一方で、手品紛いの戦法でマンティスを翻弄する創伍の姿を、負傷したアイナと守凱は見届けることしかできなかった。
「ついに、道化師同士が繋がったか……」
守凱が深い溜息を吐く。
「守凱、ごめんなさい。私が素早く動けなかったから……」
「気にするな……どの道、こっちの手中に入るか、彼の手に渡るかのどちらかしかなかったんだ。こうなってしまった以上、素直に認めるしかないだろう。仲間達に会わせる顔がないがな……」
「長官にはどう報告を?」
「向こうから出向かせる、とでも伝えておくさ……」
息を切らしながら話す守凱だが、マンティスの仕込み刀により脇腹を切られ、手で抑えても出血が止まらない。脚を切られたアイナは、回復術で自分の応急処置は出来たのだが……。
「守凱の傷を治す魔力が足りない……アップライト・プリーステスでもままならないなんて、このままじゃ……!」
「ぐっ――!」
「守凱っ!」
「大丈夫だっ、このくらい……」
救護班を呼ぼうにも、今からでは遅すぎて出血多量で死に至るかもしれない。どうしたらいいのかと途方に暮れていた。
そんな中――
「大丈夫か!?」
創伍が、二人の元へと駆け寄ってきたのだ。
「真城 創伍……」
「何しに来たの……?」
守凱が睨みを強くし、拒絶の意を表す。
「シロ、この右手で二人の傷を治せるか?」
「なっ……!?」
数時間前、シロ目当てに奇襲したことを差し置いて、創伍は二人の傷を治すと言い出したのだ。
「治すことはできるけど、私達を襲った人を助けるなんて……」
創伍の右肩に留まるシロが不満そうな顔を浮かべる。二人は何も言い返せないが、アイナにとってこの場は猫の手も借りたい事態なのも事実。
「そうかもしれないけどよ、さっきは俺達を遠回しに助けてくれたろ? それに……俺にはそこまで悪い奴にも見えないんだ」
「………うん、創伍が言うなら……いいよ。その人の傷口に手を当てて、治したいと願い続けて」
「ありがとなっ、シロ」
シロの了解を得た創伍は、ゆっくりと守凱の傷口に赤い右手を当てて眼を瞑る。
守凱は不服そうな顔を浮かべるが、払いのけたりはしなかった。
「余計な世話を……」
「したくてしてるんじゃない。こういう性分なんだ」
創伍の赤い手はみるみる光を増し、十秒もしない内に傷口から流れ落ちた血が元へ戻っていく。手を離した時には、負傷したのかと思う程に傷口が綺麗に消え、守凱を完治させた。続けて応急処置をしていたアイナの脚の傷も完治させたのだ。
「………………」
「あ、ありがとう……」
俯いて黙る守凱とは真逆に、窮地を救われたアイナは創伍に感謝するしかなかった。
「気にしないでくれ。とりあえず、ここからは俺達の邪魔しないで安静にしといてな!」
創伍は満更でもない顔をしながら、再び戦場へと戻っていく。
「道化の英雄……似合って見えるのは、やはり何とも嘆かわしいな」
「どうしようもなくお人好しなんだから……」
その後ろ姿が僅かながら一人前に見えたのは、気のせいではなかった。
* * *
「創伍って、本当に優しいね!」
「ごめん。迷惑だったか?」
「ううん、全然! だってそこが創伍のイイところだもんっ!」
「……そう言われるのは初めてだな」
シロは不本意だったかもしれないが、やはり創伍は困っている人を見捨てずにいられなかった。そんな彼のお人好しを尊重したシロが協力したことで、今の創伍にもう心残りはない。
再び地獄へ舞い戻ると、ようやく触手地獄から抜け出たマンティスが怒りに震えていた。
「オノレェェ……オノレオノレオノレェェェエエエ!!」
「あーあ、まだ懲りないみたい」
「文字通り蟷螂の斧ってか……」
「創伍、そろそろフィナーレといこうよ!」
「フィナーレ? どうするんだ??」
「これから私の言った通りにして。まずはね……」
シロが創伍に耳打ちをする。遂にパレードを終盤へと導き、二人でマンティスを仕留めるのだ。
「さぁ皆様!! 名残惜しいですが、いよいよクライマックスです! 最後のとっておきの手品は、モニター中継にてお見せします!!」
「死イイィィィネヤラァアアァッ!!」
またもシロが指を鳴らすと、電気街のビルのモニターに創伍達が映る。だがそんな事に目もくれず、マンティスは怒りに身を任せて先制を取らんと突貫。飛んで火に入る何とやらだ。
「創伍――まずは拳銃を!」
「あぁ!」
まずはマンティスに殺された警官の物と思われる拳銃を拾う。それを拾った創伍はシロの指示通りの想像をし、真っ向から走って来たマンティスに向けて拳銃を発砲。
パチュンッ――
「グッ!?」
普通の拳銃とは違う発砲音にマンティスが咄嗟に目を瞑る。創伍が撃ったのは塗料が飛び散る着色弾で、たちまちマンティスを目立ちやすいピンク色に染め上げた。
「コ、コレハ……一体…………! ソレニ真城ハ…………ッ!?」
「やーい、マンティス! こっちだこっち!!」
「あっかんべー! こっちだよぉ!!」
