体調を取り戻した千棘は、教室に戻る間、彩人の後ろをついて歩いていたが妙な間が空いていた。しっかりとブレスレットを装着した千棘は、彩人が止まると止まり。歩くとそれに合わせて歩くという状態になっていた。
「あ、あの。千棘ちゃん……」
「ん? なにかな? 彩人くん……」
後ろを振り返った彩人と千棘の距離は、案内の時よりも近づいたとはいえ、それでも数メートル離れていた。
「どうしてそんなに離れるんだよ。」
「いや、これは安全のためですから。」
「ええっ。」
「下手に近づいたら……」
「近づいたら?」
「デキちゃいますから。」
「いや、できないから!!」
真っ赤になりながら近づこうとしない千棘は、あのキスのことが脳裏に焼き付いてしまっていた。それは、ブレスレットを装着する時ですら、警戒度MAXだった。
保健室で互いに意識が戻り、階段の踊り場での出来事を知った千棘は、教室での不具合が無いようブレスレットの調整を始めた。敏感体質の千棘は彩人との距離で、反応したりしなかったりと、あいまいな状態だった。
その上、反応するときは気絶するほどの乱高下を引き起こしてしまうという、レアケースだった。そのため、急激な乱高下を検知した場合のみ反応するように、設定するしかなかった。
「ほら、ふたりとも座って。」
「は、はい。」
スッと瑠香の言う通りに座る彩人に対し、警戒度MAXの千棘はなかなか座ろうとはしなかった。
『へ、下手に近づいたら……デキちゃうんじゃ?』
理性を失っていた自分を覚えていた千棘は、下手に触れるだけで体を求めてしまい、理性を失うんじゃないかと警戒していたのだった……
当然。パートナーとなってからは、子を成すためには重要になってくるが、ここまで敏感だと、パートナーとして確定前に襲ってしまいかねない状況になる。
「ほら、座って。千棘ちゃん。大丈夫、さわっただけじゃ孕まないから。」
「は、はらっ?!」
「ぶっ! せ、先生!?」
「えっ。あ、まだ早かったね。」
渋々、先生に促される形で横に座った千棘の手首に新たなブレスレットを装着。調整をした後、瑠香が彩人に言う。
「彩人くん。千棘ちゃんを触って。どこででもいいから。」
「ええっ!!」
「えっ?!」
「いや、軽くでいいのよ?」
いざ、さわってと言われると、困ってしまう彩人だったが、ごく普通に触ろうと肩に手を伸ばす。その手をなぜか避けた千棘だったが、その避け方がまずかった……
むにゅ。
「ん? なんだ? この感触……なっ!!」
「!!!!」
伸ばした手が綺麗に肩をスルーし、避けた先にあったのは、千棘の胸だった。意識しないようにして、千棘の肩に触れるつもりだった彩人の手は、ものの見事に胸を捉えていた。当然……
「んんんん!!!!」
ピピピピピ!!!!
ガン!!
けたたましい音とともに、彩人には瑠香のげんこつが飛んだのだった。
「だれが、胸を触れといった。彩人くん!!」
「いや、肩を触ったつもりなんだけどなぁ。」
「それが、なんで胸になるんだ。まったく……」
無事に鳴ることを確認した瑠香や彩人、千棘は調整を終え教室へと足を進めていたのだった。
「だから、先生も言ってたでしょ? 触れただけじゃデキないって……」
「そうだけど……」
渋々といった具合に、彩人の後ろをトボトボと歩いている千棘は、納得したようだったが、教室に戻ると他の生徒たちが騒いでいた。それも、男子だけ……
「どうしたんだ?」
「あ、お帰り。彩人、知らないのか? この後の授業であれあるだろ?」
「あれ?」
「あれだよ。第一次パートナー選定。」
「あ! あれか。」
この学校の方針のひとつに、卒業までにパートナーを選ぶことが挙げられている。それは、猫耳獣人の彼女たちのリミッターとなるLHR因子の相性を調べるという一面もあるが、他の男子からすれば密着できるのがうれしいというのが本分だった。
「だって、女の子とくっ付けるんだぜ」
「まぁ、分からなくもないけど……」
男子たちの不純な話に聞き耳を立てている女子たちは、当然。嫌な顔をしながら眺める。それでも、男子の中にはそんなさげすむような目がかえって好きな男子もいた。
そんなクラスメイトに飽きれつつも、授業の準備をする彩人。校庭グラウンドに集合した彩人と彩芽。穂乃花に千棘は、それぞれ分かれる。
そして、この学校独特なのが、女子が風上の位置に入る。というのも、男子の汗にはLHR因子が含まれているため、男子が風上に行ってしまうと、その汗に女子たちが酔ってしまうためだった。
しかし、それは思春期男子にとっては、ご褒美に他ならなかった。女子が風上にいるのだから、女子たちの匂いがふわふわと男子の方に流れてくる。そのため、女子たちは汗臭くならないように、制汗剤は必須になっていた。
「千棘ちゃん、使う?」
「えっ? なんで?」
「あぁ、千棘ちゃんは、来たばかりだからね。」
更衣室で着替えながら、穂乃花たちは千棘に制汗剤を手渡しする。シュッと制汗剤を体にまぶすと、グラウンドへと集合する。集合する際中も千棘はキョロキョロと彩人を見ないように並んでいく……
「なぁ、お前。千棘ちゃんに何かやったのか?」
「いや、別に……」
「そうか……」
『お前に言えるかよ……』
そんな無駄話をしつつ、先生が来るのを待っていた。
この学園は、卒業時には決まったパートナーを選ぶ必要がある。そのため、学校の授業のところどころに、定期的なパートナー選定が存在する。そのため、男女ともに特別の授業となっている。
