ヒバチとつららも加わり賑やかになった一行は、ブルータウンの簡単な観光も兼ねて本部へ向かっていく内に、街の郊外へ抜け出た。
そこで見たのは、夕陽に照らされた小麦色の砂浜と水平線。もう間もなく日が暮れ、夜が訪れようとしている。
「ほら二人とも。見えるでしょ? あの大きな塔がW.Eの本部よ」
アイナの指差す方向に視線を向けると、海上に高さ千メートル程の三又槍を彷彿させる三つの白い巨塔が聳え立つ。ブルータウンの数ヵ所から水上橋で繋がれたその塔の豪壮ぶりは、英雄達の正義感の強さを表現しているようでもあった。
「わぁ……おっきい!!」
「あの真ん中の塔の最上階で、私達を指揮する長官が待ってるわ。着いた時は二人とも礼儀正しくね。特にシロ」
「ハーイ! れーぎ正しくしまーす!」
「…………」
健気なシロと違い、創伍はただただ圧倒されていた。こんな巨大な連合機関をまとめる最高司令官だけあって、どんな人物なのかと緊張が止まらないのだ。
「創伍ー! 早く早くっ!」
「……おいおい。走って転ぶんじゃないぞー」
はしゃぐシロの姿が幾ばくの心の支えになり、それでも行かねばと足を進めるのであった。
……
…………
………………
――W.E本部
「創伍ー! この中すごく広くて綺麗だよ!」
「あぁもう……礼儀正しくって言われてからに」
本部へ辿り着くと、まずは広々としたエントランスホールに迎えられる。そこでも十人十色の姿形をしたアーツ達が行き交っていたが、街で見た異形のアーツと違って比較的人間の姿に近い者が多い。
「えっ……あれってまさか……」
中には見覚えのある漫画やアニメのキャラクターもおり、創伍の目はすっかりそっちへ行ってしまう。
「フフ、やっぱり珍しいわよね」
そんな彼を見てアイナがクスクスと笑う。
「……想像上のものが存在するって、実際考えるとすごいな」
「W.Eにはいくつも部隊があってね。原作ごとや能力が似た者同士で編成されて、各異界へ派遣される。この時間帯は丁度任務を終えての帰還ね。長い長い報告書を最後に提出すれば、ようやく一日の疲れを落とせるってワケ」
解説するアイナも疲れているようで息を漏らした。現にアイナの任務は創伍達を長官のもとまで案内することであり、まだ終わっていない。
「二人も歩き疲れたでしょうけど、あのエレベータに乗ったら長官室でご対面よ。もうちょっと頑張ってね。ヒバチとつららさんは、その後に入館申請を済ませてから部屋へ案内するわ」
「あぁ、行くぞシロ……って、おい! ウロチョロしてないで早く来なさいっての!」
「はぁ〜い!」
「いやー! 俺とつららちゃんは長旅だったかんな。早く風呂で汗流して、美味い酒でもいただきたいぜ」
「右に同じく。長官、話し出すと長いからねぇ」
セキュリティゲートを潜ってガラス張りのエレベーターに乗ると、ノンストップで100階の長官室前の広間へ到着。
最高司令が居るだけあって、広間は下のエントランスが殺風景と言っていい程の煌びやかさを放つ。床は赤い絨毯が敷き詰められ、壁や棚には高価そうな絵画や壺の数々。そして並び立つ騎士の甲冑の間には『長官室』とプレートが貼られた大きな扉が構える。
五人はその手前で立ち止まり、アイナが先に扉を二回ノックすると……
「――入りたまえ」
深く落ち着いた男性の声が扉越しに響き、アイナ達の入室を促す。
「失礼します――」
「…………っ」
しかし創伍だけは、その一声に凄まじい圧迫感 を感じた。
まるで何者も通さない壁を具現化させたような存在――その者の威厳や強大さを素人ながらも感じ取れてしまい、今にも押し潰されそうだった。
(落ち着け……相手は敵じゃないんだ。取って食われたりはしない……)
部屋へ入るアイナ達に続き、創伍もいよいよ覚悟を決め、W.Eの長官と相見える。
* * *
「し……失礼しますっ」
「しまーす!」
一言添えて入った長官室は、左右に本棚、中央には書斎机と、海やブルータウンが一望出来るというガラス張りの壁というシンプルな部屋であった。
