いつのといつきの同棲が始まって数か月。
いつののおなかは、日増しに大きくなり、臨月まで数か月といったところになっていた。ベッドに横になっていることが多くなっていたいつのは、時々。いつきに手伝ってもらいながら起き上がったりしていた。
「あ、ちょっと動いた。」
「えっ。ほんと? あ。ほんとだ。」
いつのはいつきの両親との顔合わせも済み、書類だけだったが同じ籍に入ったいつの。それだけでもいつのは幸せだった。
そして、何よりも、いつきの献身的な介抱が心の支えとなっていた。最初こそ、背中を拭いてもらうだけでも恥ずかしかったが、今では安心して家事を任せていた。
「背中拭こうか?」
「うん。ありがと。いつき。」
モデルのようなスタイルだったいつのは、妊娠しおなかが大きくなっても、美しく綺麗なままだった。
いつのはいつきに体をゆだねているこのひと時が、一番幸せな時だった。優しく背中を拭いてくれるいつきと、時々……
「ね、ねぇ。いつき。」
「ん?」
ちゅっ。
うしろにいるいつきの方へと振り向き、唇を重ねる。妊娠が判明してからというもの、日増しにいつのは甘えん坊へと変貌していっていた。
「どうした? 今日は、いつにもまして甘えん坊じゃないか?」
「ええっ。いいでしょう? キスくらい。」
「それでも、舌絡める?」
「か、絡めるよ……ふ、普通……」
いつのの綺麗な背中に向けていつきが語っていると、その場をごまかすように言う一方でいつのは、耳まで真っ赤になってしまっていた。
その姿に、いつのだけじゃなく、いつきも幸せな気分になる。そして、いつきはいたずらに背中を拭いていたタオルの拭く場所を変えて、腕を回して胸の下まで手を回す。
「あひゃっ。ちょ、ちょっとぉ~」
「こっちも拭かないと。蒸れちゃうだろ?」
「わ、わかってるけど、こ、こっちは……んんっ。ダメだよ。前は、できるから……」
いつのはダメとは言いつつも、決して抵抗はしない。純粋にいつきと密着できるというのもあったが、その優しい手つきでとても幸せな感じになっていく。
「いつの……」
「な、なに? いつき。」
「育ったよね。胸。」
「ま、まぁね。ひとりの体じゃないし……」
「ほんと、いつのはお母さんになるんだな。」
「もう、なに当たり前のことを言ってるのよ。いつき……」
いつきの両親がいないこともあり、ふたりで暮らすこの一瞬一瞬が、いつのにとってとても大切だった。
『せめて、この子を腕に抱くまで……もって。』
膨らんでくるおなかを撫でながら、自分に言い聞かせるように願う日が増えていたいつの。
最初の変化は、妊娠五ヶ月を回ったころだった。
自宅で産むことにしていたいつのは、専属の産婆さんから安定期に入ったことを告げられていた。
その産婆さんは、元いつのの群れにいた子で、いつののために慣れることがとても嬉しいようだった。そんな産婆さんは、いつのにひそひそと話すことがあった。
「いつの様。」
「だから、様付けはいらないって……」
「ですが、慣れてしまってるので。で、どうするんですか?」
「このままでいいわ。」
「ですが、このままだと、お体が……」
「いいのよ。この子が大きく育ってくれれば、それで……」
「ですが、おなかの子に妖力が供給されて、いつの様が補給できないのであれば、体の維持が……」
「いいったら、いいの。ね。わかって。」
産婆さんの制止を無視したいつのは、元気におなかの中で動く子供がいるだけで、うれしかった。愛する人との愛の結晶だからというだけでなく、この身が無くなったとしても、残った子供が元気であればそれでいいと思っていた。
それから数か月。自宅療養で妊娠期間の多くを過ごしていたいつのは、日増しに大きくなるおなかに戸惑いつつも、幸せな時間を過ごしていた。
ピンポーン~~
「あれ? 誰か来たのか?」
