「シロ……!良かった……また会えた……!!」
再びシロに会えたことに、感極まる創伍。
偶然ではない。道化師としての宿命が、二人を巡り会わせたのだ。
「ありがとう創伍。きっと来るって信じていたよ」
「ごめん……。俺、頑張ったつもりなんだけど……何も出来なくて……」
「大丈夫。私がいるから、もう怖がらないで――」
喜び合う二人を他所に、マンティスはシロの出現に驚きを隠せなかった。
「ワイルド・ジョーカー……! 貴様、守凱達ニ追ワレテイナガラ、今更ココヘ何シニ来タ!?」
「ダメだよ、ヒュー・マンティス。創伍は英雄になる存在。キミなんかに殺されるような器じゃない」
「貴様……何ガ言イタイ!? マサカ……コノ真城ト『主従ノ契約』ヲ交ワス気カッ!!」
「うん♪ 私の血を創伍にあげるんだ。少なくともキミには主 になる器が無いから、そんなに驚かれても困るけど」
「フ……フザケルナァァァァッ!!」
シロの挑発めいた発言よりも、彼女の意向に対してマンティスは強い怒りを表す。
「『未知』ト『無限大』トイウ絶大ナ能力ヲ秘メタ貴様ノ血ヲ得ルタメニ、今日マデドレホドノ苦労ヲ費ヤシタト思ッテイル!! オ前ヲ圧倒シタ俺ヨリモ……コノガキヲ選ブトイウノカ!?」
「私にとっての英雄は、生まれた時からただ一人……創伍なんだ。だから創伍は、キミなんかに負けもしない」
「ホウ…………ダッタラ試シテミルカアアアアァァァァ!?」
殺せるものなら殺してみろという裏返しが、手を止めていたマンティスに拍車をかける。
対する創伍は、振り翳された刃を前に切り抜ける術も思い浮かんでいない。
「し、シロ?! 負けないったって、俺はどうすりゃいいんだ!?」
「大丈夫だよ――創伍は死なないから♪」
「その自信はどっから来てるんだああぁぁっ!?!?」
「死ィネヤラァアァァァッ!!」
創伍の危機にシロは動じない。何故なら動かずとも創伍は助かると知っていたからだ。
「――ェゴォォオ!?」
絶妙なタイミングでマンティスの顔に強烈な飛び蹴りが直撃。弾丸以上の速さで叩き込まれたその威力は、マンティスを出店のショーウィンドウに突っ込ませる。俊敏さを備えたマンティスですら回避できなかった一撃――それは敵 の 敵 によるものであった。
「ワイルド・ジョーカー、俺がマンティスを阻むと知ってて動かなかったのか?」
「何のこと? 私知らないよー」
「可愛げのない……」
「守凱! ワイルド・ジョーカーは!?」
守凱とアイナの二人組だ。彼らも二人を保護しなくてはならないため、マンティスの手を阻みに来たのだ。
「アイナ……どうやら真城の奴、キミの記憶抹消の術を破ったようだぞ。後片付けを見落としたな」
「そんな! ご、ごめんなさい――」
「過ぎた事はもういい。キミはワイルド・ジョーカーを拘束してから真城を治療し、また記憶を消してくれ。あの害虫は俺が相手する」
「分かったわ」
そう言って守凱はマンティスの元へと向かい、アイナは懐から一枚のカードを取り出して印を結び始める。
「嫌だよ。私は絶対に捕まるつもりはない」
「あなたがどう言おうと、これは私達と創伍の為にやらなければいけないことなの」
「他の道がきっと有るはずだよ。今のあなたも、きっとそれを望んでいる」
「…………」
シロが語り掛ける言葉に戸惑いながら、アイナは印を結び詠唱を開始するのであった。
「――吊るされし者よ。樹木に囲まれ、儀礼として縛られた汝の苦しみを解いて差し上げたい」
その詠唱は誰かの苦しみを和らいであげたいという献身。縛り上げられたその苦痛から霊魂を解放することで、唱えることが許される。
