里音書房
第3話 妖力と依存。そして…
 よみがたり相談所に向かう道すがら、たまたま出会った美琴と会社へと向かっていた……  街中を春明と美琴が並んで歩いていると、周囲の人からこえが聞こえてくる…… 「なになに? 何かの撮影? ものすごい美男美女カップルなんだけど……」 「あのひと、かっこいい……きっと、モデルよ~」 「あのちっちゃい方もかわいい……」 「あの二人、付き合っているのかなぁ?」  よみがたり相談所は、大通りからかなり入った位置にあるため、その存在すら知らない人もいる。  そんなこともあり、通りを一緒に歩くと、よく間違われる。 「だから、お前と歩きたくないんだよ。」 「えぇ~。いいじゃん。」  そういうと、腕を抱くようにしてわざとくっついて見せた。  すると、周囲の人たちは、キャーと黄色い声をあげる。 「おまっ!! やめろ~」 「ふふ~ん。」  やめろと言いつつ、決して振りほどこうとしない美琴は、なんだかんだでまんざらでもない様子の美琴だった……  大通りから路地に入った二人は、まだ腕を組んでいた…… 「だ、だから……」 「ん?」 「いつまで、組んでんだ!!」 ゴチーン!! 「いたっ! なぜにげんこつ?」 「そ、それは……」 「えぇ~~。言わないとわかんないよ~んん~~」 「そ、それは……」 「んんん~~~」 イラッ! ゴチーン! 「だから、なんで。殴るの?! いたい~~」  そんないつものあいさつ代わりのげんこつを受けていた春明だったが、少し違和感があった……  自然と、あたりをきょろきょろとしてしまう…… 「どうした? そんなに痛かったか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」  春明は髪を長くしている。それは、女の子に見せたいからというわけではなく、春明の妖力に起因している。  春明は生まれつき妖力が強く、それは毛の一本一本に至るまで妖力がぎっしりと詰まっている。  アヤカシの活力源にもなりうる妖力は、アヤカシが存在を確立するうえでも重要な位置づけになる。  そのため、おいそれと春明が髪を切ろうものなら、その髪の毛をめぐってアヤカシ同士が争いを始めてしまうほどに妖力が宿っている。  髪の毛に宿る妖力に気が付く前に不用意に散髪に行ったところ、その床屋はあまりにも奇妙な現象が頻発するようになっていた。  後から分かったことだったが、春明が床屋を利用すると、そこにアヤカシが集まることが原因のようだった。  それいら、春明は髪を着る場合は、自宅で切ることにしていた。 「またアヤカシ?」 「う~ん。どうだろう……」  以前にも、春明の髪を狙い通りすがりに髪を一本もらっていくアヤカシすらいた。  そのアヤカシに問いただしたとき…… 「どうして、取るのさ。答えて……」 「だ、だって。あんたの髪。アヤカシの間で高く売れるんだもん……」  獣人のような姿をしているアヤカシは、場の悪そうな顔をしながらそんな話をしていた。  この時は、まだ美琴と知り合う前ということや、相手のアヤカシそこまで敵対的じゃなかったということもあり、春明があいてをしていた…… 『そんなに、悪い感じには見えないんだよなぁ~~』  アヤカシの姿には行いや思いの濁り具合で見た目が変わる。  目の前のアヤカシは、そこまで悪いことをしているようには見えなかった。むしろ、アヤカシとしての生活すら危うい状態に感じた…… 「もしかして、あれ? 生活のためとか? そういう……」 「わ、わかるの?」 「そ、そりゃぁね。」 「じゃぁ……」 「ひとつ。約束して……」  逃がしてもらえると思ったアヤカシ。しかし、条件を出した春明に戸惑っていた……  アヤカシにとって約束というのは重要で、命に刻印されることになり、違反した場合にはダメージを負ってしまうから…… 「な、なに……約束って……」 「簡単よ。あたし以外の人間を襲わないこと。」 「えっ? そんなこと?」 「うん。約束できるのなら……」 「できるのなら?」  春明はたまたま持っていた、毛先部分をカットし小箱にまとめたたものを、ごそっと出した。 「これをあげるから……」 「!!!!」  何気なく出した、春明の小箱に入った量ですら、アヤカシからすれば宝の山である。  春明の毛、1ミリがアヤカシの世界では、金よりも価値があった。  小箱の中には、10センチ以上あるものがごっそり入っているのだから、その箱ひとつで一生遊んで暮らせる量だった……  普通であれば、その辺のごみ箱にぽいっとするのだが、春明の髪の毛に関しては話は別だった……  春明が、ぽいっとしただけで、容易に妖力を補充できるのだから、妖力を欲するアヤカシは当然群がってしまう。  現に、目の前の獣人は目がお金のマークに見えるほど、輝かせていた…… 「もし、ほかの人間を襲わないと約束できないのなら、これはなしだから……」  そういって小箱を閉じると、残念そうな表情をするアヤカシ…… 「あぁ……。わ、分かりました……」  そんなやり取りが過去にあった。  