4月20日 AM10:03 学生寮 居間
昨日の織芽のキ◯肉バスターを受け、当たりどころが悪かった創伍はあのまま気絶してしまった。
しかし目が覚めても、彼の悪夢が終わることはなかった。
「さぁて、ソウちゃん。今日はちゃーんと白状してもらいますよ」
「あのさ……もう少し怪我人を労ろうと思わないわけ?」
俗に言う修羅場――幼い少女との密会現場を押さえられた創伍は、どこから用意したか分からない鋭角の台座に座らされ、石抱きを強いられている。シロも彼の隣でちょこんと正座させられ、織芽のお説教を受けていた。
「やかましいっ!! ちょっと小さな女の子に声掛けるだけで警察沙汰にされるこのご時世は世知辛いけども! 家に連れ込んだらもう負けよ負け! 男として最低っ!! ライン考えて!!」
「おい言い方言い方! これにはちゃんと理由 があるんだって!」
「ほう! じゃあ言ったんさい! この小さくて可愛らしいお嬢さんを、一体何処から攫って来たのか! 言ったんさいっ!!」
説明することは簡単だ。部室棟で血塗れの彼女に出会った後、教員に襲われて両腕を斬り落とされたから彼女と契約をし、人々を脅かす創作物と闘うことになりました――と、言っても信じてもらえるわけがない。織芽を巻き込みたくない創伍であったが、こんなにあっさりとシロの存在を知られてしまい、人生最大の苦境を迎えようとしている。
「……昨日の騒ぎの中、たまたま出会った」
「つまり家出少女!」
「違うよ! 親とはぐれたらしくて、警察に預けようと思ったら、警官みんな出払っててさ。家の場所も思い出せず迷子になったってんで、放って置けなくて……」
「…………」
咄嗟の嘘にしては我ながらよく頭が働いたなと感心する創伍。昨日の緊急時なら、どんなことだって言い訳が立つ。織芽だってパニックに巻き込まれたのだから、事情は察してくれるだろう。
半信半疑で睨まれるも、創伍も主張を通そうと自信ありげに胸を張る。
しかし――
「……事情は分かりました。とりあえずこの子はうちで預かります」
「何ですとっ!?」
またとんでもない方向に向かおうとする。
「ちょちょちょ……ちょい待ちっ! まだ外は危険なんだぞ! ここに置いといた方が……」
「いいの!私は空手をやってるから、ソウちゃんの元よりかは安全よ! 今は何もしてなくても、何日も二人の男女が篭ってて何も起きないはずがない! 私が保護するっ!」
「何が起きるってんだよ! 俺に幼女趣味はない!!」
今日は夕方にアイナが迎えに来て、創造世界に向かう予定。なのに肝心な相棒が連れてかれては意味がない。
万事休すか――そう思われた時だ。
「そんな……シロ……真城お兄ちゃんとお別れなの?」
「……シロ?」
シロが激昂する織芽に怯えている……のではない。一芝居を打っている。大袈裟に体を震わせ目を潤ませるか弱さは、人間の少女と同じだった。
「嫌だよ……お兄ちゃんのとこにいたい。お兄ちゃん、シロに何も悪いことしてないよ……ううぅ……」
「なっ……!!」
そのあどけない哀願の姿に、織芽は躊躇していた。
「ちょ、ちょっと泣かないでっ! 私はあなたのことを想って……!」
「お願い……お姉ちゃん……!! もうちょっとだけでいいから、お兄ちゃんと一緒に居さ
せて……!」
「俺からもお願い……織芽ちゃん――げはぁっ!」
……創伍だけ肘撃ち。
「お願い! お姉ちゃん!!」
シロの瞳は輝きを増し、少しずつ織芽という牙城を突き崩す。自分のやろうとしている行為は果たして正しいのか、自らを葛藤させる程に――
「あぁ……見ないで! そんな眼で私を見ないでぇっ〜!!」
遂に自分が性急過ぎたと反省した織芽は、シロの一芝居によって堕とされる。むしろ独占するくらいのつもりで愛で始めるのであった。
