里音書房
第5話 見えざるものと伝えたいこと
 いろいろと立て込んだ一週間が終わり、よみがたり相談所では、平和な日常が続いていた。  美琴もなんだかんだで慣れ、途中から仲間に加わったみ猫のアヤカシ。みけとの相性も良かった。  そのため、アヤカシの相手をするときはみけを憑依させることで、アヤカシを見えるようにしていた。ただ…… 「ぷっ!! はははは。」 「な、なんだよ。春明……」 「いや、だって……猫耳って……ぷっ。」  アヤカシを体に憑依させると、アヤカシの特徴を引き継ぐ。春明が、はちを憑依させた場合には、犬耳が生える。  それは、当然。美琴も同じで、猫を憑依させると猫耳が生える。ただ、男っぽい見た目の美琴に、かわいらしい猫耳がぴょっこり生えるため、春明はツボっていた…… 「し、仕方ないだろう……こ、こんな見た目だし……」  憑依を解除したみけは、春明と憑依することもできる。居心地がいいのか、春明に憑依すると、春明からひょっこりと猫耳が生える。 「!!!!」 「ん? どうしたの?」  それは、一目ぼれに近かった……  華奢な体の春明。男離れし女に間違われるほどの春明に、耳がひょっこりと生えるのだから、それはもう。鬼に金棒である。  泣き上戸な上に、かわいい物好きの美琴にとって、惚れない方が不思議だった…… 『や、やばっ。鼻血出そう……』 『なに、あの可愛い小動物……』 「ん? どうしたの? 美琴……」  憑依しているアヤカシの特徴となる耳は、相性がいいと感情に合わせてピョコピョコと動くことがある。  美琴は、まだ慣れていないということもあり、動かないことが多い。ただ、春明は違った。もともと、春明の妖力に惹かれたということもあり、相性は抜群。春明が首をかしげると、耳もピョコっと動く。  それが、美琴にとってはストレートだった。かわいい容姿にそんなものが付いたもんだから、にんまりが止まらなかった。 「あの~」 「ん? あっ。ごめんなさいね。」 「誰に話しかけてるんだ? 春明……」 「あぁ、美琴。憑依させてないから見えないのか。ほれ……」  春明に憑依していた猫が美琴に移動し、入り口を見た美琴の目には、一人のアヤカシの姿があった…… 「あれ? どちらさん?」 「あ、あの。ここは相談所と聞いて……」 「そうだけど……。誰から?」 「えっと、花枝さんから。」 「あぁ。花枝さんね。」  花枝は前回の一件以来、相談所の宣伝担当になっていた。それもアヤカシ側の……  困っているアヤカシを見つけては、相談所を紹介していることから、一時期はアヤカシが集団で押しかけてきてしまったことがあった。  一時の騒動は、収束を見たものの、今日みたいにアヤカシがちらほらと尋ねてくることが増えていた。 「で、今日は……どんな御用で?」  相談所に来るアヤカシには、大きく分けて3つのタイプがある。怨念を持ち仕返しをしたいが、そこまで強い妖力を持っていないアヤカシ。生きている人に対して、好意を寄せてしまうアヤカシ。そして、花枝のような生前に想いを残したまま亡くなってしまったアヤカシのタイプがある。今日は、3番目のようだった……  そのアヤカシは、どうも交通事故での急逝だったらしく、体の一部が欠如していた。本来、霊体の状態になると、欠損部分も補完されることが多い。しかし、目の前のアヤカシは、その様子が全くなかった。  つまり、本来。補完するはずの妖力が足りないか、未練があるために保管できていないかのどちらかだった…… 「もしかして、想い人ですか?」 「わかるんですか?」 「えぇ。その姿を見れば、おおよその見当は付きます。」 「やはり、ここにきてよかった……」  そのアヤカシは、ここまでいくつかのつてを頼ってきていたようで、その都度、苦労しているようだった。  春明のアヤカシ相談所以外にも、似たような場所はあるが、その多くが見えないか除霊専門だったりする。  そのため、アヤカシそのものが入れなかったり、特殊な結界で守られているものと、そのほとんどが人間向けが普通である。  