美知留が部屋の中で、咲夜をひいば呼ばわりしたそのころ、廊下では……
「お母さまが、どなたかを連れてきたと……」
スパーン!
新しい物好きで、来客があってもめったに手を挙げることのない、母親のいる部屋からまさかのスリッパでの殴打音に驚き、慌てて部屋に入っていった。
「お、おかぁ様! まさか、お客様を?!」
「あっ、美緒。だって、この子がひいばなんていうから……」
「それにしても、来客者をスリッパで殴るのはどうかと……」
一方の殴られた美知留はというと、そこまで痛くなかったということもあり、体制を立て直した。
「さ、咲夜さん……叩かなくても……」
「あんたが、ひいばなんていうからでしょうが! 全く……」
「お、おかぁ様……そ、その方の恰好……」
美知留の姿を見たその子は、みるみる頬を真っ赤に染め、見てはいけないものを見ているような表情をしだす。
「その方、どうしてそんな恰好ができるんですか?! はしたない!!」
「えぇっ? だって、これ普通……」
「ふ、普通?!」
そういうと、美知留はその場で回って見せた。当然、ミニスカートなのだからはらりとめくれ上がると、当然のように下着が見える。
ただ、美知留が行ったこの当時の下着は、ズロースというショートパンツに近いのが当たり前の状態で、そんな小さな布地で隠しているのだから二人には衝撃が走る。
「なんて恰好してるのよ?! もう!!」
首をかしげる美知留と、頭を抱える咲夜。そして顔を真っ赤にして激高する美緒という不思議な光景になっていた。
そんな中、咲夜は気が付いてしまった。自分が彼女を助けるために強引に手を引き、ここに連れてきたときのこと……
『あれ? ちょっと待って……』
『あたし、あの子の手を取って強引に連れてきたわよね?』
『あんなに軽く回っただけで見えてしまうっていうことは……』
咲夜の頭の中では一つの答えが導き出された。それは……
『この子。とんでもない露出狂だわ!!』
咲夜の中で、美知留が露出狂認定されたとは、全く知らない美知留。
美知留のいた現代では主流の姿も、明治時代ではハイカラを通り越し、露出狂に位置してしまっていたのだった…
「み、美緒。あなたの服を貸してあげなさい。彼女に……」
「は、はい。今持ってきます……」
美緒に取りに行かせた後も、部屋に残った咲夜は、そのハレンチ極まりない美知留の姿に興味津々だった。
それまで、下着といえばショートパンツに近いズロースが主流な咲夜にとって、実に布の小さな扇情的なデザイン。それでいて、隠すべきところはしっかりと隠しているという、機能的なデザインに魅了されていた。
『なんなの。この扇情的なデザインは……』
『ギリギリの長さのスカートと、あえて防御をギリギリまでカットし、おしゃれに転嫁したようなデザイン……』
「あ、あの……咲夜さん?」
美知留の横にしゃがみこみ、スカートをつまんでたくし上げたり、のぞき込んだりと、しげしげと眺めていた咲夜。
そんな咲夜の姿を、美緒は持ってきた着替えを落とすほどに絶句していた……
「お、お母さま!! いったい何をしてるんですか!?」
「み、美緒?!こ、これはね、そ、そう。興味よ。」
「は、はぁ。」
「そこにおいて。美緒」
「は、はい。」
若干、あきれ気味の美緒と、必死に当たり前のことと思わせようとした咲夜の構図が完成したのだった……
何気ない二人の会話に、美知留は何気に気が付き始めていたが、信じられずにいた……
『待って……美緒? この同い年くらいの子が?』
『それに、お母さま?! 咲夜さんが!? この容姿で?!』
いろんなことがありすぎて、頭がパニックになりかけていた美知留は、ギリギリ残っていた思考回路を使って、整理していた……
確かに、美知留の家系には、咲夜も美緒という名前の人がいた。もし、そのことがあっているのなら、着替えを持ってきた同い年くらいの子が美知留の祖母ということになってしまう。
「こ、これに着替えるんですか?」
「当たり前でしょ、いつまでそんな裸みたいな恰好でいるつもり?!」
「は、裸?!」
仕方なく、美知留は着替えを始める。その様子を咲夜も美緒も物珍しそうにしげしげと見つめる。
『あの、見ないで……。いくら同姓でも、さすがに恥ずかしいよ……』
興味津々の二人から見られながらも、着替えが終わった美知留は、まるで入院着や生理中に履く下着のような感じがして、どうも落ち着かなかった。
『こ、これ。履くの……』
そんなことを考えつつ、美知留は気になっていたことを口にした。それは、明らかに美知留よりも少し上にしか見えない咲夜と、ちょっとしたくらいにしか見えない美緒の年齢だった。
「あ、あの。咲夜さん……」
「なに?」
「えっと、歳って……」
「はぁ。まぁ、女同士だから、別にいいけど……。28よ」
「えっ?」
「だから、28」
咲夜の歳を聞いた美知留は、絶句する。確かに若いとは思っていた。身長こそ美知留よりは小さいものの、年齢も美知留からひとまわり上と、わりと近かった。
「じ、じゃぁ。美緒さんは……」
「あたし? あたしは、16ねぇ」
「えぇっ?!」
つまり、28歳で16歳の娘がいるということは、つまり美知留の18歳の頃には、すでに2歳の子供がいることになる。
明治時代の社会情勢は、16歳前後で婚姻し、その後子を成し養育していくことになる。35~6で結婚するのが主流になっている美知留の元の世界からとは全く異なっていた。
つまり、美知留の目の前には、明らかに年齢の近い曾祖母と、年下の祖母が存在するということだった……そして、やっぱり……
「お、おばあちゃん?! あっ。」
イラッ!