猫耳の女子生徒は好みの男子を、選ぶことになるが、男子にその選択権はない。そのため、ひとりに偏ってしまうことが多々ある。今回がまさにソレだった……
「どうして、彩人に集中するんだよ!!」
「俺だって知らない……よ?」
彩人は思い当たる節があった。それは、保健室で瑠香に言われたことだった。
「いい? 彩人くん。あなたは、LHR因子が強く出る体質なの。」
「だから、多くのクラスメイトに言い寄られるだろうけど、この人って人を決めなさいね。」
「そんなに?」
「えぇ。せいぜい四人くらいまでにしなさい。ね」
「は、はい。」
完全に、今日のことを予見していたかのような、瑠香の発言に驚きつつも、クラスメイトに変な誤解を招かないようにしてはいたが……
「あぁ。その返答は、お前。心当たりあるな?」
「そ、そんなこと……ない。よ?」
隠すのが苦手な彩人の前には、十人以上の行列ができてしまっていた。
そして、先生がこれからやることの説明を始める。それは……
「これから、二人三脚をやってもらう。ペアで……」
二人三脚。互いの足をつなぎ、息を合わせてゴールを目指す競技。息を合わせるということは、当然、体も密着させる必要が出てくる。つまり、彩人にとっては十人以上と二人三脚する必要が出てきた。
『えぇっ。』
そう思いつつも、先生はさらに言葉をつづけた。それは、彼女たちにとって、試練そのものだった。
「それで、選んだ相手とペアを組んで、二人三脚をするんだが……ブレスレットはしてるよな? みんな。」
「は、はい。それがどうかしたんですか?」
「あぁ、今回はそれを使う。ここからは試練だ。鳴らさずにゴールすること。いい?」
彼女たちにとって、選んだ相手には少なからず好意を抱いている。そんな相手と二人三脚をして、密着しようものなら、ならない方がおかしい。まして、思春期真っただ中の彼女たちにとっては、鳴らすなというのは苦行そのものだった。現に……
ピピピピ!!
「おいおい、肩組んだだけで鳴るとか……」
「ち、違いますよ? こ、興奮なんて……」
ピピピピ!!
「はいはい。はい、脱落~」
「のぉ~~」
彩人の前に並んだ女子たちは肩を組んだだけや、数歩は行けるものの、息が上がると警報が鳴るものなど、多くの生徒が脱落していった。それが、生徒自身が選んだものだからなおさら恥ずかしい。そんな中にもより恥ずかしい想いをした子がいた。それは……
ピピピピ!!
「おいおい。そんなに密着してないだろ?」
「え、えっと。壊れてるのかな? あはは」
「ほ、穂乃花……俺をそんな目で見てるのか?」
「いや、ちがっ!!」
ピピピピ!!
「あ゛」
「はい、アウトー」
中でも穂乃花が一番敏感で、手を握っただけで鳴る始末。さすがに他の脱落した生徒にまでクスクスと笑われる始末。そんな中、転入生の千棘はというと、あれほど警戒していたにもかかわらず、彩人のところへと並んでいた。
『本当にいいのか? 俺で……』
『いいから、来てる……』
小さな声で確認を取り、肩に手を回す。ほかの生徒なら、ここで鳴っていたが、見事に鳴らなかった。その姿に、見学組と化していた生徒たちからは、歓声が上がる。
「おぉ~やっぱり優秀な子なんだ。」
そんな歓声に対し、先生があきれた表情で付け加える。
「あんたたちが求めすぎなのよ。まったく……」
「えっ、あ。あははは」
さすがに笑ってごまかすことしかできなかった生徒たちをしり目に、彩人と千棘は無事にゴールを果たす。途中脱落者が多かったこともあり、ゴールしただけで一同が歓声を上げる。
「おめでとう!! 千棘ちゃん。」
「あ、ありがと。」
「ほんとすごいよ。」
「そ、そう?」
転入当初でクラスメイトと溶け込めるかあいまいだったが、このことで無事にキッカケをつかんだようだった。
「でも、よくあんなに密着して鳴らなかったね。何かコツでも?」
「み、密着……。こ、コツはないけど……」
「そんな。何かあるんでしょ?」
興味津々の他の生徒たちが、“密着”の話をしていたこともあり……
ピピピピ。
「あ。」
「あら、思い出させちゃいましたね。」
「だ、大丈夫です……」
生徒たちに囲まれて賑やかに過ごす千棘の姿に、ほほえましいく思えていた彩人だった。そして、順番は彩芽になる。
すると、他のクラスメイトからも、賛否両論が巻き起こる。
「まぁ、このペアが鉄板よね。」
「なにせ幼馴染だもの。ねぇ。」
「そうそう。あたしたちの入るすき間なんて……」
そんな他の生徒から冷やかされつつも、彩芽は全く表情に表そうとはしない。ある意味頑なで、それでいて他の生徒からは一線を画した彩芽だった。それでも、付き合いの長い彩人にとっては、微妙な表情の変化も見分けれるほどだった。
『なんだかんだ、彩芽も気にしちゃって……』
そんな想いを抱きつつ、彩人はいっしょに二人三脚をする。
「彩芽。やろうか。」
「うん。」
彩人と彩芽は無事にゴールを成し遂げ、鳴らなかったことで成績優秀者になったのだった。
『どやっ!』
「ふふっ。」
こんな時でも、彩芽は言葉に出すことはなく、表情に感情が現れる。ものの見事にどや顔をして、誇らしそうにしていた彩芽だった。
「あの子が、彩人……」
「ますますマークが必要になりましたね。」
第一次パートナー選定の結果を、公社のフェンス越しに眺めるひとりの生徒が、眼鏡を人差し指で上げながら、眺めていた……