ネザーラビティアの城内に入ることができたアリスたちは、スラム街にある宿屋で計画を練っていた。
アリスたちは戦争をしに来たのではなく、大使としてという面もあり、ネザーラビティアの王様との国交を再開するために、来たということもあった。
ただ、親書は預かったものの、直接のつながりがないアリスたちでは、城に直接行ったとしても、追い返されるのが目に見えている。そのため、直接行くのではなく、ネザーラビティアの内情を知ったうえで、城へと行く方が得策と考えたのだった。
「で、どうします。アリス様。」
「それなんだけど……。私に考えがあるんだけど……」
「なんですか? その方法って……」
アリスが見知らぬ土地で、不思議がられずに行動する方法。それは……
『ほんとにバレません? この格好……』
『堂々としてればいいの。変に、挙動不審になるから、墓穴を掘るんだから。』
『ですが……』
アリスがある人の姿をして、宿屋の店主の元へと行くと、店主は勘違いしてくれたようだった。入店時にそこまで警戒しないネザーラビット人ならではといえば、それまでだったがアリスがチェックインをするときに、深いフードをかぶっていたのが功を奏していた。
「そ、そのお姿は……ルナティア様?!」
「は、はい。」
「こ、今回は、大所帯じゃないのですね。」
「えぇ。お忍びということで、こちらへと訪ねてきたのです。」
「それで、我が宿屋を……。光栄の極みです。」
アリスにはこの変装が成功する可能性が高いことは、宿屋に入って確信していた。
宿屋に入ったとき、それとなく壁を確認すると、そこにはルナティアのポスターが掲げられていた。開催時期こそ数年前のものだったが、その数年前のものですら、飾ったままで撤去しないということは、よほどここの従業員か店主がルナティアに心酔していることを示していた。
そして、アリスは、極めつけの一言を言う。それは、ルナティアならやりそうなことだったが、ファンにとってはご褒美そのものだった。
「あの、お忍びなので……。」
「えっ……」
受付をしていた店主を手招きすると、アリスは耳打ちをする。
「私がここにいることは、秘密にしてくださいね。お・ね・が・い」
それから、アリスたちは宿屋を後にし、その背中を見送る受付の店主の顔はまるでゆでだこのような真っ赤な表情をしていた。
アリスたちはネザーラビティアの内情を知るために、探索を始めるが用心深いラフィアは気が気ではなかった。
「ねぇ。アリス。大丈夫なの?」
「ラフィアちゃん。今は、ルナティアなんだけど……」
「あっ、そうだったね。アリ……ルナティア。」
「うん。」
宿屋を意気揚々と出てきたアリスたちだったが、もう一人。心配性のラフィラスがアリスに質問を投げかける。
「る、ルナティアさん。」
「どうしたの? ラフィラスちゃん。」
「私はそういう世情には疎く、本当に似ているんですか? アリス様とルナティア様って……」
盗賊の護衛の期間がなががったラフィラスは、慰問公演をすることの多かったルナティアとは接する機会が少なかった。
慰問公演といっても、危険な場所での公演はあるはずもなく、盗賊が出るのならなおさら公演が行われるはずもない。
一方、ネザーラビティアの城内であれば、一定の安全が確保されることもあり、城内での慰問公演が執り行われることも多かった。
しかし、昨今の情勢の変化により、ネザーラビティアでの慰問公演は行われることは少なくなったうえ、中心となる活動拠点が王都クラリティアになったことで、よりネザーラビティアの住人にとっては、娯楽が無くなったに等しい状況になっていた。
そんな中のアリスという名のルナティアが、お忍びでネザーラビティアを訪れているとなれば、話題性は十分である。
それを象徴するかのように、ルナティアと容姿も瓜二つのアリスが歩くだけで、人々はルナティアが来ているものだと思ってしまっていた。
「人の口に戸板は立てれないとは言いますが……」
「こうも、いとも簡単に広がるとはねぇ~」
アリスも口止めはしたが、いずれ流れるとは思ってはいた、それがこうも早く出回るとまでは思ってもみなかった。
『いやいや、あの店主。言いふらしてんじゃないの? もう。お願いしたのに……』
『まぁ、こうなるとは思ってたけどね……』
