氷結界・白夜山
幾億にも枝分かれした創造世界の一つたる氷結界。大地は雪に覆われ、海は氷河が常なる零下の世界。
其処に住まう者達は、極寒の寒さに耐えられるように出来ている。属性や能力に応じて分配して産み落とすのも創造世界のシステムだからだ。
『ニュースの後は、本日の星占い! 全異界共通のこの占いで、今日も一日頑張りましょう!』
「……………………」
その白夜山には一面銀世界の湖がある。その畔で、一人の女がビーチチェアに腰掛けていた。
白蓮華つらら――澄んだ蒼色の瞳と、水色のショートヘアー。首に巻かれた白いマフラーより下は、白い柔肌にデニムのショートパンツと黒ビキニのみ。彼女にとって丁度良いくらいの服装で、つららは『放送界』という別の異世界からのラジオ番組を聴きながら、アイスキャンディとスコッチを手に寛いでいる。
『ごめんなさーい。今日も最下位は乙女座のあなた。やることが見つからず、充実しない一日に! でも希望を捨てずに生きてくださいっ!!』
「……知ってた」
しかし彼女は今の生活を倦んでいる。
「あ〜あ……ホント退屈。退屈過ぎて死にたい。もういっそこのまま泥酔して死ねないかなぁホント」
この白夜山は、氷結界の住人ですら滅多に足を踏み入れない。つららが下山でもしない限り、彼女は常に一人なのだ。この世界に生を受けてから、ずっと此処で生活をしている。
「或いはアタシより強い男が、激しく……熱く……あぁそれこそ野獣の様に喰い殺してくれれば……なーんてね」
無論、登山してくる者が居ない訳でもない。この山には『生きた秘宝』が眠るという逸話が存在する。それを追い求め、夢想者が他の異界から来訪することもごく稀にある。
「……退屈過ぎて変なこと考えたらイライラしてきた。旅行にでも行こっかな……」
だが宝を手にして帰った者は一人もいない。何故なら、つららがその秘宝そのものだからだ。現在も湖の周りには、彼女に氷漬けにされた者達の、浪漫を追い求めし姿がそのまま時間を止められている……。
「巷じゃあ何やら物騒な事件が起きてるらしいけど、お呼ばれがないんじゃ大したことないだろうしなぁ……」
故につららは独りで、満たされない。そんな生活を凡そ200年も続けてきたのだから……。
だがしかし――
『……番組の途中ですが、緊急放送です。創造世界英雄連合機関の「World.Eyes」より、招集指令をお送りします』
「はっ――?!」
ラジオの番組が急遽変更され、放送元の名称に耳を疑った。それは世界バランスの維持と平和の為に、創造世界での英雄と呼ばれる者達が結成した、世界を監視する機関からだ。つららが食い入るように聴くのは、普段ではこの様な放送をされること自体、何十年振りの異例な事態だからである。
『――氷結界出身、絶対零度の蒼壁こと白蓮華つらら。この放送を聞き次第、大至急本部へ参じること。繰り返す――』
「はっ? えっ、あっ、えぇ……??」
唐突な指名に気持ちの整理が付かず、様々な感情が沸き起こる。つららが招集される――それはつまり自分よりも前線に出ている英雄達では御し切れそうにない、世界規模の危機が訪れているということ。
「まさか巷での事件って……」
そう、人類の想像力によって生まれた作品達の人類への総攻撃――機関は次なる攻撃に備え、多くの死線を越えた実力者を集めようとしているのだ。
「……はぁ、二十年ぶりかな呼ばれたのは。こりゃ相当ヤバそうだ」
最早旅行どころではない。しかし今のつららにとっては、むしろ朗報であった。
「でもアタシが呼ばれるってことは、当然アイツもやってくるってことか……」
久しい仲間達、そしてまだ見ぬ新たな敵と相見えることに血が騒ぐ。
だがつららが最も嬉しいのは、自分が招集されるということは、ある人物も必然的に招集される事だ。
その人物とは、嘗て生きた秘宝と呼ばれた自分を惚れさせ、この山から生きて帰ったたった一人の男――その男と運命の出会いを交わしたからこそ、今日まで200年、彼女は生きてこれたと言っても過言ではない。
「だったらこうしちゃいられないっ!!」
すぐに下山をしようと、氷使いの能力者であるつららは自分の体を雪の様に溶け崩す。そして吹雪く風にその身を乗せて、白夜山を後にした。
「待ってなよ! マイダーリン!!」
白蓮華つらら―—彼女はこの氷結界最強の殆ど不老不死の女傑である。
* * *