里音書房
第三話 LHR因子と猫耳。そして、転入生
 保健室での衝撃の告白を、いまだに引きずっていた彩芽と穂乃花。瑠香の“取られちゃだめよ”という言葉が、頭の中をよぎっていた。  確かに、クラスでも彩人はいい意味でトラブルメーカーで、話題の中心になることが多かった。  男女の垣根を変に意識しない彩人は、スキンシップも多め。ほかの男子ならなかなかしないソフトタッチも、普通にすることが多い。そのため、クラスメイトの中には勘違いする子すら存在する。  教室に帰ってきた彩芽と穂乃花を見つけた彩人は、ごく自然に二人の元に駆け寄り、いつものように心配そうに話しかえる…… 「大丈夫だった? 穂乃花ちゃん、彩芽ちゃん……」 「だ、大丈夫だから。ね、ねぇ。」 「うん。平気。」 「ほんとに?」  過保護な親?と思ってしまうほどに、彩人は二人を心配する。顔の距離も近く鳴ることで、彩人の匂いが穂乃花の鼻を刺激し…… ピピピピピ!! 「あっ。」 「大丈夫? ほんとに……」 『あんたのせいだから!!』  と言いたかったが、さすがに言えなかった穂乃花。ドギマギしてしまうのは、いつものことだった。  その様子を見たクラスメイトたちは、まるで三人のやり取りを夫婦漫才かのように見ていたようで…… 「ほんと、カップルみたいだよねぇ~」 「そのまま卒業まで、行っちゃうんじゃない?」 「ちょっとぉ。そんなことないってば。」 「彩人くんって、何気に女ったらしよねぇ~」 「そうかなぁ?」 「そうよ。距離も近いし。私なんて、最初意識しちゃったし……」  彩人にとっては、普通のことでも、クラスメイトの中には、勘違いしてしまう人もいた。告白まではいかないものの、気があるんじゃないか?と相手を勘違いさせることが多かった。  彩芽と穂乃花と彩人は同じクラスで、席こそ少し離れていたものの、彩人が話しかけたりしていた。授業のことだったり、宿題のことなど他愛のない会話を、まるで同姓と話しするかのように気さくに話しかける。 「なぁ、知ってるか? 彩人」 「なに、何かある?」  席に着いた彩人に、前に座るクラスメイトが、彩人に話を持ち掛ける。それは、男子同士の会話の定番だった。 「今日。転入生が来るらしいんだよ。」 「転入生?」 「あれ? 彩人。知らない? 美少女らしいよ。それも、銀髪!」 「へぇ~」 「なんだよ、淡泊だなぁ~」  彩人は興味がないというわけではなかったが、一般的な男子が思い描く女子への感情とは、どこか違っていた。 『好きではあるんだけど、男女のそういう好きという感じじゃないんだよなぁ~』  そんなことを考えている間、HRが始まりいつものように案内を始める。そして、転入生の名前を呼び、教室へと招き入れる。 「千棘<ちとげ>ちゃん。入ってきて~」 「はい。」  先生に呼ばれ、教室の扉を開けて入ってきた生徒に、男子はくぎ付けになった。風になびく手入れの行き届いた長い髪。ピンと立った耳は、ひょこひょこと可愛らしく動いていた。  そして、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという、スタイル抜群のモデル体型だった。 「始めまして、千棘です。海外生活が長く、昨日引っ越してきたばかりですので、よろしくお願いします。」  長い髪を片側でまとめた姿は、モデルそのものだった。その姿に、クラスの男子だけじゃなく、同姓からも『綺麗』という歓声が上がるほどだった。  自己紹介が終わった千棘は、担任に案内された彩人の隣の席へと移動する。机の間を歩きながら席へと向かう千棘を、クラスメイトたちは目で追いかけ、各々が「綺麗」や「かわいい」という声を小さく囁いていた。  千棘は彩人の隣の席へと移動すると、彩人に向け軽く挨拶をするが…… 「初めまして。千棘で……!!」 「初めまして、千棘ちゃん?」  彩人の隣の席に、着席しようとした千棘だったが、彩人と視線が合ったとたんに驚きの表情に変わった。自分の顔を見て驚かれた彩人も、千棘の反応に困惑してしまう…… 『ん? 何かついてる? どうしたんだ? 千棘ちゃん……』  挨拶もそこそこに、隣の席に腰を下ろした千棘は、何事もなかったかのように前を向く。しかし、若干。ほほが高揚していた。  HRが終わった後、彩人はいつものように挨拶をしようとするが…… 「千棘ちゃんよろし……く」 ひょいっ。 「千棘ちゃん?」 ひょいっ。  いつものように彩人が千棘の肩に、ソフトタッチをしようとするが器用にかわされてしまっていた彩人。  ひょいひょいとかわされてしまう彩人は、自分が何かしでかしたのかとすらおもってしまう。 「ち、千棘ちゃん……」 「え、あっ。」 「お、俺。怒らせた?」 「あ、ち、ちがくて……」  そんな話をしていると、教室を出ようとしていた担任が、ふたりのやり取りを見ていたようだった。そして、担任は親睦を深める深めるためにもと、こう言い放つ。 「あっ、彩人?」 「えっ、なんです? 先生。」 「千棘ちゃんを学園を案内してあげて。」 「えっ?!」 「『えっ?』って、千棘ちゃん。学校知らないでしょ?」 「そ、そうですが……」  渋々といった表情を彩人に向けた千棘だったが、善意で手伝おうとしている彩人に、さすがに失礼と思った千棘。 「わ、わかりました。そ、その。えっと……」 「彩人です。よろしく。」  満面の笑みで返事をする彩人に、千棘は彩人がそこまで警戒する相手ではないと思い始めていた。