里音書房
第2話 ひとと妖怪狐
 これは、いつきが高校三年。卒業まで一年を切り、進路に迷っていたころのお話。  いつきは特にイケメンでモテたということや運動部で高成績を収め、女子からちやほやされ、モテたというわけでは一切なく。いたってごく普通の高校生活を謳歌していた。  部活動も、体を動かす部活というよりは、本を読んだりしている方が多かった。特にいつきがのめりこんだのは狐だった。  もともといつきの住む土地が、妖怪狐との縁が深い土地柄というのもあったが、いつきがのめりこんだのはほかにもあった。 「ふさふさ~~もふもふ~~」  いつきは狐のふさふさとした毛並みと、ふわふわもふもふな感触が何よりも好きだった。ピンと立った二つの耳と、ふさふさの尻尾と狐を構成するすべてのパーツが大好きだった……  妖狐との縁も深いこの土地では、狐火きつねびや狐の提灯行列を見た!なんて人もいたが、いつきにはそういう能力は全くなく、いたって普通の人間だった。 「ねぇ。あれって……」 「うん。狐だね……」  山が近いということもあり、いつきの通う高校の校庭には、普通に狐が迷い込んだりする。狐とは言え、そこまで跳躍力が大きいということはないため、校庭の塀を乗り越えれない狐もいる。  そのため、迷い込んだ狐が抜けられるような小さな穴が設けられているが、そこはなかなか見つけることができない狐も当然いる。  廊下で目撃したいつきは、その狐に見覚えがあった。 『あれ? あの傷……。あの子か?』  山の中には、人が仕掛けたイノシシや猿に向けた罠も存在する。野生動物を捕えるために仕掛けられる罠に、狐も引っかかってしまうことも多い。この地域では、狐がかかってしまった場合は逃がすことが通例になっている。  ただ、そのほとんどがイノシシなどがかかるため、賢いとされる狐がかかることは皆無に近かった。  ただ、この時。校庭に来ていた狐は、体も小さく若い狐だった。足をかばうように歩くその狐は、痩せていてエサをろくに取れていないようだった。 『ほかの狐に助けてもらうっていうのもあるけど……』 『仲間とはぐれちゃったのかな?』  一度群れからはぐれた狐は、群れへ戻ったとしても仲間として受け入れてもらうことは少ない。野生の法則というやつである。  群れのボスを頂点としたピラミットは、群れの新入りを拒む場合もある。そんな狐はハグレの狐になり、仲間に入れてもらう群れを探すか、一匹で生活することになる。  ただ、校庭に現れた狐は、いつきが介抱したことで、何とか生き延びていたようだった。 「また来たのか?」  昼休みということもあり、その狐のもとに近寄ると、足をかばって歩く狐も気が付きいつきの元へ寄ってくる。  売店でパンを買ってきていたいつきの持ち物を、クンクンと嗅いでいた狐。 「大丈夫かなぁ? たぶん。大丈夫だろうけど……」  狐に辛いものは厳禁なのはもちろんのこと、カロリーの高すぎるものも当然アウト。それでも、パンやハム程度なら狐が食べても平気。  よほどおなかが空いていたのか、むしゃむしゃと平らげると、満足そうな表情をしていた。  警戒心が強い狐は、そこまでなつくことはないが、この子に関しては、別だった。満足したのか、座っていたいつきの膝の上で丸まった。 「まったく。今度は、ちゃんと群れに入るんだぞ。ここまで、人間慣れしてる狐もなかなかだけどなぁ……」  その狐は、いつきが心配になるほど人に慣れていた。というのも、群れの中には、人の匂いを嫌う群れも存在しする。そんな群れに行こうものなら、それだけで血なまぐさい状態になってしまう…… キンコンカンコン~ ビクッ!  昼休みの終了を知らせる放送に、すやすや気持ちよく寝息を立てていた狐も、驚いて飛び上がるほどだった。 「あぁ。驚くよな。この音量だと。ははは。落ち着いて、大丈夫だから」  いつきの膝の上で安らいでいた狐は、チャイムとともに飛び起きると、おろおろとあたふたした後、いつきの声を聞き安心したのだった。  そんないつきは、塀から出ることのできる穴を教えると、狐はいつきに一礼をしたあと、その穴からひょこっと通り山に帰っていったのだった。  そんないつきの様子を校舎から眺めている少女が一人…… 「いつのお嬢様? どうかしたんですか?」  お嬢様と呼ばれたその少女は、腰まで伸びる長い銀髪を風になびかせ校庭の様子を眺めていた。 「あぁ、またハグレ狐ですか……あの子はもうだめですね。」 「一匹で狩りもせずに、人から食い扶持ぶちをもらっているようでは……」  横にいたもうひとりの少女は、あきれた表情で校庭を眺めていた。その返答に、いつのはこう返した…… 「あの子を保護するわよ。群れに入れるわ……」 「えっ?! お、お嬢様?! それは、どういう……」 「言葉のままよ、あんな子ぎつね。ほっておいたら、かえで家の名が廃るわ……」 「ですが、お嬢様……」  説明と意見を言っていたその少女は、歩き出したいつのの後ろを追いかけようとする。 「おさはあたしでしょ? いいよね? やよい。」 「は、はい。確かに、あの子狐。ケガもしていたようですし……」 「でしょ。それならなおさらよ。保護しないわけにはいかないわ……  威圧にも感じるいつのの鋭い眼光は、やよいでなくてもビクッとしてしまうほどの目力を持っていた。それと同時に、同族をほっておけないやさしい一面もあったのだった。
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