「故に私の望みを、貴方も望んで欲しい。その呪縛を力に変えて、彼の者に拘束を与えたまへ」
霊魂は望んで吊るされており、受け入れてもいる。しかし解放されるならば、術者の望みを叶えなくてはならない。それは術者の敵に対して、苦痛を共有させるというものだ。そしてその願いは受け入れられ、アイナが翳したカードから、結界の輪が幾重にも浮き出てくる。
「アップライト・ハングドマン――抑制!」
その輪は謂わば他者を捕らえる錠となり、シロを目掛けて飛来してきた。
「どうしてもその道を渡るんだね……」
シロはそれ以上諭すのを諦め、創伍を巻き込まないようビルの屋上へと跳躍し、結界の輪を容易く回避していく。捕らえ損ねた輪は電柱やビルの壁を砕き、容赦なくシロを捕縛せんと絶えず襲い掛かる。
「やめろ!……やめてくれ! アイナぁ!」
「……ごめんなさい。後はあなた次第と言ったけれど、やっぱりあなたが苦しむような道を歩ませたくはない」
アイナを止めたくても、重傷の創伍はただ叫ぶことしか出来ない。その彼の悲痛な叫びも、シロを捕らえ損ねた結界が砕ける音により掻き消されるのであった。
* * *
一方、守凱は閑散とした暗い出店の中で無様に蠢くマンティスと向かい合う。
「ゲェェファ……! ゴアァフ……!」
「立て、マンティス」
「守凱……時勢ガ読メテイナイゾ……! 元々貴様ハ、コ チ ラ 側 ダロウ! 今コソ人間達ヲ皆殺シニスル好機ナンダゾ!?」
細い足を床につけて立ち上がったマンティスは、自らの理を通さんとする。
「何故人間ヲ守ル? 俺達ヲ創造世界トイウ肥溜メニ産ミ落トシ、タダノウノウト生キルダケシカ能ノ無イ虫ケラ共ニ、ソレホドノ価値ガアルノカ!?」
「………………」
「無イカラコソ、道化ハ予言ノ日ヲ選ンデ現レタンダロ! アイツコソ『オ ー ギ ュ ス ト 』ノ再来! 今コソ全世界ガ混沌ニ塗リ替エラレ、ヨウヤク俺達ノ理想郷ヲ創ルコトガデキルノダ!!」
彼らが住む創造世界は、人間の想像力によって営まれる裏世界。人間が存在する限り生命は生まれ続けるため、己こそが最強と自負する一部の作品達には、いつか自らの脅威になりうる存在が現れることを恐れているのだ。
しかし、同じ世界に住まう守凱にとっては関係のないことだった。
「下らないな。たかが落書きに触発された貴様らが、時勢だのどうだのと……面白いことを言う」
「ナ、何ダト!?」
「俺は自分の意思で人間を守るつもりはない。ただお前達と、お前達を突き動かしている元 凶 を――潰すだけだ」
「ググググッ……!!」
相容れない――殺すべき敵であると認識したマンティスは、迷うことなく武器を繰り出す。両手首から飛び出したのは、一メートル程の仕込み刀。血に濡れながらも銀色に光る刃は、ある意味蟷螂の習性を体現している。
「シィッ――!」
マンティスが縦横無尽の剣戟 を振るう。常人ではまず回避できないその強襲を、守凱は長い髪一本すら切らせず蝶の如く舞ってかわしていき、隙を見つけ出す。
「はぁっ――!」
「グフッ?!」
その僅かな隙の間で構えて放つは、闘気と力を右手に集約させて鳩尾に放つ渾身の掌打。物理法則を無視したその一撃により、マンティスの全身には振動と衝撃が与えられ、いくつものビルの壁を貫いて遥か彼方へと打ち飛ばす。
「……お前の言う通り世界は大きく変わるだろう。だが世界がどう変わっていこうと、お前達の理想郷が創られる時など永遠に訪れはしない」
守凱は、電気街から消え去ったマンティスに言葉を残し、その場を後にした。
* * *