現世に生きる人への未練を残し、この世を去ってしまったアヤカシにとって、そこへ行くわけにもいかずに彷徨い続けてしまう。  そこで、アヤカシの彼が知ったのが、よみがたり相談所のことだった…… 「で、どうしたの?」 「実は……彼女。というか、嫁のことで相談に乗ってほしくて…」 「ん? 彼女? 嫁? どっちなの?」 「結婚はしていたのですが、指輪を用意しているところまでは覚えてて……」  よみがたり相談所には、自分の死因すら知らないアヤカシも訪ねてくることがある。そんな場合は、事故の履歴を調べるなどをして特定する。  パソコンを操作していた美琴は、ある事故の案件にたどり着いた。それは、宝石店近くで起きた交通事故の案件だった。そこには、当然のように死者の名前も載っていた。 「えっと、たくみさん?」 「あ、はい。巧です……。やっぱり、死んだんですよね……」 「うん。交通事故だね……」 「やっぱりですか……」  それから、巧は話し始めた。結婚を間近に控えた巧は、指輪を買いに行った矢先に事故に巻き込まれてしまっていた。しかし、自分が死んだことを知らず、霊体になっても彼女の元に戻っていた……  彼女の元にたどり着いた時には、すでに葬儀も終わった後で、遺影が飾られていたため、相談所を目指したとのことだった…… 「彼女に何か伝えたいことが?」 「えぇ。それは……」 「それは?」  想い詰めた表情をした後、意を決して春明たちに伝えた。 「俺のことは忘れて、新たな恋に向き合ってほしくて……」  彼氏や旦那としては当然の言葉なのだろうが、巧のその言葉は美琴の逆鱗に触れた。イライラした美琴は普段の妖力を使いアヤカシの胸倉をつかむ。 「はぁ! 何言ってんの?! お前。」 「で、でも……」 「でもじゃねぇ! 彼女はなぁ、お前のこと。まだ好きなんだよ!」  美琴はこれほど激高することはなかなかないが、さすがに頭に血が上っていた。それはアヤカシの巧とて、同じだった…… 「そんなの、知ってます! でも、死んじゃったら、仕方ないじゃないですか!!」  二人のヒートアップは、しばらく続き、ようやく落ち着いたのか説明を続けた。 「巧さん、私の方でも伝えてはみますが……」 「春明! いいのか?」 「想いをかなえなきゃ何とも。それに……」 「それに?」 「どうしてほしいかは、彼女さんのことも聞いてみないといけないからね……」 「それも、そうか……」  それから、春明と美琴。そしてアヤカシの巧の三人は、道を案内してもらいながら、彼女の元へと訪れた。 「ここ?」 「はい。ここの二階の角部屋です。」  そこには、二階建てのマンションが建っていた。いきなり押しかけても不安にさせてしまうだけなことは、目に見えていた。  そこで、まずは美琴だけを部屋に行かせた春明たち。アヤカシは春明の元に残して…… ピンポーン! 「…………」 ピンポーン! 「…………」 「応答ないね。」  そのことを手を使って、離れている春明に知らせると、その様子をそばで見ていた巧が飛び出していった。慌てた様子で部屋の中を確認し、彼女が無事なことを理解した巧は、胸をなでおろしていた…… 『よっぽど、好きなんだなぁ~』  そんなことを考えていると、ゆっくりと扉があいた。 「どちらさんですか?」 「えっと。美弥子みやこさん?」 「は、はい。美弥子は私ですが……」 「えっと、巧さんに言われてきたのですが……」 「はぁ? 何かの間違いじゃ……」  当然のように美弥子は、怪訝な表情をする。亡くなった旦那の名前を出したのだから、当たり前といえばあたりまえである。 『やっぱり、そうだよなぁ。信じるわけが……』 「いや、本当に巧さんに言われて……」 「何かの間違いじゃないですか? 巧は、この前亡くなって……」  美琴が説明している間も、美琴の隣でかたずをのんで見守っている巧。 『やっぱり、私も行った方が良いかも……』  美琴の必死な応対に、怪訝な表情を崩さない美弥子は、春明の登場で少しは和らいだようだった…… 『えっ? 何この子……お人形さんみたい……』 「美弥子さん?」 「はい。あなたは……」 「私は、春明です。」 「はるあき?!」  