里音書房
第2話 近ノ衛家系録 -かわいいひいばば、現る?!-
 明治時代に来てしまったことに気が付いた美知留は、駅舎内にしつらえられたベンチに座り、母親に聞いていた曾祖母。ひいばのことを思い出していた……  美知留の家系。近ノ衛家は、代々商家の家ということもあり、豪華な邸宅に住んでいたこともあった。  美知留の母の代になってからは、豪華な邸宅に住むことはなくなっていたが、土地はしっかりと残っていた。その土地を大手会社などに貸し出し、土地代を主な収入源にしていた。要するに、大地主というやつだった……  美知留の祖母の母。つまり曾祖母の名前はうろ覚えだったが、当時にしては珍しい二文字の名前だったらしく、周囲からも注目を浴びていた。 「明治時代って……ひいばの年齢があたしのねえさんくらい?……」  誕生日で18になった美知留。新しいもの好きのひいばがちょうど美知留の姉くらいの年頃の時期がまさに明治時代だった……  ベンチに座り、考え事をしている美知留を、駅を利用する人々が怪訝な表情をしたり、はれ物を見るかのような表情をしたりと、いろいろな表情をしていた…… 『家に……行ってみようかなぁ~』  明治時代に来てしまった美知留。このまま、モヤモヤと考え込んでいても、堂々巡りしてしまうのが目に見えていた。まずは、家を目指してみることにしたのだった。ただ…… 『あんまり、見られると……恥ずかしい……』  明治時代といえば、ハイカラやバンカラが登場したばかりのころ。当時の女性のおしゃれといえば、肌の露出は極力少ないのが普通……  この時の美知留の恰好はというと、フリルを多用したミニスカートに、ノースリーブ。当時の人からしたらかなり扇情的な恰好をしていることになる。 「おい、あれ……」 「うわぁ~~~~」 「どこかのお抱えか? それにしても……」 『エロい!!!!』  そこまで短いというわけでもなかったが、ミニスカートで当然。膝上。風でも吹こうものなら見えてしまいそうなほどに短い。そんな服装を見慣れていない男性の視線を浴びてしまうのは当たり前だった……  美知留の自宅に行くには、路地を通る必要がある。両側を高い塀に囲まれていたが、その壁すら見慣れない壁だった…… 「こんな壁。あった?」  路地を歩く美知留を、後ろから追いかける人物がいた…… 「なぁなぁ。ねえちゃん。」 「ね、ねぇちゃん?!」  “ねえちゃん”なんて呼ばれる年齢でもない美知留にとって、ねえちゃんと呼ばれたことすら新鮮だった。美知留が振り向くと、そこにはいかにもという感じの柄の悪い男がふたりで、美知留に声をかけていた。ただ…… 「ちっちゃ!」 「誰が、ちっちゃいだ!!」 「あっ!」  思わず口にしてしまった美知留だったが、当時の平均身長として、男でも157㎝、女でも147㎝程度しかないのが普通だった。  しかし、この時の美知留の身長はというと、165㎝程度あった。現代では小さい部類に入るものの、明治時代では大きい部類に十分入る身長だった。  ただ、対面した男が自分よりも背が小さいということは、自然と視線が体に向かうということ。美知留をしげしげと眺めていた男の顔はデレデレと緩み切っていた…… 『エロいなぁ~~見えそう……』 「あ、あの……あんまり、じろじろ見ないでもらえると……」  美知留を呼び止めた男は、美知留の横にしゃがんだり、周りをぐるぐると回ったりしていた…… 「あぁん? そんな恰好をしておいて、見ないでって、なんだよ……」 「そんなもん。無理に決まってるだろぉ~~なぁ~」  明らかに、絡まれてしまっている美知留。そんな美知留に、声をかける人がいた。 「走って!!」 「えっ?! ちょっ!!」 「あっ! こら、まて~~~」  美知留の横を走り抜けた人が、美知留の手を取り走り出した。その手はすべすべとしていたことから美知留は、女性であることが分かった。  