よみがたり相談所は、今日も特に急な依頼が来るわけでもなく、平和な日常が訪れていた。
時間もお昼になり、当番制で交互に買い出しに行くことになっていたが、今日は美琴が買い出しの日だった……
「まだ来ないよなぁ~おなかすいた~~」
トントン
そんなことを考えていると、相談所の扉をノックする音が聞こえた。春明は、美琴が両手がふさがっているために、ノックをしたのだと思っていた……
「なんだよ、美琴。早かったね~」
ゆっくりと扉を開けると、そこには高校卒業以来会っていなかった人が立っていた……
「えっ?! あきら?」
「あれ? おまえ。春明?」
「う、うん。」
「うわっ。めっちゃ、かわいくなってんじゃん」
「ちょっ。あきらぁ……」
このあきら、という男性は腐れ縁だ。
春明が女の子っぽいことをネタに、良くいじられていた。春明もそこまでいやというわけではなかった。ただ……
「あ、あの……同姓だからって、抱き着くのは……勘弁して……」
「えぇっ、いいじゃねぇかよ。ちょっとくらい……」
「あっ、こら。脇、触るな! 匂い嗅ぐな!」
「いいにおいさせてんじゃん……」
そう、同姓であることをいいことに、過度なスキンシップをしてくる。はたから見れば、女を襲っている男に見えるが、列記とした男同士が絡んでるだけである。
どさっ!!
「ん? あっ! 美琴……」
「美琴? って、あの男女の?」
「あっ、言っちゃった……」
ぶちっ!
美琴にとって、言われたくない言葉はいくつかある、かっこいい。かわいい。そして、男女だった。
特に男女は一番言われたくない言葉で、その言葉を言った人には、もれなく……
ガン!!
「いってぇぇ!!」
美琴の鉄拳が落ちるのである。
それも、一番痛いとされるこぶしの握り方で振り落とされるそれは、軽い脳震盪を起こすほどの威力を持つ。
『痛いですんでるあたり、加減したのかな?』
それからというもの、美琴は春明のことにぴったりとくっ付き、肩を組んで離さなくなったのだった。
「で?」
「で? って?」
「あきらは何しに……」
「あぁ、それなんだけど。母が……」
「えっ?! はるえさんが?」
春明にとって、はるえさんはもう一人の親のような存在で、幼少期から高校に至るまで、親代わりでちょくちょくはるえさんのもとを訪れていたこともあった。
そんなはるえが、病気で倒れ余命宣告を受けたらしく、その最期として、みけと再会したいといっていたのだった……
春明は“みけ”という名前に心当たりがあった。
『まさか……あのみけ?』
数か月前に春明たちに手を貸してくれてるアヤカシの猫。その猫もみけという名前だった。
みけは普段、自由にしていることが多いが、今日はあきらの様子が気になったのかひょっこりと顔を出していた。春明が何気にみけの方向を見たのを見逃さなかったあきらは……
「そこにいるのか? みけが……」
「う、うん。」
あきらは、必死にみけがいる方向に向かって声をかけていたが、全く見えないあきらにとって、その声は届いているのかどうかすらわからない。あれ以来、みけは定期的に妖力を補給できる環境になったことで、人の姿を維持できるようになっていた。
そのみけの二つの大きな目からは、こぼれおちそうなほどの、大きな涙をためていた。その様子に、春明は当然のように……
「いくよ。」
「本当か?!」
「みけも行きたがっているようだし……」
みけは基本的に人の姿を維持できるようになってからは、一人で外に出ていくことはない。
ここが安心するというのもあるだろうが、春明の妖力に依存しているみけは、基本的に春明から離れることができない。そして、春明の妖力で体を維持しているということもあり、おいそれと外に出た場合、よからぬアヤカシに襲われかねない状況が発生する。
そのため、外出する際は、春明か美琴と一緒が普通になっていた。そして、この時は、猫の姿に変わり春明の頭の上に乗り、一緒についてきたのだった。
病院へ向かう道すがら、頭の上に載っているみけが春明に意志と思いを伝えてきた。
『あたしと、はるえは子供のころに出会ったんだ』
『捨て猫だったあたしは、最初。はるえの手を引っかいたりしちゃって…』
『痛がっていたから、ごめんっていう気持ちでいっぱいだった……』
『そのあと、はるえが用意するごはんは、おいしくて。』
『これほどおいしいのがあるのか? と思った。』
『そんなある日。はるえが倒れちゃって、思いっきり声を上げた。」
『それからは、あっという間だった……』
『知らない男が入ってきて、威嚇する間もなく、はるえを連れて行っちゃって……』
『あれほど明るかった、家の中は一気に静かになった。』
『そんな中、あたしは、はるえの病院に行くことを決意した』
たどたどしく伝わってくるみけの想いは、はるえをどれだけ好きだったかが伝わってきた。
病院へたどり着き中に入ると、あきらが来たのに気が付いたのか看護師が声をかけた。
「あきらさんですよね?」
「は、はい。どうかしたんですか?」
「お母さんが! 早く病室に来てください!!」
「は、はい!」
それから春明たちは、後ろに続いて廊下にたどり着く。その瞬間。
「美琴、みけ……」
「ん? なんだ春明……」
「まさか……」
「あぁ、そのまさかだ。間に合わなかったみたいだ……」
春明の目には、病室の扉からゆっくりと歩いて出てくるはるえの姿があった。春明だけに見えるということは、つまり……