ここまでくると春明も慣れたものである。自分の容姿を見て女と勘違いし、名前を聞いて男と気が付いて驚くという、一連の流れ…… 『えっ?! 男?!』 『あんたもかよ!!』  美弥子に応対する春明の後ろで、器用にボケとツッコミの状態になっていた巧と美琴。 「やっぱり、信じれませんよね。巧さんからのお願いといっても……」 「それは、当然です。だって、彼は……もう……」  そういって、ようやく美弥子は部屋へと案内してくれた。そこには、綺麗に飾られた仏壇がしつらえられ、遺影とこっつぼが置かれていた。  部屋は綺麗に片付けられ、殺風景な室内になっていた。ただ、一室だけは男物の服や荷物がそのままになっていた。 「ここが、彼の部屋でした。」  そこは、生前。そこで生活していたことがわかるほど、荷物がそのままだった…… 「これは……」 「えぇ。どうしても捨てられなくて……」 「帰ってこないのは、分かっているんですが……帰ってきそうな気がして……」  春明や美琴は、アヤカシになった巧のことを見ることができるが、一般人の美弥子は、当然。見ることができない。  でも、しっかりとこの家に帰ってきていることは伝えてあげたいと思っていた。 「巧さんなら、帰ってきてますよ……」 「だから、さっきから何を……えっ。耳? しかも犬の……」  美弥子が春明の方を向くと、はちを憑依させて美弥子を見守っていた。その姿に驚く美弥子。 「あなた方は、いったい……」 「我々は、よみがたり相談所の者です」 「えっ? よみがたり……黄泉……あっ。」 「わかってもらえましたか?」 「は、はい。あなた方には、その……見えるんですね……」 「そうです。」  それからは、怪訝な表情をしていた美弥子も、納得した様子に変わった。そして、春明は眼鏡を取り出した。 「えっと、それは?」 「この眼鏡は、一時的にアヤカシを見えるようにするものです。」 「えっ……」  美弥子は、一瞬。怪訝な表情をするも、二人の様子を見たこともあり、素直に眼鏡を手に取った…… 「本当に、会えるんですか……あの人に……」 「えぇ。ここにいますから。そして、ひとつ注意してください。」 「何でしょうか……」 「いいですか。美弥子さん。想いを遂げたからと言って、生き急がないでください……」 「えっ……」  春明は、花枝のことが頭をよぎっていた。もともと、花枝はお年寄りであったこともそうだったが、それにもまして旦那に会いたいという気持ちで維持していた。  そんなさなか、春明たちが良かれと思って渡した眼鏡で旦那と再会できたことで、生き急ぐキッカケを作ってしまったのではないかと思っていた……  その春明の返答に困っているような美弥子が、眼鏡をかけると春明の横にいた巧に気が付き、抑えていた感情が一気にあふれ出した…… 「巧さん。今、美弥子さんには見えているので、想いを伝えてください。私たちは席を外すので……」  それからは、美弥子と巧の会話が続いていた。鳴き声や笑い声。その声を聴いているだけで、幸せだったのだということが伝わってくるほどだった…… 「あの……ありがとうございました……」 「気が済みました?」  春明たちの答えに、先ほどまでうつむいていたのが嘘のような、晴れ晴れとした表情で…… 「はい!!」  その笑顔を見た春明たちは、その場を後にした。 「巧さん。どうするの? 行く?」 「えぇ。お迎えが来たようなので……」 「そっかぁ。わかった。」 「それで……」 「それで?」  半分消えかかりながらも、巧は春明に耳打ちしたのだった…… 『美琴さんって、結構。美人ですよね……』 「えっ? ま、まぁ。そうかもね。」  確かに、美琴は好んで男装をすることが多いが、手足は長いスタイルを持っている。  そのスタイルの良さは、モデルを彷彿とさせるほど。そんな言葉を残し、巧は成仏していった…… 「春明。なんだって?」 「ん? いや。何でも……」  こうして春明と美琴の、アヤカシからの依頼を無事こなしたのだった……
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