その女性のおかげか、男たちは追いかけてくることはなく、事なきを得たのだった…… 「あ、あの……」  しばらく走った美知留とその女性は、大きな家の前で立ち止まった。そこは、立派な豪邸で庭もとても広かった。 「はぁ、はぁ。ここまで来たらだいぶいいだろうけど……」 「あ、あの……」 「ごめんね。痛かったでしょ?」 「い、いえ。大丈夫です。」  美知留を引っ張って走りぬけてくれた女性は、美知留よりも一回り以上小さかったが、目鼻立ちははっきりしていて、美人であることがすぐにわかるほどだった。 「あんたは、なんて恰好をしてるの!!」 「すみません……」 「は、ハイカラでいいけどさ……肌。出し過ぎでしょ!! もう!!」 「ごめんなさい。」 「そんな恰好で、歩いてたら、絡まれるのも当たり前だよ!!」  腰に手を置き、怒っている姿は表情とは裏腹に、可愛らしくも見えてた。 「ここあたしのうちだから、とりあえず入って。」 「あ、ありがとうございます……」  家に招かれた美知留は、ついていくときに見た表札に、見覚えがあった…… 『あれ? 近ノ衛? あたしも近ノ衛……実家?』  立派な門扉を通ると、玄関までの道筋には石畳が敷かれ、両脇には立派な庭がしつらえられていた。昔、美知留が実家に行ったときに、似たような光景があったことを思い出していた…… 「とりあえず、かくまってあげるから。どこか行くところあるんでしょ?」 「は、はい。実家に……」 「へぇ。実家ねぇ~何て名前?」 「えっと……近ノ衛……」  美知留を案内してくれたその女性も、美知留の苗字を知ると不思議な表情をして首を傾げた…… 『近ノ衛……うち以外にこの辺にあったかしら……』  悩んだような表情をしていたが、その女性は自分の中で、一応の折り合いをつけたのか、納得した表情をしていた…… 「まぁ、よろしくね……えっと……」 「美知留です。平仮名3つでみちると呼びます。」 「ひらがなねぇ……」  何気なく使った平仮名という単語。当時、平仮名を一般でも使い始めてはいたが、小学校の要綱として追加されたのは、明治33年から。つまり、美知留がたどり着いたこの当時の明治55年には、どこかのお嬢様クラスの裕福な家庭でしか平仮名というものを知らないのが当たり前だった。 『ひらがなが出てくるってことは……どこかのお嬢様かしら……でも、近ノ衛って、ますます謎が……』 『身なりも日本人離れしてるし……。現に……なにアレ!!』  首をかしげながらみちるの様子をチラチラと見る女性は、美知留の扇情的な姿にくぎ付けになっていた…… 『その扇情的な、ハイカラな衣装は!!!!』 『ギリギリで隠してはいるけど……見えそうで見えないギリギリを追求した衣装……』 『興味をそそられるけど……着て歩けと言われたら……』 『うぅっ。恥ずかしくて、ムリっ!!!!』  そんなことをモヤモヤと考えていた女性を、美知留は首をかしげながら見ていた。 「あぁ、そういえば、名乗ってなかったわね。咲夜さくやよ。ひらがなみっつでさくやって呼ぶわ。」 「さ、咲夜さん?!」 「そうよ。ん?」  咲夜という名前に、美知留は聞き覚えがあった。それは、母親から聞いていた曾祖母の名前も咲夜という名前だった。  そして、美知留の中で、今まで目撃したことがすべてつながった。近ノ衛という表札に、助けてくれた女性の名前が咲夜。つまり…… 『ここ、実家?!』  たまたま連れてこられた家が、美知留の実家。そして、目の前で笑顔になったり、考え事をしたりとコロコロと表情を変える女性は、美知留の曾祖母。つまり…… 「ひいば?!」  思わず言い放つ、ひいばという単語。その言葉に敏感に反応したのは、やっぱりひいばだった…… スパーン!! 「誰がひいばじゃ!!!!」 ふごっ!! 『す、スリッパ?!」  