美知留は、使用人としての仕事にもある程度慣れ、同じ使用人でだいぶ前に入ったたかやも驚くほどの速さで、上達していた。
物覚えも早く、掃除の手際もいいため、たかやの右腕のような感じになっていた。
「ほんと、美知留は、物覚え早いなぁ。ほんと、お嬢様。よく連れてきたなぁ~」
「そうですか?」
「驚くほどだよ。手際もいいし、料理も上手だし……」
「ありがとうございます。」
恐縮してしまっていた美知留だったが、本音では……
『まぁ、ここ。私の実家だし…。間取り知ってて当然なんだけどね……』
そんなやり取りを続けていると、咲夜が台所へとやってきて、美知留を呼び出した。そのわきには、美緒の姿もあった。
「この前はありがとね。手伝いに行ってもらって……」
「いえ、貴重な経験になりました。」
「それでね、あれからあなたが着てたような服のオーダーが入ってね。」
「へっ?」
美知留が、バイトした次の日。美知留が着ていたメイド服が評判がよかったらしく、美知留目的のお客が増えたようで、美知留が着ていたメイド服を咲夜のところで作ることになっていた。
そういえば、美知留の元の時代でも料理店がメイド服の発祥というのがあった。つまり、この時代に美知留が来て、服を着てバイトをしたことでこの店発祥のような形になっていたのだった……
「それで、美知留。一応、あんたは客人扱いなんだけど、使用人として働いてくれている。」
「ですね。」
「使用人だからというわけじゃないけど、美緒と一緒に遊んできたらどうだい?」
「遊んでくる?」
「そうさ、美知留。こっちに来て、ちっとも出歩いていないだろうからね……」
咲夜は知り合いの店を手伝ってくれたお礼と、出歩いていないことを気にしていたようだった。美知留は美緒とも年代が近いということもあり、一緒に見物でもしたら、休まるんじゃないかと思っていた。
確かに、美知留はここまでいろいろとややこしい状況に巻き込まれ続けていた。怪しい男二人にはパンチラ見られた上に露出狂呼ばわりをされるなど、いろいろなことがあった。
「もう一人連れて行ってもいいわよ。美知留。」
「いいんですか?」
「えぇ。週末だからね。」
「それなら……」
美知留は、考え抜いた挙句、美緒のことを優先することにした。
というのも、美知留の祖母。美緒の旦那はたかやで、まさに今。美知留に仕事を教えてくれている相手だった。
つまり、ここで美緒とたかやをいい感じにしてあげたいという美知留の気持ちがあった。
「じゃ、じゃぁ。たかやさんで……」
「えっ。たかやでいいの?」
「はい。」
「もしかしてだけどさ……」
「はい?」
「美知留って、たかやのこと好きなの?」
「ぶっ!!」
美知留には、そんな気すら全くない段階で咲夜に言われてしまったことで、吹き出してしまった。
「ち、違いますよ。もう……」
「あら、違うの?」
「たかやさんを指名したのは、気楽だからですよ。」
「そうなのね。」
それから、美知留は美緒の部屋へと行くと、外出用のおしゃれな服に着替えるが、なかなか美知留に合う服がなかった。結果的に美緒の服を着崩す形できるようになり、露出が激しくなってしまった……
「お待たせ……」
「おう……ぶっ!! なんだよそれ。」
「し、仕方ないでしょ、合うのがなくて……」
「美知留のこいつが、邪魔なのよ。ほんとに! てい!」
「いたっ! いたいからぁ~」
美知留の胸に、八つ当たりを始める美緒をよそに、三人は観光に出かけた。
美知留のいたころとは違い、路面はアスファルトで舗装されているというわけではなく、砂利道が多い。
そんな砂利道で、車が走ろうものなら、土ぼこりが激しいように感じるが、そうでもなく、現にそこまで車の性能はよくない。そのため、そこまで飛ばす車両なんているはずもなかった……
美知留がいたころにはない、路面電車や見たこともない信号機の形状。何もかもが全然違っていた。