そのことを示すかのように、病室の中ではあきらの鳴き声と嗚咽が聞こえてきていた。
「間に合わなかったか……」
美琴がそう話していると、春明は全く別の光景が見えていた。
「いや、そうでもないみたいだよ。ほれ。これかけてみてみ。あれ。」
「えっ? あっ。」
そこには、アヤカシ同士になったことで互いを認識できるようになったはるえとみけ。長く会えなかったはるえとみけはとても笑顔にあふれていた。
「あなたたち……って、春明ちゃんかい?」
「はい。お久しぶりです。」
「あら、こんなイケメンの子と付き合ってるの?」
「は、はるえさん!!」
色恋沙汰にうとい美琴は、はるえの『付き合ってる?』発言が脳内でリピートされ、顔が真っ赤になってしまっていた。その姿を見たはるえは……
「あらあら。よっぽど、そっちのこはうぶなのね。ふふっ」
病室内では、まだ鳴き声が聞こえていた。その様子にはるえは、すこし悲しい表情をしていた。
「あの子には、心配ばかりかけてたからね。あたしのために、苦労かけただろうよ。」
「あいつが?」
春明には、自分に絡んでくるあきらのイメージしかなかったこともあり、親のためとはいえ、そこまでまじめなようには見えなかった。
それでも、母親のこととなれば話は別だった。心配するのも当然だった。
「そういえば、うちのこは春明ちゃんによく絡んでたわね。ぷっ。」
「どうかしたんですか? はるえさん」
「あの子ったら、春明ちゃんでモテなかったのを、紛らわせてたのかしら……」
「えぇっ。」
「ぷっ! ぷぷぷぷ。」
「あっ、美琴まで……」
隣にいた美琴まで噴出したことで、世話好きのはるえは、安心したような表情をする。
「春明ちゃんは、ちゃんと見つけたのね。」
「えっ?」
春明は一瞬疑問に感じるも、美琴をそんな風に見たことはなかった。当の美琴も“?”と首をかしげているようだった……
「まぁ。あなたたち、まだ若いからね。」
「で、聞いたわよ。みけ、今。そっちでお世話になってるんだってね。」
「はい。」
みけはアヤカシの状態で拾われて以来、春明をサポートするという仕事みたいなことをしていた。
主に、回避などを専門にしていて、攻撃スキルがない春明にとって、はちでは移動しすぎる距離でも、みけの回避距離であれば小回りが利く。そのことから、最近はみけが春明メインではちが美琴メインだったりする。
そんなこともあり、春明とみけは右腕のような存在になっていた。そしてみけは自慢げに憑依の技を見せたがっていたのだった。
「えっ? 見せたいものがあるって?」
「なんだい? えっ?! おあっ。春明ちゃんに耳が生えた!」
「は、はい。これ、憑依してる状態なんです。」
春明にみけが憑依し、ぴょこっ。っと猫耳が春明に生えると、目を輝かせる美琴がいた。その様子をしっかりと見逃さないのが、はるえである。その様子を見たはるえは、美琴を手招きで呼ぶと耳打ちした。
『あんた。春明ちゃんのこと好きなのかい?』
『なっ!!!!』
『おや、真っ赤になるところを見ると、まんざらでもないのかな?』
『な、何を言ってるんですか?! もう。』
美琴とはるえが盛り上がっているそのころ、春明は病室で泣き崩れるあきらに報告していた。
「ごめんなぁ。間に合わなかったよ。春明も悪かったな。付き合ってもらって。」
「いや、いいよ。ぼくには見えるし……」
「そうなのか……あっ、じゃぁ。」
「うん。」
あきらは、母がみけと再会できたことがうれしかったのか、ベッドサイドにある椅子にガックリと崩れ落ちた。もともと妖力のカケラもないあきらは、みけが憑依した状態の春明を見ても、ケモミミは見えない。
そのため、美琴がはるえと話をしていても、あきらからは独り言を言っているようにしか見えていない。それは、美琴とはるえが真横に来たとしても視認することはできない。
『やっぱり、あたしは。死んじまったんだね。なんだか、物悲しいけど……』
『こうして、息子のあきらに触れようとしても、もう触れれないのか……』
いつも笑顔が多かったはるえが、息子に触れることができないことで、ひときは悲しい表情をしていた。
「あっ! ちょっと待った!」
「ん?」
「春明。お前、見えるんだよなぁ?」
「う、うん。」
あきらがふと何かに気が付いたのか、決心がついたような顔つきで、春明に告げた。
「どこにいるか教えてくれるか?」
「えっ? なんで……」
「それは……」
「それは?」
「お礼と決意が言いたいんだ! 母さんに……」
それから春明は、あきらの向かいに椅子を用意した。そこに向かってあきらは話しかける。
「すまなかった。母さん。いろいろと世話を焼いてくれたのに、何もしてやれなくて。」
「倒れたのを見つけてくれたのも、猫のみけだった。」
「最期まで親不孝者だったけど、産んでくれてありがとう。」
あきらは、おもいのたけを誰も座っていない椅子に向かって話していた。しかしそれは、しっかりと母親のはるえのもとに届いていた。
春明は眼鏡を貸すことを考えたが、はるえの号泣する姿をみたら、渡さない方がいいと思ったのだった……
それから、あきらはなぜか宣伝しておくからと、一回り大人になったようで、しっかりと喪主を勤め上げたそうな。一方のはるえはというと、時々相談所に来ては、花枝と一緒に話をしたりしているのだった……