「誰が、おばあちゃんよっ!!」
スパァァァァァァン!!
フガッ!
『あっ。二回目……』
またしても、自分より年下に見える美緒を、おばあちゃんと言ってしまった美知留をスリッパで叩く美緒と、見事な音が響いたのだった。
【おまけ】
美知留が着替えた後、咲夜は美知留が脱いだ服をしげしげと見つめる。美知留の着ていた服は、扇情的で露出狂の一歩手前を行っていた。
ただ、それでいて女性として重要な部分はしっかりとカバーできているうえに、レースなどのおしゃれな点もふんだんに盛り込まれている。
「ど、どうなってるの? これ……」
美知留は美緒の案内の元、散歩に出かけている。つまり、数時間は帰ってこないのが咲夜には想像できる。
「さ、さすがに……これを着るのは……そうだ。作ってみましょう!!」
足踏みミシンとありあわせの布を用意した咲夜は、手際よく真似をして縫い上げる。まさに職人の域を越えるほどの手際の良さで仕上げたのは、美知留の着てきた服を若干アレンジしたような服だった。
それでいて、サイズや寸法。布地の面積は同じに合わせていた。つまり、ほぼ正確な複製を作り上げた。
「あ、あの子……これで歩いてたの?!」
咲夜とて28歳の乙女である。おしゃれもしたいお年頃である。それでも、美知留の着ていた服は、刺激的過ぎた。
試着し、姿見の前に立つ自分の姿を見た咲夜は、モデルのようにフリフリと体をねじってみると、短いスカートは揺れ下着がちらちらと見えてしまう……
『はあっ!! 恥ずかしい!!!!』
姿見の前で体育すわりのようにしゃがむと、頭を抱えた咲夜。ふと、姿見の方を見る。すると、そこには、あられもない下半身を出した自分の姿があった。
かろうじて、大事な部分は隠れているものの、普段なら隠れているヒップラインはあらわになり、まるで履いていないように見えてしまう。
『うっ!! 無理っ!!』
女の子座りになった咲夜は、恥ずかしいだろうとは思ってはいた。しかし、美知留はそれを表情に全く出していないのだから、平気なんだろうとも想っていた。
ただ、座って気が付いたこともあった。布地が最低限の面積しかないため、肌が直接絨毯にくっ付くということだった……
『!!!!』
それは、咲夜にとって衝撃だった。まるで触られたかのような感触に思わず体がのけぞる。厳密に触れているのは絨毯なのだが、それはそれで絶妙な感触が伝わってきていた……
慌てて立ち上がった咲夜は、姿見でじわじわとスカートをたくし上げる。普段もスカートは履くことがあった。旦那にも、こうして挑発したことがあった。
その時は、スカートも長く、じらしを楽しむこともできた。ただ、このあまりにも短いスカートは、じらしもへったくれもなかった。
「み、見えちゃうよ……」
姿見の前で、生娘のような感情に戻ってしまった咲夜はふと視線を感じ、扉の方を向く。
「!!!!!」
「お、お母さま?!」
「えっ!! どうして、ここに?!」
凍り付くというのは、まさにこのことのように、二人の間の空気は凍り付いた……
しばらくの沈黙の後……
「お、お母さまも、乙女なんですよね。これは、見なかったことに……」
「ち、違うの。違うのよ。美緒……」
「ご、ごめんなさ~~い!!」
「み、美緒?! 待って……」
娘に見られてしまった咲夜は、必死になって美緒を追いかける。ただ、ここでも、ミニスカートがマイナスな方向に効いていた……
『あぁっ!!』
『スースーする……』
それは、速度を上げて追いかければ追いかけるほどに、スカートがめくれ上がり、肌があらわになる。それは、風通しを良くさせ、普段ならガードされている部分まで風にさらされる。
普段なら、すぐに追いつく距離でも、思うように走ることができない咲夜に、娘の美緒も心配するほどだった……
「うぅっ……無理……」
「お、お母さま。大丈夫ですか?」
「ご、ごめんね。これは、単純な興味なのよ。わかって……」
「わ、わかりましたから……」
それから、ゆっくりと部屋に戻った咲夜と美緒は、自分が興味を示し作ってみたことや、着てみた感想を美緒に伝えて事情を説明したのだった。すると…
「あ、あとで、着てみても?」
「えっ? 美緒。あなたも?」
「は、はい。興味がわきました……」
こうして、明治時代としては3人目となる、露出狂一歩手前の乙女が増えていくのだった……