『これでよく、この前。バイトに行けたなぁ~』
美知留がバイトに出かけたときは、行かなきゃと思っていたこともあり、しっかりとたどり着けたが、改めて見るとよく迷わなかったと思うほどだった……
「ねぇ。美知留」
「ん? 美緒ちゃん。どうした?」
「十二階、見に行こうよ。」
「十二階?」
「高層建築だよ。」
「へ、へぇ~」
美知留にとっての、高層建築というのは、そこまで珍しいものではなかった。美知留のイメージでの高層建築というのは、○○タワーや〇〇〇ツリーなどの、人が住まない電波塔や、ショッピングセンターなども一応は、高層建築に入っていた。
しかし、この時代での高層建築といっても、あたりを見回しても、平屋か高くても洋館のような2階建てが多かった。つまり、この時代で高層建築といっても、そこまで大きくはないと思っていた美知留だった……
高層建築に関しては、美緒も興味を持っていたが、たかやも興味を持っていたらしく、美知留を挟んだ反対側から、そのすごさを饒舌に語り始めた。
「すごいんだ、美知留。レンガ作りで建築されててな。」
「そうそう。たかやも、気になってたんだね。」
「そりゃぁ、そうさ。」
「はいはい。一緒にいきましょ。」
美知留を挟んだ両側で、饒舌に高層建築について語りある二人は、もうすでにカップルの片鱗を見せていた。盛り上がってる二人の一歩後ろを引いて歩いていると、もう二人の間には、他人のような間柄ではなく、カップルのソレに近くなっていた。
二人のほほえましい姿に、自然をほほが緩んでいると、美緒が気付いたようで……
「ほら、なにしてるの。美知留、行くよ~」
「そうだ。いこう。」
「はいはい。」
なんだかんだで、好きなことに対しては、仲がいいのはこの時から一緒だったことを改めて感じていた美知留だった。美知留の祖父にあたるたかやは美知留が生まれる前に亡くなってしまっていたが、祖母や母から聞いた祖父の姿は、やさしく腕っぷしがいいイケメンタイプということが想像できるほどだった……
しばらく歩くと、その高層建築にたどり着いた。興奮する二人をしり目に、美知留はやっぱり。といった気持になっていた。
『わかっていたこととはいえ……』
『そこまで高くない……』
美知留が案内されたのは、浅野公園という場所にある通称、十二階と呼ばれるレンガ建築の高層建築で、レンガ建築としては結構な高さだった。
「うあぁ。高い……」
「だなぁ~首が痛くなる……」
興奮する二人とは違い、美知留はさらに高い建築物を知っているために、返答を困っていたものの、美知留の時代では祭りの時にしかないものがあった。
「あれ? 今日って、何か祭りがあるの?」
「えっ? あ、出店のこと?」
「うん。祭りの時だけじゃないの? 出店って……」
「えっ? あ。美知留って、帰国者だったもんな。こっちでは、これが当たり前なんだ…」
「そうなんだ……」
美知留の中では、祭の時くらいしか出店などは立ち並ばない。そのため、普通に立ち並んでいる日常が不思議で仕方がなかった……
「へぇ~。」
「ふふっ。」
「えっ? どうしたの? 美緒……」
「いえ、だって、美知留ったら、花より団子なのね。」
「ははは。」
「あぁっ。たかやさんまで……」
「ごめんごめん。美知留…。はははは。」
それからの三人はりんご飴の出店で飴を買った後、近くのベンチに座りおもいおもいにりんご飴を食べ始める。
同じリンゴ飴でも、飴をコーティングするりんごそのものを種類の違うものへと変えたりなど、結構なバリエーションが豊富だった。
「美緒ちゃん。一口ちょう~だい。はむっ。」
「あっ! ちょっ!」
「うん。おいしい!!」
「おいおい、美知留……だらしないだろう。」
「ええっ。いいじゃない。ほら、美緒ちゃんも……」
「で、できないよ……」
「いいから、ね。」
「そ、そう?」