しかし、今日の違和感は、それとは全く違っていた…… 『微弱すぎるんだよなぁ~。存在が薄すぎるっていうか、今にも消えそうっていうか……』  消えたくないという意思を持ったまま彷徨い、春明のもとにたどり着くアヤカシもいるが、その多くがたどり着くころには消える寸前。もしくは、ほかの大きなアヤカシに取り込まれるのが常だった……  微弱すぎる存在で、春明のもとにたどり着いたとなると、可能性は一つしかなかったそれは、短命でこの世を去ってしまった場合に起こる……  春明は、子供のアヤカシが来たのだと思っていた…… 『あんなに存在が薄かったら……もう数日で……』  アヤカシが暴走するのにはある条件が必要になる。  ひとつは、現世に対する執着が強いこと。生前にやり残したことが強すぎる場合にアヤカシになり、妖力を求め手に入れると姿かたちが変化する。  もうひとつは、何かをやっている途上で亡くなったことで、妖力を得て目的を達成しようとする場合。アヤカシになっても思いのままに行動するようになる。  最後のひとつが一番厄介。それは、自分が死んでいるということを理解できていないこと。つまり精神のみの状態になり、妖力を求めるがままにふらふらと漂ってしまうもの。  この場合は、いい方にも悪い方にも変化をしてしまうため、結果的に春明のような人がいなければ対応できなくなってしまう……  今回の春明に訪れた、髪を引っ張るという変調は、まさに妖力を求め彷徨ったアヤカシが春明の妖力に惹かれたどり着いたことを示唆していた……  それから、数日たっても、同じような反応が続いていた…… 「春明……今日も?」 「うん。でも、存在そのものは小さいんだよねぇ……」 「やっちゃう?」 「いやいや、だから。すぐ暴力に訴えるのは、やめてくれる? もぅ……」 「暴力じゃないよ、これは、封印だから、けがをさせるわけじゃないし……」 「でもなぁ。暴走してるって知らせはないんだよね?」 「うん。連絡なし……」 「そうなんだよなぁ~」  妖力を欲しがるあまり暴れるアヤカシは多くいる。  そのような場合は、一般的なニュースではつむじ風や暴風として報道されることが多い。  ただ、その自然災害の中に紛れ、アヤカシが暴走しているということもある。  俗にいう、狐の嫁入りである。  晴れていたのに急に雨が降り、そのあとすぐにまた晴れるなどはまさにこれ。  その名が示す通りにアヤカシが嫁に行くときに、うれしさのあまりに流す涙が雨となりその場所だけが雨になっている。  しかし、ここ数日そんな話題を聞くことはなかった…… 「つまり……」 「あんたをピンポイントで狙ってきてるってことだね。どうする?」 「敵意がないんだし……率先して封印処置することもないだろ?」 「まぁ。そうだけどさ……」  そこで二人はひとつ、作戦を考えた…… 「こんなので……引っかかるのか?」 「一番作りが簡単な方が引っかかったりするんだよ。こういうのは……」  春明が用意したのは、よくあるスズメをとらえるためのアノ仕掛けだった…… 『春明様。本当にひっかかるのでしょうか?』  春明の犬の飾りのついているヘアピンには、はちが封印されている。視野を共有することで春明の見たものをはちも確認できるようになっている。  ただ、はちの声は春明にしか聞こえないため、隣にいる美琴からすれば春明が独り言を言っているように見えてしまう…… 「なに。はち?」 「うん。まぁ、あれで、ひっかかるの? って思ってるみたい……」 「はちもわかってるんだよ。あれで引っかかるわけが……」 バタン!! 「えぇっ!!」 「かかったね……」 「いやいや、こうも簡単に……」  いとも簡単に引っかかったアヤカシは、かごの中でごそごそと動いていた…… 「だ、大丈夫? 春明……」 「ん? 大丈夫でしょ。悪意もないし……あれ? 美琴。怖いの?」 「こ、怖く……ないし……」 「じゃぁ、開けに行く?」 「そ、それは……。行ってきて……」 「そ、そう。」  美琴は、見た目こそ男っぽくてがさつな部分もあるが、その実。乙女な一面もある。 『あっ。怖いのね。美琴……』  怖がる美琴をよそに、春明はずんずんと進んでいき。ゆっくりとかごを開ける。すると…… 「大丈夫? や、やる?」 「だ、大丈夫だから……しまって、それ……」  美琴は、今にもとびかかってきそうなほどに、束を取り出して身構えていた。 『もう、そんなにビビらなくても……』  何気に美琴は、デカいアヤカシの封印には慣れていたが、小さいアヤカシに関しては守備範囲外なのが、分かった春明だった……  春明がかごを開けるとそこには、仕掛けた髪をハムハムしている子猫の姿があった。 「ね、ねこ?!」 「みゃ~~」  動物系のアヤカシは、春明が出会った中では多い部類だったがこの猫に関しては、春明も驚いた。 「よくこんな微弱な妖力でもってたなぁ。むしろ微弱すぎたからかなぁ?」  そのアヤカシは、かろうじて体の半分が残っているだけで、残り半分は消えかかっていた。  