! 兄ちゃん! 奇跡を見せてみやがれ!!」
観衆は多大な期待を寄せて小銭をヒバチの足元へと投げる。彼のやる気は俄然上がり、遂にその火蓋が切って落とされた。
「おいしゃあ! そんじゃ危ねえから少し離れな! さぁさぁ見さらせ紅蓮の炎舞 を!!」
ヒバチが得意げに叫ぶと、手に持った灯油をそのまま頭から被っていく。普通の人間なら引火すれば焼死は免れない。
そして何処からともなく火が点いた。ヒバチの全身は業火に包まれ、鉄板の下の薪に滴り落ちた灯油も引火し、下から上まで火炙り地獄と化す。
「お、おい兄ちゃん大丈夫か!?」
「誰か念のためにバケツに水汲んできて来い!!」
「やめろぉ! このヒバチ様に水なんぞいらねぇ! それこそ火 に 油 を 注 ぐ ことになんだよぉ!!」
だが……ヒバチは絶叫するどころか、屈託無く笑いながら宣言通りジャグリングを始めた。
間もなくして炎は最高潮に達し、ジャグリングをしているであろうヒバチの姿を覆い隠す程の火柱が上がる。
「アイナ、これ……ちょっとまずくないか。早く鎮火しないと本当に死んじまうぞ?」
火の勢いに創伍だけが危機感を抱いていたが……アイナはそれがどうしたと言わんばかりの素っ気ない返事を返す。
「——大丈夫よ。彼はこれで通常運転だから」
「通常運転……?」
「創伍! アレを見て!」
「何だよシロ……って、あれ? 火柱が……」
次に見た時には火柱がみるみる縮み始めていた。
そして炎の中には未だジャグリングを続けているヒバチの姿が――
「い、生きてるぅ!?」
「見ろ! 道着から下駄まで、何一つ燃えちゃいねぇ!」
「何なんだコイツは?!」
誰もが驚愕した。ヒバチの体は燃え散るどころか、体に纏っていた炎の方が段々と小さくなっていく。肉を焼くような音を立てながらも、最後は彼の体へと入り込むように消えていったのだ。
「…………はいぃぃ!!」
鉄板の上で決めポーズ。
燃え盛る炎を自然消火させたヒバチの大魔術に拍手喝采が起こらないはずがなく、観衆の誰もが追加で大量の硬貨や紙幣を投げ入れる。
「すっごーい! 創伍、あの人ジャグリングしながら火を消しちゃったよ!?」
「こりゃあ……なんとも……」
最後まで見届けた創伍やシロも、気付けば周囲に釣られて拍手を送っていた。
「いやーどうもどうも。このヒバチの本日限りの大魔術、ご覧いただきありがとう!」
止まらない拍手の嵐に満足げなヒバチは、頭を何度も下げながら笑顔で路上に落ちた銭を拾い集める。
しかし――
「あ、あれ? あれあれれ?」
どうしたことか。投げられた硬貨はヒバチから逃げるようにふわふわ浮き始めた。そして投げた観衆一人一人の財布へと素早く戻っていくではないか。
「あぁ! 俺の生活費っ……どこ行くんだよ!?」
「そこまでよ――ヒバチ」
次々と飛んでいく硬貨を取り戻そうと走るヒバチの前に、アイナが立ち塞がる。
「ア、アイナ……!?」
「みんな、彼はW.Eの一員。ただの炎使いのアーツよ。十八番を披露していただけなの――だからそのお金は持ち帰って」
「あ! バッ、おまっ!」
持ち前の能力を見せるだけの不当な小遣い稼ぎという種明かしに、硬直してしまうヒバチ。今のはアイナが彼から取り上げる為の魔術によるものだったのだ。
「何だぁ? ただの能力自慢かぁ!?」
「ふざけやがって! みんな帰ろうぜ!」
観客は散らばり、四人以外に誰も居なくなった広場に静寂が訪れる。
「あぁ! ちょっと待って! せめて灯油代だけでも……」
「ヒバチっ!!」
「あ、はいっ」
先程まで荒々しく演じていたヒバチが、アイナの怒声で一気に縮こまる始末。
「い、いやぁ久々じゃないかアイナ! 元気にしてたか!? 実はちょいと目立つ行動をして合流しやすいようにしてただけなんだよ〜。お陰ですぐ見つけられただろ?」