「ああああぁぁぁぁぁごめんなさい私が悪かったですうううう何て可愛らしいのこの子
ーっ!!」
「うにゅぅ……お姉ちゃん苦しいよお……」
……何はともあれ、大事にならずに済んだ創伍は胸をなで下ろした。
* * *
AM11:19
「粗茶ですがー」
「ふふっ、ありがとねシロちゃん。どっかの誰かさんとは大違いだよ」
「うるっせ」
誤解も無事に解けた後、織芽はシロと打ち解けてからようやく本題に入った。
「あのよ……昨日は本当に大丈夫だったのか?」
「うん。ちょっと寄り道してたら人混みに揉まれちゃってさ。ソウちゃんこそ、シロちゃん助けるのに盛大にすっ転んだとか……無茶しないでよ!」
「悪い……」
織芽は中学の頃から、創伍の身に何かあると極度の心配性となり余計なお節介を焼く。だが今の創伍は、その織芽の気遣いを受け入れる訳にいかなかった。
「やっぱり……私もここに居ようか? 何かソウちゃんだけじゃ心許ないし……」
「いいっていいって、心配すんな。後は事態が収まるのまでここに篭れば、警察がどうにかしてくれるだろ。その後にこの子を保護させる」
「ソウちゃん……」
「それに、幼馴染よりご両親を優先しろよ。お前と違って空手やってるわけじゃねぇんだから、お前が守ってやんないと」
創伍は、道化英雄として戦う道を選んだ。今こうして織芽を振り払うのは、彼女を巻き込みたくないからである。別れではない。いつか戦いが終わったら、また彼女と同じ日常を過ごしたいから……。
「……本当に大丈夫??」
「大丈夫。俺だってちゃんと生きる術は知ってる。ちょうど食べ物は買い足してあったから、しばらく外出なくても何とかなる」
「とか言ってソウちゃん、自炊なんて出来るの? シロちゃんの前なんでカッコつけてない??」
「信用ないな俺……」
だから今の創伍は、織芽をとにかく安心させて、余計な心配させないよう負担を減らしてやりたいのだ。
と、考えながらお茶を飲んでいる最中――
「あっ、お姉ちゃん。もうお茶飲んだんだね。じゃあシロがおかわりの手品見せてあげ
る!!」
「手品??」
「それっ!」
二人が話している最中に、口を挟むシロ。
「「……………………」」
織芽が飲み干した湯飲みにシロが指を差すと、タネも仕掛けありません――湯飲みにたちまち緑茶が湧き出たのだ。
「わぁっ、すごいね。シロちゃん手品出来るんだ!」
「えっへん! シロ、創伍と同じ手品が得意な道化師なんだ!!」
「ぶふ……っ?!?!」
驚愕。異能でお茶を淹れるシロの大胆さに……創伍は口からお茶を吹き出す。
「(ちょっと待て! そういうのを気付かれない為にさっき一芝居打ったんじゃないのか?!)ゲッホッ……! ゲフンゲフン……ッ!!」
噎せた顔を上げると、お茶を吹いた創伍の真ん前に、クラスメイトなんて存在しない。
鬼だ――極限の殺意を抱いた鬼が居る。
「………………ソウちゃん。私に何か恨みでもある?」
「ありません」
この後めちゃくちゃキ◯肉ドライバーを喰らった。
* * *
AM11:33
「と・に・か・くっ! しばらくシロちゃんのことは任せるけど、もしその子に変なことしたら、本当に警察に連行するからねっ!?」
「ふぁい……」
創伍を肉塊に変えた織芽は、力強くドアを閉めて創伍の部屋を後にした。これで織芽はしばらく部屋には来ないだろうと、安心した一方で――
「なぁ……シロ」
「何?」
「織芽に手品を見せたの、何か理由でもあるのか?」
「うーん……あのお姉ちゃん、創伍のことを心配し過ぎてるから、何かホッとさせてあげたかったの!」
「……そうか。でもこれからは人前で手品は禁止な」
「どうして?」
「どうしてもだぁっ!!」
結局アイナが来るまでに、創伍は安静にする時間を過ごすことは全く無かった……。
* * *