里音書房
第6話 親方と想い……
 よみがたり相談所のある町でも、都市開発が次第にあちらこちらで進んでいく……  木造建築は取り壊され、新しく道が作られ、高層ビルが出現する。そんな中でも、アヤカシという存在は変わらない。  新たな建築をする場合には、地鎮祭などを行う。土地神様に対しての神事なのだが、アヤカシも呼ばれる場合もある。  祝詞のりとの音色は、祭の歌声と同じで紡ぎ方でその効果や効能も変わってくる。  当然、神官の神事なのだから、技量によっては黄泉とのつながりすら生んでしまうこともある。特に、工事現場などはそのえにしが強い。今回はそんな話…… 「なぁ。まだ、あそこ立ってないんだけど。どうなってるんだろうな?」 「ん? 美琴?」  春明と美琴が眺めていたのは、よみがたり相談所の近くにある工事現場だった。その工事現場は、数か月前から工事が始まったものの、事故が相次ぎ、工事が進んでは止まるという事態に陥っていた。  一歩進んで二歩下がるような工事現場になっていたのだった。事務所からちょうど眺められるその工事現場は、いざ工事が始まろうとなると、事件が発生していた。 「う~ん。アヤカシの痕跡はあるんだけど……薄い……」 「だね。そこまで悪意があるって感じでもないんだよなぁ~」  春明たちが工事現場を見に行くと、休日ということもあり、規制線で囲われていたが、中をのぞくことができた。  高い工事用のバリケードで囲われていたものの、隙間からはまだ手付かずの骨組みがちらほらと見受けられた。着々と工事は進行している“はず”の工事現場だったが、準備だけがなされたその現場は、手つかずの状態だった……  翌日……  市の職員も立ち会った状態での工事再開。市の作業員の中には春明のような能力者はいないらしかったが、何事もなく作業が始まる。最初のうちは…… 「美琴……アレ……」 「あれは……」  事務所から見えた工事現場では、新人作業員に見える人に対し、アヤカシが絡んでいる姿が見えた。しかも、作業員に絡んでいるアヤカシは、普通に絡んでいるというより、怒っているようにも見えた。  怪我を誘発するようなことはなく、モノが動いたりはするものの、正しい動き方に誘導する形だった…… 「そこまで悪いアヤカシじゃないのかな?」 「だなぁ。行ってみるか……」  春明と美琴は、工事現場へと顔を出した。すると、ガミガミとああでもない、こうでもないと指示をするものの、周囲の社員たちは見えないし聞こえないことで、指摘が空回りしている状態だった……  春明たちが様子を見ていると、現場の作業員の一人が二人に声をかけた。それは、親方のことだった…… 「あの……よみがたり相談所の方ですか?」 「は、はい。」 「よかった……“見える”方で……」 「えっ?」 「我々は、その手の類は見えないので……」 「なるほど……」  春明たちに話しかけた作業員は、ポケットから一つの写真を取り出した。それには、明らかに現場内で動き回っているアヤカシそのものだった…… 「こ、これは……」 「この写真は、親方の生前の写真で、数日前に亡くなってしまって……」 「今は、私がこの現場を任されているのですが、教えてもらっていた途中だったので……」  春明たちが話を聞いている間も、現場内では怒号が飛び交っていた…… 「おい! そこ! いい加減な仕事すんじゃねぇ!!」 「だから、ここはなぁ~。こうするんだよ!!」  春明たちが状況よりも、親方の声が響いていたことで、注目できなかったほどだった。その様子に、若い作業員は何かを察したようだった…… 「やっぱり……親方。来てるんですか?」 「は、はい。ほかの作業員に何か伝えようとしてます。」 「やっぱり、あの人。仕事熱心だったから……死んでまで来なくてもいいのに……」  悲しそうな顔をした若い作業員の様子に、春明は何かをしてあげようと想った……  二人でズカズカと入るわけにはいかなかったが、美琴と春明は案内されながら現場内に入っていくことにした。 「ちょっと、中に入っても……」 「えぇ。」  案内されながら中に入ると、案の定…… 「こらこら。部外者は入ってきちゃだめだよ!!」  ほかの作業員に話しかけていた親方が、春明たちに気が付き声をかけてくる。親方が見えないのであれば、素通りしてしまうのが普通。ただ、春明には親方の存在が見える。しっかりと、親方の姿を見た春明と、親方の視線がぶつかる。 「あんた。見えるのか?」 「はい。見えます……」  いきなり話し始めた春明に、驚いた若い作業員もそこに親方がいることにようやく気が付いたようだった…… 「そこに……」 「はい、私を応対してくれています。ちょっと、話してみますね……」 「お願いします……」  従業員の相手を美琴に任せ、アヤカシの親方に向き合った春明は、親方の話を親身になって聞くことになった。 「やっぱり、俺。死んじまったのか……」 「そうです。私以外の人は見えないですからね……」  現場の休憩所を借りて、話し込む春明と親方。見えない人からすれば独り言を言っているようにしか見えない。しかし、そこには、しっかりと親方の意思があった。 「最初はさ、扉を開けなくても入れたもんだから、ついに俺はそんなスキルも手に入れたかと想ったんだけど。まさか、死んじまってたとは……」 「病院で苦しんだ記憶はあるんだが、いつの間にかここに戻ってきちまって。現場のことが気になって気になって仕方がなかったんだ……」  親方は淡々と想いを語ってくれた……  現場のこと、作業員のこと。家族のこと……それに、後継者のことをすべて話してくれた…… 「おらぁさ、この現場で教えたら、引退するつもりだったんだけどなぁ。」 「育て上げた子も、しっかり覚えてくれたし、子供も独り立ちして、手がかからなくなって、これからってときだったんだけどなぁ~」  うっすらと涙をためながら話す姿は、親方の風格というよりも、一人の男としての務めを全うしきれなかったという意味合いの方が強いようだった……  語りだした親方が、意を決したのか…… 「なぁ、あいつらに伝えてくれないか?」 「何を伝えればいいですか?」  それから、親方はひとしきり話すと、納得した様子だった…… 「立つ鳥、あとを濁さずってなっ! あいつらによろしく言っておいてくれ。」 「はい。」  それからは、その現場での怪奇現象はなくなり、立派なビルが完成した。後を引き継いだ若い監督が作り上げあたものだった……  近くにあるお墓には、定期的にお墓参りする若い監督の姿があった…… 「ゆっくり寝てください。しっかりと後を引き継ぐんで……」 「こんにちは。」 「あぁ、春明さん。その節はお世話になりました……」 「いえ、私は、想いを伝えただけですから……」  春明の登場に困惑していた若い監督に伝えたのは、単純なことだった。親が息子を諭すように、しっかりと作業員を見ることや、しっかりと指導をしろという単純なことだった……  でも、その単純なことがとてもうれしかったようで、後輩の目を気にせず涙を流していた……  今では、他の現場も任され、立派に親方として現場を仕切るようになっていた……  これからも、身を引き締めて後輩に指導していくことだろう……
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