あの日——電気街での死闘後、月詠乃 守凱 はアイナと別れ、自分の仕事に取り掛かっていた。
4月19日 AM5:30 東京駅前
惨劇の夜明け――既に薄暗い無人の東京駅前は、絵に描いたような世紀末の如き光景だった。ビルが燃え尽き倒壊した襲撃の爪痕と、路上に転がる死体の山―—守凱はその惨状の上を歩いても何の感情も抱かず、真っ直ぐ駅前の公衆電話ボックスの中に入る。
「………………」
狭い空間でようやく一息吐く彼にのしかかるのは、疲弊よりも遺憾。先の任務、道化同士が契りを交わすか否かの二つに一つ。結果は悪い方に傾いた。
どちらの道を渡ろうと、機関は後の方針を決めていたとはいえ……。
「くっ……」
守凱には到底受け入れられない。人間を創造世界の下で保護するなど異例中の異例だ。かと言って覆すことも、彼らを野放しにも出来ない。不本意だが、彼は受話器を手に取って事の顛末を報告するしかなかった。
打ち込まれる二百桁に及ぶ番号は、この現実世界を隔てて創造世界へ電話をするに必要なダイヤル。慣れた手つきで打ち終わると、二、三のコーリングで電話が繋がった。
『私だ――』
「長官……月詠乃です」
『おぉ守凱君。二人とも無事だったかね?』
「えぇ……我々は大事ありません」
『そうか。それは何よりだ……』
低い声で大らかに話す男は、守凱の上司。任務よりもまずは隊員――無事に安否が判って肩の力が抜けた様を、守凱は受話器越しに容易に想像できた。
「長官、それよりご報告を――」
『うむ。その様子だと仕損じたな。それと道化に借りも出来てしまったようだ』
「っ……」
しかしその大らかさとは真逆に、守凱の声を聞いただけで長官は事態を全て把握した。その洞察力も、彼やアイナを従えている所以であろう。
「全ての責任は俺にあります。いかなる厳罰もお受けします」
『何を言う。未知なる存在を相手にしていたのだ。何が起きてもおかしくなかったのだから、私が君を罰する理由は何処にもないよ』
「……申し訳ありません」
『だが元 々 監 視 し て い た 真城君が創造世界 に来るのは、何とも因果なものだね。歴史上最大の禁忌を犯した気分だよ』
長官の言葉が皮肉となって守凱に突き刺さる。もはや看過できない事態に陥っているのだ。
『しかし現界 に限ったことではない。やはりそれぞれの異界でも反乱が同時に起きており、隊員達が殆ど出動してるがために本部 は私くらいしか守れぬのだ』
「やはり……ダーツ共の反乱は真城が原因とは限らないようですね」
現界とは、われわれ人間が住むこの世界――人間界のことである。そして創造世界には枝分かれしたあらゆる異世界が存在し、それぞれの世界でも現界と同じような反乱が起きているのだ。
『まぁ一因であることは間違いないがね。だから事前に手は打っておいた。連合機関の中でも選りすぐりの英雄を三人――私なりに選出し、キミの部隊の助力になるよう招集を掛けておいたよ』
「またあの作品の二人ですか……」
『定番の、だよ。さらにネット上で注目を浴びていたルーキーを加えて3人だ。彼らとキミとアイナ君、そして真城君次第で計6人とで、現界の「真城創伍の破片者 」の鎮圧を任せる。なんとか彼らをまとめてほしい』
「……わかりました。道化は明日、アイナが連れて来ることになってます。それまでに俺はヤツらの隠れ蓑を探します」
『うむ。頼んだよ』
現界という一つの世界をまるまる任されても、守凱は悠揚迫らぬ態度で受け入れ、早速次の任務へ向かおうとする。
「それでは……失礼します」
『あぁ、そうだ。一つ言っておきたい』
しかし電話を切ろうとした瞬間、長官の一言で手を止められた。
「何でしょう」
『君のことだから大丈夫だろうが、これは全世界を巻き込んだ大事件だ。あの少女は自らを道化と自称しているだけで、彼女が全ての元凶 と言う確証はない』
「………………」
『君の大 事 な 人 を殺したのが彼女とは言い切れない以上、くれぐれも私情を持ち込まないようにな』
「――言われるまでもありません」
守凱は電話を切り、そのまま電話ボックスを後にした。
そして彼は、彼だけの任務に戻るのであった。
* * *