美緒も、美知留の影響からか、少しずつお嬢様というお堅い枠にとらわれていた仕草が、少しずつ乙女らしい自然なしぐさへと変わっていっていた。その証拠に、美知留と出会う前なら、絶対にやらないであろう買い食いでの食べ物交換も、美緒は普通にできるようになっていた……
「はむっ。ん! ほんとだ、味が違う……」
「でしょ。」
「お嬢様。はしたないですよ……。回し食いなんて……」
「たかや。わかったけど……。今は、お嬢様はナシにして。」
「しかし……」
たかやも一応、近ノ衛家の使用人ということもあり、美緒がどう見られているかを気にしている。ほかの人からどう見られるかを、常に注視してまずい場所があれば指摘してくる。
しかし、幸か不幸か、美知留の影響を受けた美緒は、わがまま度合いが増し、いい意味で、フレンドリーになっていた。それまでならたかやに言い訳をすることはなかったが、美知留に出会って刺激を受けたことで、自分の意志に正直になっていった……
そして、仲がいいときもあれば悪い時もあるたかやと美緒。そんな様子に、少しだけ背中を押すことにした。
「あ、でも……」
「ん? なに。美知留……」
「同じリンゴ飴を食べたから……ある意味、間接キスですね。」
「か、か。間接キス?!」
ちょっとだけ背中を押すつもりだったが、思いのほか強く押したようで、間接キスという言葉に、美緒の敏感な乙女の部分が一気に活性化したようだった。
「でも、女の子同士だし。いいでしょ。」
「お、女の子同士……。そ、そうよね……」
美緒と美知留はほぼ同年代ということもあり、恋愛に関しても絶賛思春期。そんなこともあり、キス・接吻など愛を確かめ合う行為に対して、異常なほどの興味をそそられたり感情の高ぶりがある。
その興奮した美緒の様子を、ほほえましい表情で、眺めているたかやは、美緒や美知留から見て、2歳くらい上になるため、思春期を先に抜けた兄のような位置づけになっていた。
それでも、立派な男子。表には出さないものの、心のどこかでは間接キスに若干の反応をしたようだった……
美知留と、美緒。そしてたかやの休日は、こうして過ぎていった……
おまけ
これは、美知留が間接キス発言をした直後のこと。
美知留はその場のノリも相まって、りんご飴の回し食いをたかやともやっていた。
「たかやさんは、そんなに美緒さんにダメというんなら、あたしとならいいの?」
「そ、それは……」
「ほら。いいよ?」
たかやの前に差し出したりんご飴は、美知留が口をつけたもの。つまり、これをたかやが口にすれば、美知留とたかやが間接キスしてしまうことになる。
いたずら心に火がついていた美知留。当然、この時のりんご飴は、美緒も口をつけた後。つまり、必然的に美緒とも間接キスになる。
「ほら。美緒ちゃんのじゃないよ? あたしのだし……」
「そ、それなら……」
見事に美知留の口車に乗せられたたかやだったが、そこで動いたのは美緒だった……
「たかや!」
「お、お嬢様……」
「だから、ここでお嬢様は……」
「す、すみません。」
「それに…。ん。」
たかやに向かって差し出されたりんご飴は、美緒が口をつけたものを差し出していた。つまり、美知留との間接キスを防ぎたい美緒の、精いっぱいの抵抗だった。
「い、いいわよ。食べなさいな。」
「いいんですか?」
「いいから、早くしなさいよ!」
そして……
「はむっ。」
「ど、どう?」
「おいしいです。買い食いも、いいもんですね。」
「え、えぇ。」
美緒にとって、忘れられない休日になったのだった。そして、3人が家に戻った後、厨房に戻ったたかやに、咲夜がひとつだけ質問をした。
「ねぇ。たかや……」
「はい、なんですか? お嬢様……」
「美緒のこと、好き?」
「ぶっ! な、なにを言い出すんですか……」
「好きなんでしょ? 美緒のこと……」
「そ、それは……」
なんだかんだで、咲夜も美緒とたかやの関係に気が付き始めているのだった……