「ジャスティ長官、アイナ・トリシエル――ただいま戻りました」
「へへっ、お久しぶりっす長官!」
「ちょりーっす♩」
敬礼するアイナ達の前には、W.Eの長官が向かい合うような形で椅子に座している。
「ご苦労だったねアイナ君。無事で何よりだ。ヒバチ君とつらら君も遠路遥々よく来てくれた」
ジャスティは、褐色の肌と白髪という異国風の整った顔立ちで、深緑の軍帽を深々と被り、屈強そうな体躯を軍服に包ませた大柄な男であった。
「そしてキミが……真城 創伍君だね?」
「は、はいっ」
物腰柔らかそうな口調ながら、組織のトップとしての威厳もある彼に対し、創伍も負けじと意気込みの一つでも宣言しようとした……その時だ。
「よくぞ来た創造世界へっ! 私が――W.E本部最高司令長官を務める、ジャスティ・スティールウォールであーるっ!!」
ジャスティはいきなり机を叩いて立ち上がり、眉間に皺を寄せて叫び出したのだ。
「……っ!!」
「わわわわっ……!」
打って変わった声色と迫真の自己紹介に、創伍だけでなくシロまでも全身総毛立ってしまう。
誰も予期してなかったのか、突然の出来事に場の空気も凍ってしまった。
「……長官。無理にキャラを変える必要は無いと思います」
「あっ、滑ったかね? じゃあいつも通りでいいか」
アイナが小声でツッコミを入れると、強面だった長官の顔が一気に緩む。そして本調子に戻ると、笑いながら創伍の前へ近寄ってきた。
「ハッハッハッハ! いやーっ、すまんすまん! よく来たねぇ!!」
「のわっ!?」
いざ目の前にすると、ジャスティは身の丈三、四メートルに及ぶ巨体の持ち主であった。立ちはだかる絶壁を見上げるかのようで、創伍達は開いた口が塞がらない。
「おや……固まってしまったかな? 試しにいつもと違うキャラで自己紹介をしてみようと思ったんだが……ともかく会いたかったよ!」
「むぐっ――!?」
そんな創伍に、長官は何を思ったのか全身からハグし始めたのだ。
「いやはや最後に見た時よりも逞しい顔になったなぁ! 実に喜ばしいことだ!」
暑苦しい軍服に加え、両腕に抱きしめられたまま顔が全身に埋もれ、ろくに息ができない。
「んん……!んっ……!!ん……おっ」
「どうかしたかな? まさか私のことを覚えているのかね?」
(ヤバい。もう息ができない。死ぬっ――)
「おじさん! 創伍が苦しがっているよっ!」
「はっ、これはいかん!」
長官が慌てて腕を放したことでようやく解放される創伍。やっと肺に空気が入り込み、深呼吸を余儀なくされる。
「げっほっ、ぜぇーっはぁあぁぁぁぁ……! はぁっ……はぁっ……!! あんた……俺を殺す気かっ!?」
「本当にすまない! つい嬉しくなって悪い癖が出てしまった。嬉しくなるとついハグをしてしまうんだよ……ハハハハ」
「だったら最初から普通に挨拶してくださいよ……」
コホンと息を整えると、長官は再び椅子に腰を掛け、顎を引き締めてから話を戻す。
「ご無礼、誠に申し訳ない――真城君。私がワールド・アイズ本部最高司令長官のジャスティ・スティールウォールだ」
「…………」
「此度は様々な因果が巡って起きてしまった異品による叛乱――キミの使命は勿論ながら、我々もW.Eの名にかけて、この私と双璧のヒバチ、つらら、そしてアイナ君と、今は留守にしているが守凱君とでチームを結成し、二人をサポートさせていただく。長い付き合いになるかもしれんが、どうかよろしく頼む」
最初からそう切り出しておけよと思う創伍だが、真剣な顔で頼まれてはこれ以上文句の言いようが無い。それに長官の印象が当初イメージしていたものと良い意味で違ったことで緊張が解れたため、全て良しということにした。
「んまぁ……いいっす。こちらこそよろしくお願いします」
「そう固くならなくていい。近いうちに歓迎パーティもしようと思ってるのでな! ハハハハハッ」
