里音書房
第9話 野良猫と想い
 よみがたり相談所では、いろんなことが起こる。アヤカシが助けを求めたりくる。それは人も同様で、この前のあきらがまさにそれだった。そして今回も…… 「その子は……」 「病院でも、もう助からないだろうって……」 「確かにその傷では……」  泣き過ぎたのか、目を真っ赤にしていた飼い主の女性は、ひん死の猫を連れよみがたり相談所にやってきていた。  かといって、病院でも処置の施しようがない状態の猫を、ここに連れてこられたからといって、何ができるかといわれても困ってしまう。 『一応は、出血は止まってるけど……虫の息だなぁ~』 『現に、幽体離脱しちゃってるし……』  春明には、飼い主の横にいる霊体の猫が飼い主を止めようとしていた。それは、もうすでに自分の死期を悟っているような姿だった。  それを全く知らない飼い主の女性は、自分の服に猫の血が付こうがお構いなしに、猫の体を抱き、ゆすったり撫でてあげたりしていた。 「ねぇねぇ。起きて! ねぇ。起きて。」 「あの、その子は……もう。」 「知ってます!」 「えっ。」 「知って……ます。でも、こうしてないと、どこかに行ってしまいそうで…」  その女性ももう、助からないのを理解したうえで、猫をさすっていた。女性の腕に抱かれた、子供のような猫は、かろうじて鼻や胸が動き呼吸をしているようだった。  女性にとっては最愛の猫が、もう腕の中で虫の息になってしまっては、取り乱すのも当然だった…… 『みけ。わかるか?』 『みゃぁ。』  幽体離脱した猫にみけが近づくと、猫の思念が春明に伝わってきた。それは、その猫が体験したうれしいことがフラッシュバックのように春明を襲う。その姿に、女性も気が付き…… 「あ、あなた。泣いてくれるんですか?」 「えっ? あ、うん。」 「ありがとう。」 「ここが、どういう場所か、知ってて来たんですか?」 「ここは、よみがたり相談所。つまりそういうところでしょ?」  春明は、涙をためながらゆっくりとひとつづつ説明する。それは、女性にも伝わったようで、春明の涙の理由が分かったようだった……  春明の中には、その猫が体験したことがすべて流れ込んでいた。  野良で生まれ、飲まず食わずで苦労した中、女性に拾われたこと。  最初は、右も左もわからず、阻喪そそうをしたり。  警戒しすぎて女性の手を引っかいてしまったり。  初めて触れるおもちゃに、興味津々でじゃれついたり。  そして、自分がじゃれついていると、女性も楽しそうに笑う姿が伝わった。  そんな、楽しいことや苦しいこと。そのすべてが、春明へと流れ込んでいた。 「じゃぁ、この子。幸せだったんですね。」 「はい、野良で苦労していた時に、あなたに拾われて。最初こそ手を噛んじゃったり、引っかいたりしたけど……」 「とても楽しかったって……。料理は下手だったけど、おいしかったって。」 「あはは、そんなことも覚えてたのね。」  姿も消えかけたその猫から、最期に伝わってきた言葉は、女性との生活が楽しかったのと合わせて、感謝する気持ちそのものだった。 「あっ……。今……」  それまで、うっすらと呼吸することで動いていた鼻とおなかが、ゆっくりと動かなくなる。それは、呼吸が止まり、生命活動を止めたことに他ならなかった。 「えぇ。成仏しました……」 「そ、そうなの……。」 「最後に、これだけは伝えてって……」 「なんですか? 気にせず、言ってください。」  春明は、必死に涙をこらえながら、笑顔を作り、呼吸を整えて言葉を紡いだ。そして…… 「ありがとう。あえてよかった。と……」 「そ、そう。ありがとう……。あなたも、この子も……」  春明は、これほど想いを伝えるのがつらいことはなかった。今までは、目に見えて話せることで、人もアヤカシも同じような位置づけになっていた。しかし、この猫のおかげで、必死に生きてこの女性に会い。幸せな毎日を贈っていたことを、最後の最期まで忘れない温かさが伝わってきた。  それから女性は亡骸になった猫を、とても大事にしていたおもちゃの箱に入れ。大事そうに抱えて帰宅したのだった。  それを見送った春明は、どっと疲れたようにソファーにもたれかかって、涙を流した。その数分後、美琴が事務所に来たときは、平静を装ったが保つことができずに、美琴の背中を借りてもう一度泣いた春明だった……
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