里音書房
第11話 同棲と消耗
 いつのといつきの同棲が始まって数か月。  いつののおなかは、日増しに大きくなり、臨月まで数か月といったところになっていた。ベッドに横になっていることが多くなっていたいつのは、時々。いつきに手伝ってもらいながら起き上がったりしていた。 「あ、ちょっと動いた。」 「えっ。ほんと? あ。ほんとだ。」  いつのはいつきの両親との顔合わせも済み、書類だけだったが同じ籍に入ったいつの。それだけでもいつのは幸せだった。  そして、何よりも、いつきの献身的な介抱が心の支えとなっていた。最初こそ、背中を拭いてもらうだけでも恥ずかしかったが、今では安心して家事を任せていた。 「背中拭こうか?」 「うん。ありがと。いつき。」  モデルのようなスタイルだったいつのは、妊娠しおなかが大きくなっても、美しく綺麗なままだった。  いつのはいつきに体をゆだねているこのひと時が、一番幸せな時だった。優しく背中を拭いてくれるいつきと、時々…… 「ね、ねぇ。いつき。」 「ん?」 ちゅっ。  うしろにいるいつきの方へと振り向き、唇を重ねる。妊娠が判明してからというもの、日増しにいつのは甘えん坊へと変貌していっていた。 「どうした? 今日は、いつにもまして甘えん坊じゃないか?」 「ええっ。いいでしょう? キスくらい。」 「それでも、舌絡める?」 「か、絡めるよ……ふ、普通……」  いつのの綺麗な背中に向けていつきが語っていると、その場をごまかすように言う一方でいつのは、耳まで真っ赤になってしまっていた。  その姿に、いつのだけじゃなく、いつきも幸せな気分になる。そして、いつきはいたずらに背中を拭いていたタオルの拭く場所を変えて、腕を回して胸の下まで手を回す。 「あひゃっ。ちょ、ちょっとぉ~」 「こっちも拭かないと。蒸れちゃうだろ?」 「わ、わかってるけど、こ、こっちは……んんっ。ダメだよ。前は、できるから……」  いつのはダメとは言いつつも、決して抵抗はしない。純粋にいつきと密着できるというのもあったが、その優しい手つきでとても幸せな感じになっていく。 「いつの……」 「な、なに? いつき。」 「育ったよね。胸。」 「ま、まぁね。ひとりの体じゃないし……」 「ほんと、いつのはお母さんになるんだな。」 「もう、なに当たり前のことを言ってるのよ。いつき……」  いつきの両親がいないこともあり、ふたりで暮らすこの一瞬一瞬が、いつのにとってとても大切だった。 『せめて、この子を腕に抱くまで……もって。』  膨らんでくるおなかを撫でながら、自分に言い聞かせるように願う日が増えていたいつの。  最初の変化は、妊娠五ヶ月を回ったころだった。  自宅で産むことにしていたいつのは、専属の産婆さんから安定期に入ったことを告げられていた。  その産婆さんは、元いつのの群れにいた子で、いつののために慣れることがとても嬉しいようだった。そんな産婆さんは、いつのにひそひそと話すことがあった。 「いつの様。」 「だから、様付けはいらないって……」 「ですが、慣れてしまってるので。で、どうするんですか?」 「このままでいいわ。」 「ですが、このままだと、お体が……」 「いいのよ。この子が大きく育ってくれれば、それで……」 「ですが、おなかの子に妖力が供給されて、いつの様が補給できないのであれば、体の維持が……」 「いいったら、いいの。ね。わかって。」  産婆さんの制止を無視したいつのは、元気におなかの中で動く子供がいるだけで、うれしかった。愛する人との愛の結晶だからというだけでなく、この身が無くなったとしても、残った子供が元気であればそれでいいと思っていた。  それから数か月。自宅療養で妊娠期間の多くを過ごしていたいつのは、日増しに大きくなるおなかに戸惑いつつも、幸せな時間を過ごしていた。 ピンポーン~~ 「あれ? 誰か来たのか?」 「だれだろう?」 