「は、ハハ……どうも」
これで役者は揃った。これより創伍とシロはW.Eの英雄達と協力を得て、現界を襲わんとする脅威に立ち向かう――
「——ちょっと待ちなよ長官さんっ!!」
そう思った束の間、何処からか割り込む抗議の声。
「歓迎パーティをするなら、ちゃんと私の席も用意してくれるんだよねぇー?」
「ん……? おぉ、キミか! すまんすまん!真城君との対面に感動している内にすっかり忘れていたよ」
天井からだ。今のやり取りをずっと天井から眺めている者がいた。
「美影 乱狐 君――」
全員の視線が天井へ向くと、腕を組みながら足をつけて逆さまに立つ少女が、ヒラリと身を回転させて書斎机の前に降りる。
腰にまで伸びた黒髪。赤い和服を可能な限り取り除き、下半身や胸の谷間を惜しげもなく晒す妖艶な衣装。その瑞々しい素肌もそうだが、何より特徴的なのは頭と腰に生えた狐 の 耳 と 尻 尾 だ。
「——忘れてた!? こっちは折角皆を驚かそうと天井でスタンバってたのに出るに出れなくて登場シーンが台無しだよ! 私だってこの特A級の任務に呼ばれた歓迎されるべきメンバーじゃないの!?」
「だからすまないって……。諸君、彼女は一足先に着いていた美影 乱狐君で、この特別チームの一人として私が選抜した実力者だ。仲良くしてやってくれ」
「……コンコン。美影 乱狐——18歳! 出生は『乱狐忍法帖 』! どうぞみなさんよろしくっ!!」
息をついて改めて自己紹介する乱狐。そんな彼女をまずは品定めするように食いついたのはヒバチだ。
「うぉぉ~!! ナイスバディ~~な可愛い子ちゃんじゃねぇか……ぎゃはぁっ!!」
「鼻の下伸ばしてんじゃないよ」
そこにつららがテンポよく彼の頭を氷塊で叩き割る。
「創伍だ。乱狐忍法帖といや、読み切り作品でも独特なキャラで高評価だったよな。知っている作品のアーツが居ると心強いよ」
「うんうん、心強かろうよ♪ この中で誰よりも強い自信があるからね!」
創伍と乱狐が握手する一方で――
「このお姉ちゃん、お胸も尻尾もフカフカだぁ♪」
「やめなさいシロ!!」
「いや〜人気者は辛いなぁ!」
シロは軽いスキンシップを図り、顔を真っ赤にしたアイナに怒鳴られる……。
室内に沸き起こる笑い声。釣られて笑ってしまった創伍は心の内で呟いた。
(……こんなに笑ったのは初めてかもしれない)
現界で過ごしてきた不鮮明な日々を思い出す。比べてはいけないかもしれないが、創伍はこの世界に少しばかり魅力を感じてしまった。
自分が自分で居られる場所――という魅力にだ。
……
…………
………………
「さぁ諸君、明日からは忙しくなるぞ。是非己の力を、自分の信じる正義の為に活かして欲しい――」
創伍とシロ以外のメンバーが一斉に了解と発し、締め括られる。
道化の英雄はこれより、選りすぐりの英雄女傑と共に、自らの使命を果たすこととなる。
そして……彼らが集結するのを待ち伏せていたかのように――
『ジャスティ長官! 緊急事態発生です!!』
また新たな戦いが始まろうとしていた。
長官が右腕に付けた腕時計に目をやると、無線機代わりになっているその時計から隊員の声が響く。
「むっ……何事かね!?」
『現界にてアーツ二体の反応を確認! 二人の人間を襲っていると現場からの連絡が!』
「謎のアーツが二体……とにかくどの人間か、監視映像を見せてくれ」
『承知しました!』
ガラス張りの壁にスクリーンが掛かる。映写機もなしに、現界での映像が一瞬で映し出されたのだ。
「おうおう。来て早々任務ですかい? こりゃ休む暇なしだな」
「あぁ~もう! 折角お土産のお酒で一杯って時にぃ!!」
「来た来たー! この美影乱狐の出番だねぇ!」
そこに映っていたのは……。
「創伍……あれってさっきの……」
「…………刑事さん?」
真坂部 健司——つい今し方、此処へ来る前に創伍と会っていた刑事だ。その刑事が今、アーツに襲われていた。
* * *