「なんだって?!」
その日。よみがたり相談所には、美琴の驚きの声が響き渡っていた。
春明の妖力を回復させようと、美琴は妖力を補給する札を使うものの、失敗。
春明が、美琴の札を持ち、使おうとするものの……
「やってみて。」
「こう?」
ばちん!!
「いたっ!!」
美琴の札を春明が使おうとすると、静電気のような光が走りはじかれるという状況になっていた。あたふたとする美琴だったが、春明はそこまでダメージを負っていない様子で、安心していた。
そんな美琴の悪戦苦闘を知ってかしらでか、よみがたり相談所に、妖力は小さいものの、年老いた老人のようなアヤカシが訪ねてきた。
「ここがよみがたり相談所かい? わしは龍三 というものだが……」
「あ、は、はい。」
美琴が慌てて返事をすると、見ることができない上に聞こえなくなってしまっている春明も気が付いたようで……
「あれ? 来客かな? 美琴……」
「うん。」
「すみません。私、今ちょっと、調子が悪くて……」
アヤカシに向かって挨拶する春明だったが、どこにいるのかを特定できていないため、虚空を見て挨拶をしていた……
「ほうほう、おぬしが見えなくなったという……」
「えっ?! 知ってるんですか?」
「うむ。わしの旧友の、花枝さんからきいたからのお」
「花枝さんの……」
そのアヤカシは、花枝から事の次第を聞いたようで、春明の頬を軽くなでる。すると、春明の状態に気が付いたようで、近くのソファーに腰を下ろす。
「う~ん。これは……」
「何かわかりました?」
アヤカシが少し考えこむと、美琴にひとつひとつ伝えた。
「美琴さんといったかな。」
「はい、春明に何が起きてるんですか?」
「うむ、実はな、ある種の封印がかかっている状態なんじゃ」
「封印?」
目が見えない状態のアヤカシは、美琴に向かって淡々と話し始める。そして、目が見えていないのにも関わらず、そのアヤカシは美琴が女性。春明が男ということを理解していた。
それだけでなく、目が見えない状態にもかかわらず、美琴の位置や春明の場所を的確にとらえていた。
「彼が体調を崩したことがあったんじゃないか?」
「はい、数日前に、退院はしてきたんですけど……それから、一切見えなくて……」
「本来なら、生者に我々、アヤカシが見えること自体がおかしいのじゃ。そのうえ、噂には会話までできると聞く……」
「よほど、体に負荷がかかっていたんだろ。それで、一時的に使えなくなっている状態なんじゃ。」
体調不良で倒れた春明。そのことで、春明の能力は低下してしまった。そして、一時的な封印がされた状態になっていたが、自然に復活する可能性も秘めていた。
「それじゃぁ……」
「安心するのはまだ早い!」
「えっ?」
「先ほども言ったように、“見えない”のが当たり前じゃ、この見えないのが続けば、いつしか見えないのが当たり前になる。」
「ええっ。」
「春明とやらが、見えなくてもいいのなら、ほおっておいた方がいいが……」
「それは……」
「おぬしはどう考える? 美琴よ。寄り添いたいか? ともに歩みたいか?」
美琴にとって、春明と一緒にアヤカシの相手をしているのが、とても楽しい時間だった。たとえ、春明だけが見えなくなったとしても、自分がその分を補えると思っていた。それで十分だと思っていた……
しかし、美琴だけでは補えない部分が判明していた。それは、性格に相手の意志を読み取る能力。美琴も一応はその力が使えるが、解釈によってすべて変わってきてしまう、そのことで、意思の疎通が失敗することもある。
そのため、春明の存在が重要になってくる。それだけでなく、美琴にとっての春明の存在がどんどんでかくなっていた。
美琴が悶々と考え込んでいると、アヤカシが一言。
「おぬし。春明とやらのことが、好きなのか?」
「え。えぇっ?!」
唐突なアヤカシの発現に動揺して、声を上げてしまう美琴。その声に、春明も驚いた様子で反応する。必死にその場を繕うと、深呼吸をした美琴は、そのアヤカシに質問をする。
「ど、どうして、好きって……」
「それはな、わしのこの目じゃよ。」
「その目……」
「うむ。この目は生前から見えなくての、死んでからはなお、ふわふわとした感覚じゃ。」
「その代わりに、妖力を感じ取れるようになったんじゃ。」
「妖力を感じ取ることで、相手がどのような感情なのかを読めるようになっての。」
そのアヤカシは、目が見えなくなり妖力で相手の力量や感情まで読み取ることができるようになっていた。そのことで、美琴が春明に好意を寄せているのがわかったようだった……
「春明とやらは、内側の妖力はまだ健在だが、その妖力だけじゃ足りないのだ。」
「これは、妖力が多い春明殿だからこそ、強固な封がかかってしまったのだろうて……」
「それで、俺はどうすれば……」