「だれだろう?」
「見てくるよ」
玄関の呼び鈴の音に、いつきが迎えに出ると、そこには懐かしい顔ぶれが並んでいた。和気あいあいと玄関先で話した後、いつきはいつのの元へと客人を通す。その客人を見たいつのは、懐かしさのあまり、うっすらと涙があふれてしまった。
「いつの様~」
「えっ? さゆり?! どうしたの?」
「どうしたのって、顔を見に来たに決まってるでしょ。」
「あ、やよいもいるじゃない。」
「お久しぶりです。いつの。」
かつての長になりたての頃とはうって変わって、長としての風格が出てきたさゆりと、そのサポートをしているやよいの姿だった。
社の階段で最後に会って以来の再会は、数か月ぶりだった。
「おなか大きくなってる。」
「でしょ?」
「ここに、赤ちゃんが……」
「えぇ。今は、寝てるのかな? さっきまでは元気に動いてたんだけどね……」
「えっ。ほんとに?」
さゆりも自分に名付けてくれたいつのの妊娠。そして、大きなおなかに赤ちゃんが育っているということで、さゆりも興味津々だった……
そんなさゆりの様子に、いつのは誇らしい気分になっていた。長として少しずつ成長していたさゆりの姿は、いつのの目に狂いはなかったことを証明していたようだった。
「で、さゆり。長としてしっかりやってるの?」
「やってますよ。ねぇ。やよいさん……」
「えぇ。まぁ、それなりに……」
「あぁ、やよいがそういう反応の時は。」
「えぇ。時々、さぼります。ほんと、誰に似たんだか。」
クスクスと見知った四人がそろうと、あの頃に帰ったような気分になり、暖かな空気に包まれる。
それから、さゆりたちはひとしきりにぎわすと、無理をさせてはまずいと気を使い、ふたりの元を後にした。さゆりを見送るときにいつきは、いつのも一緒にと思ったが、いつのは体調がすぐれないのか、動こうとはしなかった。
「さゆりちゃんが、よろしくってさ。見送るくらい……」
「いいのよ、これで。元気に長をやってるようで、安心したわ。」
安心したいつのがおなかを撫でている姿を、いつきが眺めていると、一瞬。いつのの姿がうっすらと透けている錯覚に見舞われる。介抱の疲れのせいかと、目をこすってみるが、やはり少しだけいつのの姿が薄くなっていた……
「い、いつの?」
「えっ? どうしたのよ。そんな心配そうな顔をして……」
「だって、いつのの姿が……透けて……」
「えっ。あ。バレちゃったね。」
いつののそばに駆け寄ってきたいつきは、心配そうにいつのの体をさする。しっかりとした感触はあるものの、ところどころ姿が薄くなり始めていた。
「えっ! いつの、どうしたんだよ。教えてくれ!!」
「実はね。この子に妖力が供給されてるの。でも、私自身は、他からの補給できてないからね。」
「えっ!? だったら、さゆりから妖力を……」
先ほど帰ったさゆりの後を追い、駆け出していきそうになったいつきの背中に向け、いつのが珍しく強い口調で言った。
「いいの!! いいから……」
「だって……」
うつむきながらも、いつのはしっかりと自分の意見をいつきに伝える。それは、一人の親として、母としてさゆりには頼れなかった。
「あの子は、やさしいから。助けてっていうと、すぐに助けてくれる……」
「なら……」
「それでもだめよ。この子は私といつきとの愛の結晶なの。だから……」
「でも……」
「それに、今の長に頼るくらいなら、自分の妖力で足りないのなら、このまま消えてもいい!!」
「いつの……。わかったよ。でも、その時になったら、俺は容赦なく呼びに行くからな!」
「えぇ。それでいいわ。」
いつのは、どうしてもおなかの子は自分でという意思が強かった。いつきもその意思を尊重する形で、いつのに寄り添ういつきだった。
そして、ふたりはやさしい結末へと向かっていく……