「ひ……ヒバチ……さん……!」
2分――たった今、紅蓮魔ヒバチに仲間として快く迎え入れてもらえるまでに要した時間だ。
そのヒバチが一発の銃弾に眉間を撃ち抜かれ……
即死。
「――創伍っ!」
「だ……誰だ! 誰がこんなことをっ!?」
シロの呼び掛けに応じ、創伍も咄嗟に両腕を構える。
だが……あまりにも早過ぎるヒバチの死を間近で見た彼は戦慄していた。
(破片者の奇襲なのか……? まさかこんな一瞬まで油断出来ないなんて……)
ここが現界でない以上、いつ何時誰が狙っているやも知れぬ。死にたくなければ戦えという創造世界の不文律なのだろう――覚悟を決めたとはいえ戦いにまだ不慣れな創伍は、震える手足を抓り、己に言い聞かせるしかなかった。
「よっしゃあ! ナーイスヒットぉ!!」
創伍の後ろで歓喜の声が響く。銃弾が飛んできた方角であり、目で追った先にはヒバチを狙撃したと思われる張本人――
「いや〜懐かしの再会っ! 相変わらずバカ丸出しのようだね。まさかこんな単純な不意打ちも避けられないなんてさぁ」
逃げも隠れもせず立っているのは、水色のショートヘアに蒼い瞳の女。首に巻いたマフラーから下は黒いビキニに、デニムのショートパンツとロングブーツという、露出の多い季節外れな服装をしていた。
「まぁその間抜けっぷりも引っ括めて惚れたんだけどねアタシは。それにしても危機感が無さすぎるっつーか……なんつーか」
「おい! お前っ!!」
「んー?」
そんな独り言を呟く女に、憤りを抑えられずに女の前へ立つ創伍。だが女は何をそんなに怒っているのかと目を丸くし、まるで罪の意識が無い。
それどころか女は、創伍よりもその隣に立っていたアイナの方に目が向いて――
「……あれ? そこに居るのはアイナちゃんじゃない!? もうこんなに大きくなってぇ!」
大はしゃぎで彼女に抱きついたのだ。
「お久しぶりですつららさん。相変わらずの御登場ですね」
「いやぁ〜あの泣き虫アイナちゃんがこんな大きくなって! 正式エージェントに昇進したと聞いた時は、お姉さんまた会うのを楽しみにしていたよー!」
「お陰様で。私としてはお祝い事とかでお会いしたいと思ってましたが……」
「まぁ起きちゃったからにゃ仕方ないっしょ。その分やるべきことはやるから安心しな」
「え? ……えぇ!?」
ヒバチを殺したにも関わらず、つららという女はアイナにハグをして再開を喜び合う。その異様な光景に今度は創伍が目を丸くしてしまった。
「な、何が何やら……」
「すると〜……最初は誰かと思ったけど、アイナちゃんが同行してるって事は、今回アタシとヒバチを呼び寄せた問題児がキミ達って訳だ!」
誰が味方で誰が敵なのかと混乱する創伍を他所に、今頃になってつららが状況を察する。
「お姉さん、だあれー?」
「アタシはつらら。W.Eの二枚看板を務める絶対零度の蒼壁――白蓮華 つららさ。雪と氷に覆われた氷結界出身のアーツだよ。よろしくねお嬢ちゃん――」
「馴れ馴れしくするな! ヒバチさんを殺しておいて!」
親しげに接してくるつららだが、創伍だけは彼女へまだ敵意を露わにしていた。
「……ん? ヒバチ?? あぁごめんごめん驚かせちゃったか。でも全然気にしなくていいよ」
だがそんなのをお構いなしに、つららはマイペースで話を進めていく。
「何が気にするなだ! 仲間殺されて、気にしない方が難しいぞ!?」
「大丈夫だって、平気平気っ。何せ――」
「――俺とつららちゃんは……愛の力によって死なねぇからさ!!」
創伍の背後で聞 こ え な い は ず の 声 がした。
「え、あ――わあああぁぁぁぁっ!! ヒバチさんが!?!?」
この世でない物を見たかのように、驚愕した創伍が腰を抜かしてしまう。
なんとつららに射殺されたはずのヒバチが、確かに己の足で立ち上がっているのだ。