大通りまで出てきていたアリスたちは、カフェテリアに腰を下ろし紅茶を飲んでいた。その店の店員ですら、驚いた表情をしていたほどに、話がすでに周知の事実のような状況になっていた。
「で、これからどうするんです?」
「ね。どうしようか。」
「えっ? プランないんですか?!」
実際、アリスはあえて人目につくことで、ネザーラビティアの情報を仕入れようとした。しかし、かえって目立ってしまったことで、おいそれと話かけれない状況に陥ってしまうことに……
「あの……」
「る、ルナティア様!!」
「さ、サインをください!!」
「え、ええっ。」
そこまで公ではなかったものの、アリスが声をかけるだけで、サインを求められるほどの人だかりになってしまうこともあった。
即席のサイン会をこなしたりと、何気にルナティアの広報活動をしてしまっているような状況に、ちっとも内情を調べるどころではなくなってしまっていた。
『あ、アリス。どうするのよ?!』
『そんなこと言ったって……』
ファンから逃げるというわけではなかったが、公式として来ているわけではないルナティアという名のアリスは、路地に隠れて何とかファンの嵐から隠れていた。
そんなアリスに、小さな助け舟がもたらされることになった……それは……
「ルナティアしゃま?」
「えっ?」
呼ばれて振り返ると、小さな子供がアリスを呼び止めていた。その少女は、容姿こそ子供だったが、身なりはよく手入れの行き届いた髪と身に着けた服は、それなりの身分の高さを象徴していた。その容姿を見たアリスは、それとなく聞いてみた。
「君は?」
「しゃりま。」
「ん?」
「しゃりま。」
活舌がうまくいっていないのか、その少女は名前を言っているつもりなんだろうけど、ちっとも伝わって来なかった。そんな中、ラフィラスは聞き覚えがあったのか、アリスに耳打ちする。
『る、ルナティア様』
『えっ?』
『たぶん、この子。サリアっていう子で、貴族の子です。』
『で、この子って……』
『そうです、結構。皇族に近い子です。なので……』
ラフィラスは、もともとネザーラビティアに住んでいたこともあり、皇族関連には詳しかった。そのうえ、ラフィアもいることでコネとしては、十分すぎるくらいだった。
それに合わせ、アリスの家系も伝説級ということもあり、鬼に金棒のメンバーである。ただ、アリスたちを見つけたこの子にとっては、そんなことは関係なく、純粋な憧れからきていた。
その少女の憧れに、アリスたちは頼ってい見ることにする。目の前の小さな少女が、アリスたちの助け船になりえる存在だった。
「サリアちゃん?」
「ん。そう。」
「私たちを、君のうちに連れて行ってくれないかな。お姉さんたち、この街に来たんだけど、かくまってほしいんだけど…いい?」
アリスが申し訳なさそうに頼むと、しばらく考えた後、その少女は決心したように自慢げな表情で決意していた。
「わかった。ついてきて。」
「よろしくね。」
アリスたちは小さな案内人に連れられて、大きな貴族の屋敷にたどり着いた。そこは、高い塀に囲まれ、立派な門扉がデン!とアリスたちを出迎えていた。
しばらくすると、門扉の中からはメイドたちが駆け出してきて、案内してくれた少女を心配そうに出迎えていた。そして、その子に誘導される形で、アリスたちが顔を出すと……
「どうも。ついてきてしまいました。」
「ええっ。ルナティア様?!」
「どうも……」
アリスたちを出迎えたメイドたちも、どうやらルナティアのファンだったようで、驚いた表情で困惑していた。一人が一人を、そしてまたほかのメイドを呼びに行き、あっという間に人だかりができてしまった。
「あ、あの……」
アリスをルナティアだと思い込んで、メイドたちが囲んでいると、屋敷の奥から主人らしき人が厳かに現れた。
その容姿は、まさに貴族といった具合の立派な身なりをしていて、それでいてやさしい風貌をしていた。
「すみませんね。メイドたちが……、ここの住人は皆、あなたのファンなのですよ。」
「そのようですね。あなたのご子息も……」
「ええ。普段は付き添いのメイドの手を焼かせることが多いですが、今回は立派に客人を案内できたようです。」
「はい。しっかりと案内してくれました。」