そのアヤカシは、不思議そうな顔をしたものの、一つの答えを美琴に告げた。それは、カップルにとってはごく自然のことだった……
「美琴さん、これしかなかろうて。接吻じゃ接吻。」
「接吻…、き、キス?!」
同様する美琴をしり目に、そのアヤカシは説明を続けた。それは実に理にかなっていたようだった……
「おぬしの妖力と、内側からの妖力の兼ね合いで、封印を解除するんじゃ。」
「で、でも……」
「『でも』、じゃないじゃろ、ほら。」
「は、はい。」
それから、美琴はアヤカシに指示されるがまま、春明へと近づいていく。当然、春明にも説明するが、疑心暗鬼の春明は疑ったような表情をしつつも、美琴の説明の通りにする。
「い、いいか? こ、これは治療……」
「う、うん……」
春明が妖力が使えるようになってほしいという願いと、好きという感情の合わさり、美琴の中では、複雑な感情になっていた。
そして、ゆっくりと、唇同士を近づけていき、そして甘いキス。もとい治療という名のキスをする美琴だった。そして、しばらくると、微細な静電気のような火花が小さく散る。
ぱちっ。
『いっ。こ、これくらい。平気……』
長く、しっかりと妖力を送り込んだ美琴。そして、しばらくした後、ゆっくりと唇を話していく……
「は、はぁ。はぁ。春明……どうだ?」
「んあっ。はぁ、はぁ。 美琴……」
「あそこに、アヤカシが座っているんだが……見えるか?」
「あそこに……」
春明は、ゆっくりとソファーへと目を向けると、先ほどまでは見えなかったアヤカシの姿が見えるようになっていた。そのうれしさで、春明はほっとした涙が流れ出ていた。
「は、ははは。み、見えてる……」
「ほ、本当か?」
「うん。ありがと、美琴……」
春明が視力を回復したことにほっとしたアヤカシは、改めて春明に向かって声を出して見せた。
「どうやら見えたようで何よりだ。」
「あっ。声も……」
「おや、噂には聞いておったが、砂の耳もお持ちなのか。それなら、なおさら強固だったろうに。よく封を突破できたものじゃ。」
「えっ? それって……」
「あぁ、能力が高ければ高いほど、封も強固にかかる。その場合、別の要因が必要になってくるんじゃがな。」
「別の要因?」
二人は見合い、首をかしげていたが、そのアヤカシには常識のようで、半ばあきれ気味に説明する。
「なんだ、おぬし。知らんかったのか?」
「知らないも何も……」
「妖力の強いものにとっては、対 の思いが重要になってくるのだ。」
「思い?」
「恋心じゃよ。おぬし、春明とやらのこと好きなんじゃろ?」
「なっ?!」
「み、美琴が?」
普段は冷静沈着な美琴で、男勝りでボーイッシュな美琴だが、この時ばかりはオロオロと目が泳いでいた。
「いや。こ、これは、治療で……」
「何をいまさら言うておる。あんなに濃厚な接吻をしおってからに。軽い接吻でよかったものを……」
「えっ?!」
「美琴……あなた。そんなに……」
「いや。ちがっ。くないけど……」
くすっと笑ったアヤカシは、ゆっくりと姿が薄くなる。
「あ、姿が……」
「あぁ、そろそろ、時間のようじゃ。」
「えっ?! じゃぁ。」
「あぁ、時間がなかったからのう、前にも、おぬしのような能力者に助言して、封を破る方法を知っておったからの」
「最期に、孫のようなおぬしたちに助言できてよかったわい。」
美琴は、いろいろと教えてくれたアヤカシに慌ててお礼をいうが、その目には別れを惜しむ涙が流れていた。その様子を見たアヤカシは……
「泣いてくれるのだな。なに、形と姿が変わるだけじゃよ。」
「いろいろ、ありがとう。」
「いいんじゃ。老いぼれの楽しみとでも思ってくれ……」
姿が消えかかりながらも、精いっぱいの笑顔と優しさが二人へと伝わってきた。そして、ありがとうという言葉とともに、その姿が消失してしまった。
そして、春明と美琴は、見合うと改めて唇を重ねたのだった……
それから数か月後……
「花枝さん。あの時はありがとうございますね」
「いいのさぁ、ちょうど知り合いにいたからね。クセが強かったろ?」
「ですね……」
今日も、よみがたり相談所では、いつものようにアヤカシたちが井戸端会議をしていた。その話は、もっぱら“あのこと”だった……
「で? したのかい?」
「『した』って? 何をですか?」
「何って……接吻さ。」
「なっ?!」
一気に真っ赤になった美琴に、春明が横やりを指す。それも、饒舌に……
「えぇ、それはもう、濃厚でとびっきりディープな……ね。美琴」
「は、春明?!」
「あら、そうなのかい? もう、美琴くんは、情熱的なんだねぇ~」
「花枝さんまで?!」
ニヤニヤと話し始める花枝と春明。その二人に真っ赤になった美琴がムキになって怒るという状況が出来上がっていた。
よみがたり相談所は、今日も平和だった……