「ぬぉわあああああああぁ〜〜!! 会いたかったよつららちゅわぁぁん!!」
そしてヒバチはつららの顔を見るや、猛スピードで走り出して彼女を盛大に抱きつこうとし……
「うるさい」
「ぎゃんっ!!」
眉間に二度目の弾丸を撃ち込まれ、そしてまたも起き上がるのであった。
「よっこいせ……いやぁ〜相変わらずの冷たさ。でもどんなつららちゃんも、俺は心から愛してるよん!」
「避けると思ってたのにまさか二発も命中なんて……少し勘が鈍くなったんじゃないのヒバチ?」
「仕方ねぇよ。ここんとこ火湧き肉躍るような闘いをしなかったからな。だがそんな退屈な日々も今日までだぜ」
死んでもまた蘇り、何事もなく日常的なやり取りを交わす二人。
「わ……わ……! な、なんで……ヒバチさんが……!?」
やはり創伍だけは、状況の理解に付いていけなかった。
「別にそんな驚くことでもねぇだろ。ただ死ぬのが下手くそなだけさ」
「勿体ぶるもんでもないでしょ。面倒だからいい加減教えたげなよ」
つららに言われ、ヒバチは額に撃ち込まれた弾丸を指でほじくり返す。すると開いていた弾痕が自然と埋まっていくではないか。
「傷口が……消えた……?」
「へへへへへ……ナイスなリアクションだったんでつい調子に乗っちまった。何を隠そう! 俺とつららちゃんは、二人とも不死身の肉体を持った無敵のスーパーヒーローって事さぁ!!」
ようやく種明かしされたヒバチの秘密は、死 な な い ということであった。
「不死身の……肉体……?」
「そ。矢とか鉄砲で頭撃たれても、毒ガス吸っても息を吹き返し、爆弾でバラバラにされても再生して生き返る。そして老衰が訪れない。『ほとんど不老不死』っていう能力を持たされて1 8 5 年 ほど生きてるんだよね」
「185年!?」
見た目に反した相当な長命ぶりに、創伍はまたも驚かされる。
「産みの親は、現界じゃ浮世絵師で有名な葛飾北斎さ。落書きから始まって設定まで練られたんだけどよ。当時の中二設定ものは庶民受けしなかったのか、そのままボツになっちまったからこの世でしか名が通ってないのさ。不死同士のラブストーリー、絶対ウケると思うんだけどなぁ」
にわかに信じ難いが、不老不死を証明されてしまっては疑い過ぎるのも無粋だろうと、流石はご都合主義な世界と納得する創伍。だがその一方で、彼の中で一つ引っ掛かる。
「でも……どうして"ほとんど"なんだ?」
「――それは、創造世界が都合の良すぎるアーツを生まないからよ」
創伍の質問に対し、アイナが言葉を挟んだ。
「もし創造世界のシステムをも超越するような能力者が出たら、世界をも壊しかねない。だから一長あって一短もある特徴が大前提。ヒバチは心臓が水に沈んだら死に、つららさんは心臓を燃やし溶かされたら死ぬってこと――だから"ほとんど"なのよ」
「な、なるほど……」
創造世界のルールを理解したことで、創伍は自分にも勝つチャンスがゼロではないことを知れた。無論、ほとんどだろうと不死身なんて敵に回したくはないが……。
「何はともあれ、創造世界は弱肉強食みたいなところがあるから、油断し過ぎないようにという教訓にはなったっしょ? でもアタシ達不死身のコンビが駆けつけたからには、世界の危機は楽々解決間違いなしだから、信用して?」
「改めてよろしくだぜ、真城創伍」
ヒバチとつららが片手を差し伸べ、握手を求める。一味二味違う人柄に戸惑うが、良き仲間としては接し易い――創伍もそれぞれ手を差し出し、両手で握手に応じた。
「あぁ……よろしく」
ただ――
「うわっ! 冷たっ……って、あちゃちゃちゃっ、アッチぃ!!」
「おぉこりゃあ失敬。つい体温調整を忘れていたわ」
「いっけね。手冷やしたまんまだった」
付き合い慣れるのには相当時間が掛かるだろうなと……つくづく痛感する創伍なのであった。
* * *