美琴は事務所の入り口に、春明の靴を見つけ、退院しても真面目なんだから、半ば呆れていた。
「いや、休んでもいいんだけど…。まったく…春明は。」
美琴は、春明が見えなくなったことで、可視化と可聴化の呪符を使い、春明と同じく発動させていた。
そのことで、事務所内がいつにもましてにぎやかになっていたのがわかった……
『まさか……』
「春明!! あ……」
美琴が慌てて事務所の扉を開けると、春明の髪や服をつんつんしたり、髪を引っ張り上げたりして遊んでいた。
「やぁ。美琴。おはよう。」
「『おはよう』じゃないから。もう、何してんだ!!」
「こら、お前たちは、春明を、ん! いじるなっ!」
「み、美琴。大丈夫だから……」
「でもだな……」
美琴が払っても、アヤカシたちは次から次へと、手を伸ばしいじることを楽しんでいた。美琴は、そのたびに、払いのけていたが、あまりの多さに手が滑ってしまい……
「あっ!」
「美琴!」
互いの顔が近づき、息のかかる距離まで一気に近づいてしまう。それは、今にもキスしてしまいそうな距離で、互いの息がかかるほどの近さだった……
「は、春明……」
「美琴……」
「あっ、ごめん。アヤカシたちを払ってたら、手が滑って……」
ギリギリで事なきを得た美琴だったが、その周囲では、アヤカシ達がいろいろなことを口走っていた……
「惜しかったなぁ~」
「なぁ~もう少しで、キスしてたのに……」
「なぁ。」
美琴を冷やかすかのように、周りをニヤニヤしながら話すアヤカシ達に……
「お前ら……」
「いい加減にしろぉぉぉぉ!!」
「わぁぁ。怒ったぁぁぁぁ~~」
そんな美琴の様子を、春明はニコニコしながら眺めていた。その視線に気が付いた美琴は、思わず恥ずかしくなった。
「美琴。そこに、いるんだろ?」
「あぁ、まだ。見えないのか……」
「うん。でも……」
「でも?」
くすっと笑うと、春明はただでさえ小顔な顔をくしゅっとして美琴に言う。
「美琴が楽しそうでよかったよ。」
「えっ?」
「だって、これまでの美琴は、僕と仕事で付き合っていてくれたような感じだったし、それに、この能力に振り回されてはいってきたろう?
「まぁね。」
そんな話をしていると、美琴のそばにいたアヤカシが、気がかりなことを話し始める。それは、アヤカシの見えるか見えないかの問題だった
「このまま、春明はあたしたちを見れなくなる時も、あっという間に訪れる。」
「えっ?」
「優秀過ぎる能力だからね。その反動から見えなくなる可能性もあると思う……」
「えっ?! そんな……」
「戻ればいいが……。このまま見えなくなる可能性も……。」
「春明……」
それから、美琴は今までのことをいろいろともおいで頭の上に浮かんでいた……。これまでの楽しかったことや、決して善意のアヤカシだけじゃない、当然。悪意のアヤカシに襲われたりしたこともあった……
春明の何の気なしに発した言葉に、美琴は、今までに春明と経験してきたことが、すべて否定されるような気持ちになった。
「僕も、この能力が無ければ……」
「いやだ!!」
「えっ?」
「春明が見えなくなるのも嫌だし、春明と一緒にやってきたことを否定するのも嫌!」
「美琴……」
美琴は、自分がどうしてしまったのかわからなくなるほどに、困惑していた。それは、自分の存在意義すら否定されたような気分になっていた……
『どうしてそんなこと言うんだ?』
『春明と一緒にやってきた、この数年はいったい……』
そう想いだした美琴は、わがままな自分の心にも気が付き始めていた。それは、純粋に春明を失いたくない自分と、ここまで歩んできたものが否定されるような嫌な気持ちの板挟みで、普段は男勝りな美琴は違い、美琴の乙女な部分が表に出ていた……
「美琴……」
「い、いや。何でもない……」
「なんだもないわけがない。美琴。そんなに…。ありがとね。この目と能力が戻ってくれれば……」
「うん……春明……」
美琴の中で、少しずつ春明への想いが動き始めたのだった……