初対面で警戒するのは当たり前だったが、さすがに警戒ししすぎかな?と思っていた。 『しょ、初対面で警戒しすぎよね?』  そんな思いを抱きながら、彩人と一緒に学校を巡る千棘。普通の異性として彩人と接していたが、そばを歩くだけで体がムズムズとしてしまっていた。そのため、気が付かれないように、距離を開けていた。ただ…… 「で、ここが図書室なんだけど……」 「へ、へぇ~」 「千棘ちゃん。」 「えっ? なにかな? 彩人くん……」  距離を置くことを考えていた千棘は、意識するあまりに彩人との距離が数メートルも離れてしまっていた。彩人は入り口にいるのに、千棘は大きな窓ふたつ分離れていた。 「そこにいて、聞こえる? ってか、俺と一緒にいるの、いや?」 「い、いや。ちがくて。違うからね。」 「じゃぁ、こっちに来たらいいじゃん。」 『うぐっ!』  確かに、彩人の言うことはもっとも。実際、数メートル離れている彩人の声は、囁き声にしか聞こえていなかった。  彩人の促されながら、千棘は一歩ずつ近づいていくが、一歩進む度にムズムズと体が反応してしまっていた。 『お、落ち着いて。ふ、普通の男の子なんだから、相手は……』  ゆっくりと隣に移動した千棘は、彩人の隣で呼吸を整えていた。自分でもおかしいと感じるほどに、体がムズムズとしていた。 「大丈夫?」 「えっ! あ、うん。大丈夫。」 「あ!」 ビクッ!  息を整えている千棘の姿を見ていた彩人は、他の子との違いにようやく気が付いた。それは、本来なら転入の段階で配布されるはずのものを、千棘は身に着けていなかった。  そのことに気が付いた彩人は、思わず声を上げてしまい、それに反応した千棘はビクッ!っと身構えてしまった。 「ど、どうしたの? 彩人くん……」 「あ、いや。千棘ちゃん。ブレスレットは? もらってないの?」 「えっ? あぁ、あれですか。それなら……」  袖口をめくって見せた千棘の細い手首には、しっかりとブレスレットがつけられてはいた。きっちりと付いてはいたが、ところどころ黒く焦げた部分があり、どうやら故障しているようだった。 「あの、これ……つけたら、壊れちゃって……」 「ええっ。うそ。初めて見た、良く見せて。うあ、焦げちゃってる。」  めったに壊れることがないブレスレットだったが、千棘の装着したブレスレットは見事に動作していなかった。つなぎ目にはところどころ、黒いススが付いたようになってしまっていた。  彩人はブレスレットが壊れるということに、巡り合ったことがなかったため、興味の方が上回ってしまい、千棘の手首を触り興味津々で眺めていた。 「あ、あの。あ、彩人くん?」 「いやぁ、この高性能のブレスレットが、壊れるとは。へぇ~」 「あ、あの!!」 「あ、ごめん。」 「い、いえ。」  慌てて離れた彩人と、千棘の間には微妙な空気が流れた後、間をつなぐように次の教室へと案内を続ける彩人。その後ろを千棘が追いかけていく。そんなさなか、千棘が他の生徒に押されてしまう。 ドン! 「きゃっ。」  千棘が倒れこんだ先は階段という最悪な状況で、とっさに千棘を体で受け止めようとする彩人。千棘の肩を抱き、倒れる方向を制御する。  華奢な体を自分の体で受け止めるのに、さほど苦労はしなかった彩人。ただ、誤算があった……  一段下に移動して受け止めたのはよかった。千棘の方が上になり支えることがたやすかった。しかし、支えたはずの彩人の手は滑り、千棘の両脇に腕を通す形になってしまう。そして…… 「きゃぁぁぁ!!」 ドシーン!!  階段の踊り場まで落ちる形になってしまった彩人と千棘。無事に千棘を受け止めることはできていた……“口で” 『んんっ!!』 『んん?!』  踊り場で彩人が下になり、千棘が抱きしめられる形でキスをしてしまう。彩人は何とかこの場を取り繕うと動くが、それがまずかった。  動こうとすればするほど、彩人の足の上に千棘が座ってしまっていたことで、彩人が動くだけで厄介なことになってしまっていた。 ガタッ! 『んんっ。』 『んっ?!』  彩人と千棘が唇を重ねてしまった上に、ただくっ付いていただけの事故的なキスは、次第にディープなものに変わっていく…… 『ち、千棘ちゃん?! し、舌……』  そんな二人の元に駆けつけたのは、彩芽と穂乃花だった。  階段からとんでもない音がしたため、駆け付けると、そこでは思春期の二人には刺激が強すぎる光景が広がっていた。 「ちょ、ちょっと!! 彩人!! 何してんの!?」  ふたりの登場に、なお脱出しようとする彩人は、動いてしまう。それがかえって千棘の本能を揺さぶっていっていた。  そして、駆け寄ってきた二人がようやく二人を離すと、焦点が定まっていない千棘と、放心状態の彩人という、散々たる光景が出来上がってしまっていた。 「あぁ。あちゃぁ。千棘ちゃん。いっぱい摂取しちゃったみたい。焦点定まってない……」 「こ、こっちも、彩人くんが放心状態だし……」  散々たる光景に、彩芽と穂乃花は手分けして、保険医の瑠香を呼びに行ったのだった。 「彩芽ちゃん。瑠香先生を呼びに行って。私は、ここで見てるから」 「わかった。」  散々たる状況になってしまったこの状況に、ひとり残った穂乃花だったが、目の前には焦点のあっていない千棘と、放心状態で気絶に近い状態の彩人という状況に、穂乃花は思わず悶々と考え込んでしまうのだった……
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