どこからか取り出した、スリッパで勢いよくたたかれた美知留は、母親のしつけを思い出していた……  美知留の家系は、物事を教えてもらう時に間違ったことをすると、良くスリッパでたたかれる。スリッパというのは、痛くはないものの、音が響くためしつけにはちょうど良いため、重宝されていた…… 『あっ、やっぱり。うちの家系だ……』  スリッパでたたかれた美知留は、そんなことを思いながら、明治時代の実家で、曾祖母に導かれて事なきを得たのだった…… ---------------------------------------------------------------------- おまけ 時間は、美知留が男二人に絡まれる前に戻る……  男二人は、美知留に絡んでいるとき、下心丸出しだった。  見たことのない扇情的な美知留の姿に、鼻血が出そうなほどに興奮した二人は、美知留が路地に入ったところを見計らって声をかけた…… 『うわぁ~エロいなぁ~』  ひらひらと歩く度になびくスカートは、絶妙な長さでありながら、見えそうで見えない状況を保っていた。スカートから除く細い脚は、スベスベとしていて、光を反射し健康的な肌つやを保っていた。  当時の女性向けのインナー下着といえば、ズロースと呼ばれるショートパンツに近いほどの布地の大きさが主流で、現代で主流になっているような布地の小ささの下着を履くのは、大人の店ですら多くなかった。  ミニスカートの美知留。スカートの丈からしたら、当時主流のズロースが見えてもおかしくない長さしかないのだが、それが全く見えないことでより、男の想像力を掻き立てていた。 「なぁなぁ。ねえちゃん……」  美知留がそんな恰好で歩いているのだから、当然。声をかける男。  下心がないといえばうそになるが、あまつさえ、“そういう展開”を期待して声をかけていた。くびれた腰に、長い手足。手入れの行き届いたきめ細かいお嬢様のような美貌の美知留が目の前にいるのだから、発情期の牡馬の前にピチピチの若い雌馬を入れたようなものだった。  男たちが、下心満点で声をかけた矢先…… 「走って!!!!」 「えっ!!!!」 「あっ! ちょっ!!」  咲夜が美知留を引っ張り、二人の前を脱出したのだった。  その場に取り残される形になった男二人は、ガッカリするかと思いきや…… 「あ~あ、行っちまったよ~」 「…………」  ミニスカートの美知留。その場を脱出するために、咲夜が強引に美知留の手を引っ張るものだから、当然。ミニスカートはめくれ上がり。小さな布地が顔をのぞかせる。  そこまで派手なデザインではなかったものの、この当時。隠すのが当たり前の社会でのあの扇情的なデザインと布地の小ささ。きめの細かい肌と手入れの行き届いた美知留の姿は、男たちの想像の斜め上を行っていた。しばらく見合った二人は…… 「白だったなぁ~~」 「うん。いいものを見た……」 「うっ!!」 どさっ!  天を仰ぎ倒れこんだ男たちの脳裏に鮮明に焼き付いたその小さな布地は、鼻からあふれ出る鮮血で血だまりができるほどに、扇情的で脳天を貫くほどに刺激的だった。 「おい! お前ら!!」 「なにして……ん?!」  たまたま居合わせた藩兵が、駆け付けるとそこには何か事件でもあったかのような状態になっていた…… 「えぇっ!! 本当に何があったんだよ?! これ!!」 「なぁなぁ……こいつら、幸せそうな顔して、気絶してるぞ……」 「ほんとだ……」  そして、数日後。新聞の一面には…… 「妖艶美女 現る!! 肌をあらわにした美女を路地で目撃!! 美女が去った後には、鮮血の血だまりが!!」  という紙面が躍ったそうな。そして、それからの数日間、路地を出入りする人が増え、人通りが少なく治安が悪かった路地が、かえって治安が良くなったのだった。
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