「見てくるよ」  玄関の呼び鈴の音に、いつきが迎えに出ると、そこには懐かしい顔ぶれが並んでいた。和気あいあいと玄関先で話した後、いつきはいつのの元へと客人を通す。その客人を見たいつのは、懐かしさのあまり、うっすらと涙があふれてしまった。 「いつの様~」 「えっ? さゆり?! どうしたの?」 「どうしたのって、顔を見に来たに決まってるでしょ。」 「あ、やよいもいるじゃない。」 「お久しぶりです。いつの。」  かつての長になりたての頃とはうって変わって、長としての風格が出てきたさゆりと、そのサポートをしているやよいの姿だった。  社の階段で最後に会って以来の再会は、数か月ぶりだった。 「おなか大きくなってる。」 「でしょ?」 「ここに、赤ちゃんが……」 「えぇ。今は、寝てるのかな? さっきまでは元気に動いてたんだけどね……」 「えっ。ほんとに?」  さゆりも自分に名付けてくれたいつのの妊娠。そして、大きなおなかに赤ちゃんが育っているということで、さゆりも興味津々だった……  そんなさゆりの様子に、いつのは誇らしい気分になっていた。長として少しずつ成長していたさゆりの姿は、いつのの目に狂いはなかったことを証明していたようだった。 「で、さゆり。長としてしっかりやってるの?」 「やってますよ。ねぇ。やよいさん……」 「えぇ。まぁ、それなりに……」 「あぁ、やよいがそういう反応の時は。」 「えぇ。時々、さぼります。ほんと、誰に似たんだか。」  クスクスと見知った四人がそろうと、あの頃に帰ったような気分になり、暖かな空気に包まれる。  それから、さゆりたちはひとしきりにぎわすと、無理をさせてはまずいと気を使い、ふたりの元を後にした。さゆりを見送るときにいつきは、いつのも一緒にと思ったが、いつのは体調がすぐれないのか、動こうとはしなかった。 「さゆりちゃんが、よろしくってさ。見送るくらい……」 「いいのよ、これで。元気に長をやってるようで、安心したわ。」  安心したいつのがおなかを撫でている姿を、いつきが眺めていると、一瞬。いつのの姿がうっすらと透けている錯覚に見舞われる。介抱の疲れのせいかと、目をこすってみるが、やはり少しだけいつのの姿が薄くなっていた…… 「い、いつの?」 「えっ? どうしたのよ。そんな心配そうな顔をして……」 「だって、いつのの姿が……透けて……」 「えっ。あ。バレちゃったね。」  いつののそばに駆け寄ってきたいつきは、心配そうにいつのの体をさする。しっかりとした感触はあるものの、ところどころ姿が薄くなり始めていた。 「えっ! いつの、どうしたんだよ。教えてくれ!!」 「実はね。この子に妖力が供給されてるの。でも、私自身は、他からの補給できてないからね。」 「えっ!? だったら、さゆりから妖力を……」  先ほど帰ったさゆりの後を追い、駆け出していきそうになったいつきの背中に向け、いつのが珍しく強い口調で言った。 「いいの!! いいから……」 「だって……」  うつむきながらも、いつのはしっかりと自分の意見をいつきに伝える。それは、一人の親として、母としてさゆりには頼れなかった。 「あの子は、やさしいから。助けてっていうと、すぐに助けてくれる……」 「なら……」 「それでもだめよ。この子は私といつきとの愛の結晶なの。だから……」 「でも……」 「それに、今の長に頼るくらいなら、自分の妖力で足りないのなら、このまま消えてもいい!!」 「いつの……。わかったよ。でも、その時になったら、俺は容赦なく呼びに行くからな!」 「えぇ。それでいいわ。」  いつのは、どうしてもおなかの子は自分でという意思が強かった。いつきもその意思を尊重する形で、いつのに寄り添ういつきだった。  そして、ふたりはやさしい結末へと向かっていく……
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