この状態のアヤカシで、妖力を補給しなければもって数時間で消滅してしまいそうなほどにギリギリだった…… 「おいで……おっ。ほんと、ギリギリ……この子……」 「えっ? その子が……」 「うん。そうみたい……」 「ギリギリ……」  春明の手に乗ったその子猫は、春明に触れたことでだいぶ形を取り戻したが、それでもようやく姿を維持している様子だった…… 「春明。どうする? このまま消滅を……」 「いや……」 「どうすんだ? 下手に放置したらほかのアヤカシに取り込まれかねないぞ……」 「そうなんだよなぁ~~」  そこで、春明は一つの可能性にかけることにした……  それは、この子に内に秘めた意志にかけるという、ほぼ賭けに近い可能性だった…… 「美琴。髪の毛、まだあるよね?」 「あるけど……まさか!! あんた!!」 「そのまさか。試しにこの子に妖力を与えて……」 「いや、まてって、こういう場合は、ほとんどが失敗……」  こういう場合のお約束というのは、やはり失敗。だが、春明はこの子の可能性に賭けてみたかった…… 「とりあえずやってみなきゃ、分からないよ。ダメなら封印するしか……」 「あぁ、もう! どうなっても知らないからね……」  美琴に預けていた餌用の春明の髪をその子猫に与えた。  すると、効果はてきめんだった。その子猫の姿は光だし、体積も増えていったことで、春明の手から降りその姿を変えていった…… 「おいおい、大丈夫か?」 「美琴にもわかる? ボクの目だと光ってる。」 「こっちだと、軽いつむじ風を起こしそうだぞ。これ……」 「ここからだね。この子の意志の強さはが試されるのは……」 「あぁ。大概のアヤカシは大きな妖力を一度に手に入れると、制御が効かなくなり暴走しちまうから……」  大量の妖力は諸刃の剣で、プラスにもマイナスにもなりえる存在で、その塊でもある春明の存在そのものが危険人物扱いになりかねない。  それでこそ、妖力という存在が世間的にはそこまで認知されていないこともあり、春明が逮捕なんていう状況に陥っていない。  それは、アヤカシにも同じことがいえる。強い妖力を持つアヤカシほど、環境に対して干渉する能力が増大する。  つまり、強い妖力を欲する場合、周囲に干渉する力も強くなるため人間にも影響を及ぼしてしまう……  目の前のアヤカシ次第で、害を及ぼすアヤカシか及ぼすアヤカシかに分かれる。 「さて、この子はどっちかな……」  春明は、この子が後者であることを願っていた……  その願いがかなったのか、光はある程度の大きさで収束しはじめ、次第に人の姿に変わり始める。 「お、おい。どうなってるんだ? オレにも……うわっ、まぶしっ!!」  美琴は、アヤカシの様子を確認するために可視化の呪符を使い、ことに備えたが、かえって目をくらます状態になってしまっていた…… 「ほら。」 「えっ? あ、うん。」  美琴は、春明の差し出された手をつかむ。  美琴は妖力そのものは強いが、見る・聞く・話すという重要なやり取りの点に関しては能力は0に等しい。  そのため、見る能力をある程度春明から貸してもらっていた。手をつなぐことである程度の妖力が補給され視認をサポートしていた。 「あ、春明。そろそろ……」 「そうだね。見ものかな。」  春明の妖力を得たあの子猫は、見事に春明の妖力を制御して見せた。ただ、春明にとっても見当違いなことがひとつだけあった……  それは光の収束と妖力が安定し、姿が固定された時だった…… 「みゃ~~」 「なっ!!!!」  その様子を見た美琴は、慌てた。  姿が固定され、暴走しなかったのは良かった。しかし、姿がまずかった。  春明の前で固定されたその姿は、まさにケモミミのついた幼女の“裸体”だった…… 「みゃぁ~~~」 「おお。成功だねぇ……」 「成功だねぇ~じゃ、ねぇぇぇぇぇ!!!! お前は見るなぁ!!!!」 ぶすっ!! 「のぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 「め、めがぁぁぁぁ!!!!」  時間にして数秒後。人型のケモミミの少女のアヤカシは、無事に服も妖力で作ることを覚えたようだった……  トコトコと春明のもとに駆け寄ってきたその子は、春明に優しく声をかけた。 「だ・い・じょう・ぶ? お・ね・え・ちゃん?」 「おねっ?」 「ん?」 『あぁ。この姿だから……』 「じゃぁ、あっちは?」 「お・に・い・ちゃん?」 「ぶっ!!」 「ん?」  その少女は、見事に春明を女の子。美琴を男の子として認識したようだった……  幸いか、春明が美琴に力をかしたのは視力の方だけであって、この子が美琴をお兄ちゃんと呼んだことは聞こえていなかった。 「な、なによ。春明。笑っちゃって……」 「い、いや。何でもない……ぷぷっ。」 「ん??」  美琴に突かれた目をこすりながらも、この子が美琴を“おにいちゃん”と呼んだことがツボに入ってしまった春明だった……
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