アリスは恥ずかしそうにしているサリアちゃんの頭を撫でてあげる。
「ありがとね。サリアちゃん。」
「ん。」
それからアリスたちは、サリティオに促されて立派な邸宅へと足を進める。西洋風の立派なお邸宅は、数十人のメイドたちが仕えていた。
そのメイドたちに聞くと、ここの主人にスラム街から拾われた人が多く、そのほとんどがこの邸宅の住み込みだった。
二階にあるテラスから邸宅から見える手入れの行き届いた庭の先には、城がそびえたっていたが、少し視線をずらすとそこにはスラム街という貧富の差を象徴するような見晴らしだった。
その眺めを見ていたアリスの後ろから、サリティオが声をかけた。
「みすぼらしいでしょ。これが、ネザーラビティアの現状です。」
「貧富の差が日増しに増加し、その日生きるのも苦労するものすらいます。」
「その一方で、我々のような豪邸に住み、利益を独占している貴族は、山ほどいます。」
「その点を、ルナティア様……いえ。アリス様はどうみますか?」
サリティオのその問いに、一瞬。驚くも、アリスは知ったうえで屋敷に招き入れてくれていたことを改めて理解した。本来なら、外部の人間。特に王都から来たアリスには、こんな光景は見せたくはないもの。
特に皇族に近く、元老院に所属しているのならなおのこと、見せたくはないに違いない。それを、あえてアリスに見せたということは、サリティオ自身もこの現状を変えたくてもがいているようにも感じ取っていた。
『サリティオさんは、私が王都から来たということを知ったうえで、招き入れてくれた』
『本来なら、見せたくないであろうこの現状を、あえて……』
アリスは言葉を選びながら、サリティオに返答をする。それは、ルナティアではなく、大使としてのアリスの言葉だった。
「ご存じだったのですね。私が、クラリティア人であることを……」
「えぇ。私は王都にもつてがあるので、王都からの使者が来ることは、あらかじめ……」
「なるほど。それで……」
「でも、まさか娘が連れてきてくれるとは、思っても見ませんでしたが。」
クスクスと笑いあいながらも、思いをところどころに紛れ込ませ、互いの距離を図る二人の距離。それは大使として、そして一人のクラリティア人として、この現状をどうにかしたいという思いは、一致していた。
「生活していくうえで、貧富の差は重要です。しかし、この現状はあまりにも乖離しすぎています。」
「えぇ。私含め、貴族はクラリティアからもたらされた利益を独占し、スラム街を形成させてしまいました。」
「ですね。それを知ったからこそ、メイドたちのほとんどがスラム街出身なのもうなずけます。」
「わかっていただけましたか。アリス様……」
「えぇ。十分すぎるほどにサリティオ殿の思いは伝わってきます。ですが、私からすれば、もう少し足りない。とそう感じてしまいます。」
「ほう、その心は……」
アリスの意見を単刀直入に聞きたいサリティオと、単刀直入に言い過ぎたくないアリスの微妙な探り合いが続いた。
アリス個人としては、やり直してしまえば、簡単でいともたやすくできてしまう。しかし、それでは困る住人が生まれる。
一方で、富を均等に分配し、社会貢献をする形で、貧富の格差をリセットする方法。しかし、これでは貴族から反感を買うのは目にも明らかだった。
『だったら、あの方法しかないよね……』
アリスが思い描いていたのは、貴族に媚びるのでも、お金をばらまくことでもなく。全く違うことを思っていた。それは、盗賊を改心させた方法がひとつの機転になっていた。
盗賊たちは、自分の食い扶持を稼ぐために、盗賊業を生業としてしまっていた。それをアリスは、盗賊をせずに自分たちで産出する、自立した生活を送らせることで盗賊からの改心をさせることに成功していた。
そのことを、国単位でできないものかと思っていたアリスだった……
「サティリオさん。折り入って相談があるんですが……」
「ほほう。アリス様には、何か知らの妙案があるようで。これは、たのしみですな。」
「はい。そのうえで、国王陛下にお目通りをお願いしたいですね。
「わかりました。陛下への道筋を作りましょう。」
そうして、アリスたちは、サティリオとの相談の後、陛下への道筋をつけるべく奮闘するのだった……