「まったく……W.E屈指の英雄『赤壁 のヒバチ』が一般市民からお金を巻き上げようだなんて何考えてるのよ!」
「仕方ねぇだろ! ここに来るまでの運賃で有り金全部スッちまったんだって!」
「とにかくっ! 今のを見過ごすわけにはいきません。この事はちゃんと長官に報告しますから」
「あぁぁぁ~っ!! 待ってアイナ様! それはどうかお許しください! 何でもしますから!!」
完全に見掛け倒しだ――二人のやり取りを傍で見ていた創伍は、これまで抱いていたW.Eへのイメージが覆されたような気さえした。
「言ったわね。じゃあ本部に着くまで一緒にお客さんの護衛をお願いしようかしら」
「んん? 客って何だよ……」
「現界の英雄――真城 創伍と相棒のシロよ」
話がようやく自分達の方へ振られ、ヒバチと目を合わせる創伍とシロ。
「オーオーオー! ここに来るまでの道中、風の噂で聞いたぜ。期待の新人 が"ドでかい爆弾"抱えてこの世界にやって来たってな! しかもその爆弾は可愛らしい美人の嬢ちゃんときたもんだ! それがお前達って訳かい!!」
ヒバチは状況を飲み込むと、目を輝かせて歩み寄り、創伍の背中を盛大に叩いてくる。
「はぁ……なんて言われてるのかは分かんないけど、そう言う噂があるならそうなんじゃないの」
「ハハハ! 緊張感のカケラもねぇなお前。まぁ本部の意向である以上、たとえどんな奴が来ても同じ屋根の下で過ごすんだからな。分かんねぇことあったら、このヒバチに何でも聞いてくれ。伊達に長生きしちゃいねぇからよ!」
「あぁ、よろしく……」
挨拶を交わし、早速目的地に一緒に向かうと思いきや――
「っ――」
何をするつもりか、ヒバチは急に構え始めた。
「そうときたら俺様もっ……自己紹介! 耳の穴かっぽじってよぉく聞けぇい! 来る世界の終焉にのみ、駆け付ける一人の色男ありぃぃぃっ!!」
「………………!!」
「ヒバチ……さん??」
突然の大声に創伍とシロが圧倒され――
「あぁ……また始まった」
アイナは手を頭に当てて溜息している……どうやら何かのお 約 束 らしく、ヒバチは口上を述べていく。
「この俺こそが、創造世界一の傾奇者! その身その魂は燃え尽きることない無敵の炎熱っ!!」
下駄を鳴らし、全身を荒ぶらせ――
「絶世の益荒男!」
手を雄々しく突き出し、脚を広げ――
「炎獄界の大英雄!」
眉間に皺を寄せ――
「炎天下無双!! 泣く子も黙るW.Eの鉄砲玉あぁっ――」
飛び六方で地面を片足で跳ねて行き、最後に盛大に名乗りを上げた。
「あ、紅蓮魔ぁヒバチ様よおぉぉっ!!」
ペンペンッ!
「………………」
「アホくさ……」
……と鳴れば文句無しに決まるはずの彼の大見得。一人だけ違う熱の入り方に、どうリアクションを取ればいいかわからず、創伍とアイナは沈黙する。
「わぁ……カッコいい〜!!」
ただしシロにだけは絶賛だったらしく、お世辞でもない彼女の純粋な反応に、ヒバチは悦に浸っていた。
「ありがとよ嬢ちゃん……。さぁ自己紹介はこの辺にして、本部まではこのヒバチがエスコートさせていただきましょう」
「全く調子が良いんだから……創伍、ボーッとしてないで早く来て」
「お、おうっ」
何はともあれ彼らと打ち解けることで幾ばくか緊張が解けたような気がした創伍は、ヒバチの後に付いて行こうとした。
その時だ――
「がっ――!?」
そんな浮かれたヒバチが、いきなり仰向けにひっくり返る。
「ヒバチ!?」
「ヒバチさん!!」
「おじちゃん!!」
銃声だ。どこからともなく響いた銃声と共に、弾丸がヒバチの眉間を貫いたのだ。
ヒバチは理解が追い付かぬまま、口をあんぐりと開けて……死亡した。
* * *