誘うように挑発しながら創伍達が向かったのは、電器店だ。何か仕掛けるつもりと知りながら、ここでマンティスが躊躇するはずもない。
「逃ガスカァァァッ!!」
ブレーカーを落とされた真っ暗闇の店内に生存者はいない。床に転がるのは、数々の死体。創伍は恐怖に耐えながらも、勇気を振り絞り、そして彼らの無念を果たすためにもシロの指示通りに行動を取る。
「クソッ……! 何処ニ隠レタ!? 出テキヤガレエエェ!!」
足音を辿り、家電・電子機器コーナーにマンティスが到着する。最新のテレビやパソコンが並ぶこの階の通路に、立っているのはマンティスのみ。
「創伍……今だよっ」
一方創伍達は、息を殺しながらレジカウンターの裏側に潜んでいた。シロの合図でノートパソコンに触れ、また言われた通りの想像をする。
今度は、かなりトリッキーだ。
『やぁ、ヒュー・マンティス。襲われる側に立つ気分はどんなものかな?』
「ッ!!?」
電気は止まっているのに、創伍の右手がパソコンに触れただけで、シロの声が店内放送用のスピーカーを通して響き渡る。マンティスは警戒をして武器を構えるが、店内中のスピーカーから声が響いて彼らの気配は掴めない。
『君は今、すごく怖がっているね? 起きるはずないと思っていた展開になってしまい、これから何が起きるのか、道化師の手の内なんて読めるはずがないもん。そうでしょう?』
「黙レッ! 貴様コソ、コノ暗闇ノ中デハ不利ダロウガッ!!」
確かに、暗闇で気配だけを頼りに闘うのはあまりに現実的ではない。
――だから、創伍達は用意をしていたのだ。
「うらぁ!!」
「ギッ!?」
創伍の蹴りが、簡単且つ正確に命中してマンティスを吹っ飛ばす。答えは簡単――着色塗料を放つ寸前、蛍 光 作 用 が あ る 塗 料 として想像していたのだ。それにどうやらマンティスは、人間に擬態している時と比べると、視力が低下しているのか、そのことにまだ気付いていない。
『あれあれ~? どうしたのヒュー・マンティス。バナナの皮でも踏んだ?』
創伍の足音はシロが大声を出すことでスピーカーに掻き消され、完全に暗闇へ溶け込むことが可能となる。後はこれを四、五回繰り返すことで塗料塗れのマンティスを、フロアでのたうち回せた。
「グググッ……ガアアァァァッ……!! 殺ス……! ブッ殺スッ!!」
そうこうしている内に、フィナーレの準備が整った。
『『『『ホラホラホラ♪ 私はここだよ。頑張れ頑張れ!』』』』
「――何ッ!?」
なんと店内に並ぶパソコンやテレビ、タブレットやスマートフォンのデモ機に次々と電源が点き、暗闇をディスプレイの光が一斉に照らす。いくつもの白背景の画面の中にシロが映っており、マンティスを挑発し始めた。
『この中のどれかに本物の私が居るよ! 見事当てたら、豪 華 な景品が待ってまーす!』
「クッソォォォォッ、チョコザイナアァアアアアッ!!」
『ここだよー!』
『ベロベロバ~!』
『こっちだってば!』
『鬼さんこちら♪ 手のなる方へ♪』
「ダッタラ……虱潰 シニ斬ルマデダアアアアアァァッ!!」
対するマンティスは大胆な行動に出た。手の鉤爪で並んでいた電子機器を全て切り裂き始めたのだ。高価なノートパソコンや、頑丈そうなスマートフォンなども草木の様に斬り落とされ、その断面からは火花が飛び散る。
創伍達は――こ れ を待っていた。
「……ンナッ!?」
想像した着色塗料には、蛍光作用を付けただけじゃない。引 火 作 用 も付け足していた。機械から飛び散った火花が塗料に付着すると、床に垂れた箇所から引火して確実にマンティスを追い詰め、炎で攻め立てる――
「ギィアァアアアッッ!! 熱イ! 熱イイィィッ!!」
『アハハハハッ、残念! ハズレには業 火 な景品……なぁんてね♪』
炎に纏われ苦しむマンティスを、いくつものシロが嘲笑う。
『それじゃあ、答え合わせだね!』
「ゲヘッ……ハァ……アッ……!?」
斬られずに済んだ電子機器の画面が次々と暗転し始める。そしてフロアの中央——テレビコーナーに置いてある4Kテレビ一台だけの画面が残った。その中のシロが本物だった。
『私は――ここだよ!』
シロは、ちょうど目の前に立つマンティスに向けて何をする気か、画面の中で右手をグーにして突き出した。
『これは今朝のお返し!』
「ヅアガ……ッ!? アアアァァァアッ——!!!」
すると、またしても珍妙な光景が創伍の眼前を過ぎる。シロがテレビの中で突き出した右手は、たちまち画面越しに巨大な拳となって飛び出し、マンティスの体を、歯を、骨を砕く。そしてそのまま壁を突き抜け、再び地獄の電気街へと叩き落とした。
「……すっげぇ」
「さぁ、創伍。戻ろう!」
気付けばしれっとテレビの中から抜け出ており、まるで遊び尽くしてご満悦な子供のよう。一風変わった闘い方には言葉も出ず、守凱やアイナがシロを厄介者呼ばわりするのも、これが所以なのかもしれないと感じる創伍なのであった。
* * *